第128話 新たな英雄

ベリアルはここ数日、不機嫌が続いていた。

原因は今帝国で話題となっているミディールで行われた武術大会であった。


ミディールの大会は各国から名の通った者達が参加した事で世界中で話題となり、それは帝国でも同じであった。

 しかし、帝国から出場したSランクパーティー、ナイツオブ・アークの赤の騎士ことポールは、今大会話題となったカイル・モールズの亡霊に敗れ、なんの話題もなく一回戦で散り、更に同じく黒の騎士は試合に負けるとともに帰郷しパーティーを離脱した。


そして、唯一本戦まで勝ち進んだダイヤモンドダストのブランも、その大会で正体がグランツ・ブライアンとバレてからはパーティーメンバー共々帝国には帰ってきていない。

結果的に帝国はこの大会で話題になる活躍もなく、更に強力な戦力を失う事となっていた。


――クソ、まさか今大会がここまで騒ぎになるとは。


大会の予想以上の反響と影響力にベリアルはスカイレスを出場させなかったことをここに来て悔やむ。


――ナイツオブアークの奴らには鼻から期待していなかったが、ブライアンもブライアンだ、せっかく貴重な戦力だったから見て見ぬふりをしてやっていたのに自らこんな大会で正体を晒しやがって……


ベリアルが口には出さず、心の中で愚痴を呟くが、その苛立ちが表情と歯ぎしりとなって表に出ており側に控える大臣が不安そうに見ていた。


――……こうなれば、やはり例の件を進めるしかないな。


ベリアルが一つの決断をすると、頭に上っていた血が少し引いていく。

そして丁度そのタイミングで、玉座の間の扉が開かれ兵士が入って来る。


「陛下にご報告、ただ今、上層門前でミディールの使者を名乗る者が陛下に面会したいとのこと。」


――ち、このタイミングで……また行方不明者のことか。


ベリアルが再び苛立ち始める。


「……今はそんな気分ではない、日を改めてもらうように伝えよ。」


 ベリアルが手であしらう仕草を見せ伝える、しかしそれに対し、兵士は少し困った表情を浮かべる。


「……どうかしたのか?」

「いえ、その……実は今回の来ていただいている使者なんですが、どうやらミディールの将軍だと名乗っており、あまり、無碍な扱いをするのは……」

「将軍?ミディールの将軍と言えば確かバルゴと言ったか?」


ベリアルも一応面識はある、確か優秀な男だが、何かが大きく秀でてる訳ではない至って興味のもてない男であった。

しかしその問いに対し兵士は首を横に振った。


「いえ、どうやら、バルゴ将軍は退位となり今回武王決定戦の優勝者が新しくなったとのことで……」

「ほう……」


その言葉で、ベリアルの眼の色が変わった。


――

「ただ今許可が下りました、どうぞお入りください。宮殿まで案内します。」


 兵士の言葉と共に、固く閉ざされていた貴族地区へのガラガラと扉が音を立てて上に上がると、ネロ達はそのまま貴族地区へと足を踏み入れる。


――へえ、意外だなあ、もっと時間がかかると思っていた。


 ネロ自身、自分がまだ子供だという事を自覚しており、本来は使者などといっても信じてもらえず、もう少し手間がかかると考えていただけにすこし拍子抜けだった。

それどころか、子供の自分に対し、門を守っていた兵士たちが興味津々でこちらを見ていた。


――なるほど、ピエトロが、将軍にしろって言った理由はこれか。


ネロが自分の存在が周囲に知られている事に気づく。

 もし、普通の使者として来ていたのなら恐らく軽くあしらわれていたであろう、しかし、今回ミディールが将軍に変わった事は大きく伝えられており、更に大会での活躍もあった事で自分の認知度も高くなっている。


