第123話 二度目の旅立ちと新らしいメイド

 即席の就任式が行われた翌日、ネロは早速出発に備えて実家の屋敷に戻り道具袋の中を整理していた。

 本来なら王都テトラから島に戻るのに最低三日はかかるが、エーテルのテレポにより、一瞬で島に戻ることができていた。


「全く、エーテル様々だな。流石妖精の王女といったところか。」


 本人を前に褒めると色々と調子に乗るので、ネロはエーテルの居ないところで褒める。

 ただ、それくらいテレポの存在は非常に大きかった。


 ネロは袋の中の物を一度全部取り出し、不要なもの、足りない物がないかを一つ一つ確認しながら袋に収めていく。


「ポーションに解毒剤だろ、後必要な物は……」


 順番に袋に入れていく中で、ネロは昨日手に入れた一つの本を手に取る。


「獣拳の奥義書……か。」


 ネロが本の中に目を通すと、昨日の事を思い出す。



――


前日


「そうか、もう出立するのか……」


ネロ達はガガ島に戻る前にバオスの元へ訪れていた。

 出会ってから大会までほとんど共に行動していただけに旅立ちを告げると、バオスも少し寂しげな表情を見せる。


「どうやらそなたらもまた、何やらやらねばならぬ宿命を背負っているようだな。」

「ま、まあな。」


――宿命って……


 相変わらずの言い回しにネロは苦笑を見せながら答える。


「ふむ、そうか……そういえばネロよ、決勝の試合、しかと見させてもらったぞ。どうやら今度こそ土竜拳を習得したようだな。」

「ん?あ、そういえばそうだったな。」


 バオスに言われてふと思い返す。あの時は戦いに集中していて気づかなかったが、確かに自分の意思で技を繰り出せるようになっていた。


「フハハ、あの不器用さで本当に習得するとはな、よし!ならば約束通り残りの技も伝授しようではないか。」


――そういや、そんなも話してたな。でも……


土竜拳だけでこれだけの時間を費やしたのに他の技など習得できるわけがない事は、流石にネロも分かっている。


「いや、それはありがたいが、悪いが教わっている時間なんてもう――」

「フハハ、わかっている、だからこれを持って行くがいい。」


 そう言ってバオスが腰につけた巾着袋から雑なまとめ方をされた書物を取り出す。


「これは?」

「我が獣拳についてまとめた奥義書である。我なりに精一杯わかりやすく書いた物だ。」

「……自分で書いたのか」


 その一言でネロが少し不安そうに中身に目を通す。

 しかし中はバオスらしいなかなか個性のある書き方だが、コツや、理屈などが事細かく書かれており、意外にも読みやすかった。


「……これ、本当にいいのか?」

「構わん、そなたの為に書いた物だ。」

「フフ、バオス様、それを書くためにここ数日ずっと宿に引きこもっていたんですよ。」

「……」


 マーレの言葉を聞くと、ネロはそのまま中の技を一つ一つ確認していく。


「……ただその代わりと言ってはなんだが頼みがある。」

「なんだ?」


 ネロが奥義書に目を向けたまま尋ねる。


「そなたの家で、マーレを預かってもらえないだろうか?」

「へ⁉」


 バオスの言葉にいち早く反応し、一番驚きを見せていたのは本人であるマーレだった。

 ネロもその一言に、バオスへと視線を向けた。


「それは構わねぇけど、なんでだ?」

「うむ、実は以前にかつての同胞達から連絡があってな。我もまた旅に出ることになったのだが、今回の旅はなかなか険しい内容の旅となりそうなのでな、マーレを連れて行くには少々酷なのだ。」

「酷……ね」


その一言にピエトロが何かに気づいたのか少し意味有り気に言葉をポツリとこぼす。

 だがそれ以上は何も言わず、口を閉ざしていた。


「マーレは大切な友に託された大事な妹、何かあっては友に会わす顔がない。だから信頼できるそなたたちの家に預けたい、どうか頼む。」


 そう言ってバオスが深く頭を下げた。


「……マーレはいいの?」


エレナが困惑を見せるマーレに尋ねる。


「……わ、私は、バオス様の従者ですからバオス様がそう言われれば何にも言えません。」


マーレがエレナの問いに寂しそうに答える。

本音は違うのだろうが、それを言える立場や、状況ではないことを察したのだろう。

ネロ達もそのことに関して触れようとはしなかった。


「……わかった、じゃあマーレは俺達の家で預かる。」

「すまぬ、恩に着る!」


バオスがもう一度頭を下げる。


「……ならばネロよ、次会うときそなたがどれほど成長したか楽しみにしているぞ。」

「ああ、次会う時には今度こそ獣拳をマスターしといてやるよ。」

「フハハハハハ、それは楽しみだな。」


 何時ものように高笑いをした後、バオスが拳をネロに向かって突き出す。

 ネロもそれに応えるように拳を出し、互いの拳に合わせると、二人は小さく笑った。


「ではさらばだ人の友よ、また会おう!」


 その言葉を背にネロはその場を後にした。


――


「……」


 ネロは、暫く無言で奥義書を読んだあとそのまま袋に収納した。

 