 言われた当初はなぜそんな事を?と思っていたがここに来て、ネロはピエトロの思惑を理解すると、改めてその考え方に関心を見せる。

 そして、それと同時に今行なっている作戦について考える。


「さて、もうすぐ皇帝のいる宮殿だ、二人とも、準備はいいか?」


ネロが兵士に聞こえないように小声でエレナとエーテルにに尋ねる。


隣からは小声で任せてというエーテルの言葉が聞こえ、エレナも少し小刻みに震えを見せるが、無言で頷く。


「よし、じゃあ。今から作戦開始だ。」


小声でそう呟くと、ネロ達はそのまま宮殿の中へと入って行った。


――

「陛下、使者の方々が到着しました。」

「通せ。」


ベリアルが指示をすると兵士が大きく返事をし部屋の扉を開ける。

すると、扉の外から二人の子供が入って来る。


――こやつが、大会優勝者の……まだ子供だとは聞いていたが、本当に成人もしていないのだな。


 ベリアルが褐色肌の少年にマジマジと見る。

 少年は後ろに少女を率いて一歩一歩こちらへ近づいてくる。

 そして手前まで来たところで足を止め、その場で跪く。


「お初にお目にかかり光栄です、ベリアル皇帝陛下。私は此度ミディール将軍の任に付きました、ネロ・ティングス・エルドラゴと申します。以後、お見知りおきを。」


 ネロと名乗る少年が、自らの口で将軍と名乗ると、傍で控えていた大臣が驚きを見せる。


「本当にまだ子供ではないか、こんな子供を将軍にするなどミディールの王は一体何を考えているだ!?」

「失礼だぞ、大臣。この者は先日の武王大会でしっかりと将軍にふさわしい実力を示したのだ、年齢など関係ない。実力主義、おおいに結構ではないか」


 ベリアルの言葉に自分に非があると認めると、大臣は口を閉じ、下を向く。

 ベリアルはそのまま跪く少年を見下して話しかける。


「そなたがミディールの大会で優勝した者か、その若さで世界の頂点に立つなど、ミディールの将来は安泰だな。」

「いえ、滅相もございません。私が勝てたのは組み合わせに恵まれたこともあったと思いますから。」

「フッ謙遜するな。カイルモールズの亡霊とやらはわからんが、我が国の剣士、黒の騎士とあのオルダのヴァルキリアを破ったのだ、そなたの実力は本物だといえよう。」

「いえ、大会に出場していないもの達の中にも強者はいます。それにもし、スカイレス将軍が参加していたらきっと優勝は出来ていなかったでしょう。」


――ほう、ちゃんと、わかっているではないか。


その言葉に満足したのかベリアルは少し上機嫌となる。


「それで、今日は何の用だ?」

「はい、我が国の王から手紙を――」

「拝見しよう。」


ベリアルはネロから手紙を受け取ると、その場で読み始める。

初めこそ笑みを見せて読んでいたベリアルだったが、読み進めるにつれてみるみる表情が変わっていく。


「なんだと……!?」

「ど、どうかしたのですか?」


大臣が怒りで肩を小刻みに震わせるベリアルから受け取るとそのまま読み始める、そして読んだ大臣もその内容に目を細める。


「……なんと!ミディールの王族の者がダルタリアンで行方不明!?至急ダルタリアン付近および領主ゲルマの調査をだと……」


――やってくれたなぁあのクソジジィめ!


ベリアルが怒り任せに玉座の肘掛けに拳を振り下ろす。

静かな部屋に大きな音が響くと、ベリアル眉間に手をつける。


今までは行方不明者が出ても被害者が平民や一貴族であったからこそ何とか知らぬの一点張りで誤魔化してこれたが、王族まで行方不明となれば流石にもうそれは通用しないだろう。


「お、落ち着いてくだされ、これはまだ疑惑の段階ですので」


大臣はそう言っているがゲルマが絡んでいるのは確実だ。ベリアルもゲルマたちのしてることを気づいていないほど馬鹿ではない。そして、ゲルマとブルーノが手を組んでいることも薄々勘付いている。


――クソッどうする?


もしこのまま調査を続けられてゲルマやブルーノのことが発覚すれば、帝国も二人に対してなんらかの行動を起こさなければならない。

しかし現在黒の騎士と、ダイヤモンドダストという強力なメンバーが抜けている。スカイレスやドワーフに作らせたアルカナのゴーレムといった強力な兵器はあるものの、現状二人と対立するのは好ましくない。

 かと言ってここで断ればこちらの非を認めるようなもので、いくら友好的なミディールといえどそのまま引き下がらないであろう。


――ここはやはり協力するフリをして、後ろで待機するのが得策か?それとも……


ベリアルが二人の子供に目を向ける。


――もしこのまま二人を返さずここには誰とも来なかった事にすれば……


そんな考えが頭によぎるなか、使者の少年はそのまま話を進めていく。


「我が国王は今回の事件にゲルマ及びブルーノ公爵殿が関わっているとですが、そちらの大臣様の言う通り、まだあくまで疑惑の段階です。ですので今一度、調査の許可を取りたいのです。」

「……要件はわかった、その調査、許可しよう。しかし、もしゲルマが関わっていた時についてだが……」

「はい、その後の件に関しては我が王から言伝を預かっております、『ただ、見て見ぬ振りをしてほしい』とのことです。」

「なに?」


その言葉にベリアルは今まで考えていたことが一気に吹き飛ぶ。


「我が王はそちらの現状を把握しており、互いにことを荒だてたくはないと言うことなので、今回は王族であるローレス及び、行方不明となっている祖国の民の救出を最優先とするとのことです。ですので、ただ、これから我々が行うことに目を瞑ってほしいのです。」


――どういうことだ?自国の民や王族を捕えられておきながら救出するのみだと?


今の口振りからして、ゲルマ達のことに気づいているのは確実であろう、しかし、それを知っていながらこちらに責任追及をするどころか、協力要請をもしない事にベリアルは深く考え込む。


――何か意図があるのか?いや、あの甘い奴の事だ、本気かもしれん。


「……わかった、では、我々は手出しをしないことにしよう、しかし、本当にそれでいいのか?戦力は最早一国と対等の戦力だぞ?」


「そのための私とエレナです。」

「エレナ?そちらのお嬢さんかな?」


ベリアルがネロの後ろで控えている少女に注目すると、少女はネロの横に並び自己紹介をする。


「初めまして陛下、私の名前はエレナ・カーミナルとお申します。」

「カーミナルだと!?」


 その名にベリアルが思わず食いつき前のめりになる。


「はい、彼女はその名からわかるようにヴァルハラの大戦の英雄の一人、セナス・カーミナルの血を引くものです。彼女は実力こそありませんが、補助魔法が得意で、古代魔法であるテレポーテーションが使えるのです。」

「なんと!あのテレポーテーションを!」

「はい、エレナのテレポーテーションと私の力があれば例え、相手が強大であっても大きな戦闘を割けて救出できるのです。」

「……なるほどな。」


ベリアルは落ち着きを取り戻すと、椅子にもたれかかり一つ、息を吐く。


「では、事は一刻も争うので我々はすぐにダルタリアンへと向かわせてもらいます。エレナ、城を出たらすぐにテレポを」

「はい。」

「いや、折角だここで使ってみたらどうだ?」

「しかし、陛下の前で失礼では?」

「そんなことはない、私も是非テレポーテーションをこの目で見てみたい。」

「わかりました、では……」


ネロが目で合図するとエレナは小さく頷き呪文を唱え始める、すると二人の周りの床に魔法陣が浮かび上がりそのまま透けるように消えていった。


「……まさか、本当にテレポを使ったのか?」


 大臣が今までネロ達がいた場所まで移動すると、二人を探すように辺りをキョロキョロと見回す。


「フ、フフフ……」

「へ、陛下?」

「フハハハ!素晴らしい!素晴らしいではないか!まさかこんな逸材に出会えるとは。」


 ベリアルはいまの話がまるでなかったかのように上機嫌に笑う、そして玉座から立ち上がるとその場にいる兵士に指示を出す。


「おい、ダルタリアンに、潜ませている間者に二人の存在を伝え、本当に移動したのか確認しろ。そして確認次第、隙を見つけて女の方を攫ってこい」

「陛下!」


――フフフフ、まさかこんなところで新たな英雄となりうるものを見つけるとは……


 隣で必死で反対の異を唱える大臣の言葉など今のベリアルには聞こえることはなかった、ベリアルの頭にあるのは唯一つ、新たに見つかった英雄候補の少女一人であった。

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