「……さて、そろそろ港へ行くか……ん?」


  確認を終え、ネロが部屋を出ようと立ち上がる。すると、ふと扉の前からから何やら話声が聞こえてくる。


「だ、駄目ですよ、そんなことしたらネロ様に怒られます。」

「何言ってるの、ただ起こすだけじゃない。そんな事で怒られはしないわ。」


 聞こえてくる声は恐らくエーコとマーレだろう。意外な組み合わせの二人の声にネロはしばらくやり取りを扉越しに見守る。


「お、起こすのにハンマーはいりませんよ。」

「大丈夫よ、これくらい。なんかまたすぐ旅立つみたいだから、今いる間にギャフンと言わせるのよ!」

「ギャ、ギャフンってそんな……」

「きっとネロ様はどうせまだぐーすか寝てるだろうからこの私の作ったこのとっておきのハンマーで起こしてあげるの。フフフ……」


 何を想像したのかエーコが不気味な笑い声をあげる。


「だったら、早くしないと本人起きちまうぞー?」

「え?」


ネロが扉越しに聞こえてくる会話に割り込む。

扉の向こうから聞こえた声にマーレは動揺を見せるが肝心のエーコはその事の重大性に気づいていない。


「大丈夫、どうせあのご主人様の事だしそんなにすぐには起きないわよ。」

「あの、ちょっと……先輩。」

「まあでも、あんたの言い分も一理あるわね。という事でじゃあ早速……てい!」


止めようとするマーレを振り切り、エーコが勢いよく扉を開けた。


「ご主人様ぁ!朝でーす……」

「……よっ。」

「……えーと……オハヨウゴザイマス?」

「あぁ、おはよう……。」


ネロの部屋にギャフンという声がこだました。


――


「誠に申し訳ございませんでした!」


 一階に降りるや、事情を聞いたカトレアが、深々と頭を下げて謝罪する。


「私の指導不足です。エーコにはあとでキツく指導しておきますので。」

「ひぃ!」


カトレアが細い眼を僅かに開けエーコを睨むと、エーコは小さな悲鳴をあげて体を小刻みに震わせる。

どうやらカトレアの指導に何やらトラウマを持っているらしい。


「あ、あの、ネロ様……私は……」


 そんなエーコの姿を見たマーレが不安そうに話しかける。


「ん?ああ、悪いのは全部こいつだからお前は別に気にしなくていいぞ。」


そう言われるとマーレはホッと胸をなでおろす。


「そもそもお前は客人なんだからわざわざ働かなくていいのに。」


そう言ってネロは家のメイド服を着ているマーレを見る。


「い、いえ、やっぱりただで住まわせてもらうのは、それに、少しメイドにも興味あったので。」


 マーレがメイド服のスカートを掴み、少し嬉しそうな笑みを見せる。


「まあ、お前がいいならそれでいいさ。さて、じゃあそろそろ船着場へ向かうがマーレも港まで来るか?旅立つ前にエレナ達とも話しておきたいだろ?」

「はい、是非行きたいです。」


 ネロの問いに二つ返事で返すと、マーレもすぐに外に出る支度をする。


「じゃあ、カトレア、家の事は任せたぞ。」

「はい、お任せください。」


 ネロが外への扉を開けると、カトレアを筆頭にメイドたちが綺麗に横一列に並び始める。


『それでは、ご主人様、行ってらっしゃいませ。』


 カトレアの率いるメイド達の一つの乱れのない綺麗お辞儀で見送られるとネロも安心すると、マーレと共に港へと向かった。


――


ネロが港に着くと、船着き場には既にエレナ達が待機していた。

前回の旅立ちとは違い、今度はエレナにも王からの命令が下っているので堂々とネロが来るのを待っている。

 そして、その隣では未だに納得いかなそうに眉間に皺をよせているリングの姿もあった。

ネロとマーレがエレナ達と合流すると、案の定、女性陣はメイド姿のマーレへと群がる。


「キャー!マーレ可愛いじゃない!」

「この格好って事は、ネロのところでメイドをするの?」

「は、はい、前からちょっと興味あったんで……」

「へ―、でっもそうなるとネロのメイドは随分バラエティー豊かになるわねぇ……」


 女性陣がおしゃべりを始めると取り残された男性陣も、男同士で自然と固まっていた。

 一気に緊張感の抜けた状態になったこの場でリングが一度咳を入れると、改めて真面目な表情でネロに話しかける。


「話は王から聞いている。……今度はれっきとした使命を請け負ったそうだな。」

「はい。」


 ネロがはっきりと答えると、リングも観念したようにそうか……と呟いた。


「武王決定戦優勝、将軍就任、最早私が心配するのもおかしいものだが、しかし!それでも私はこの国の大人として、そして一人の父親として言わせてもらう。お前達はまだ子供だ、決して無茶だけはするなよ。」

「はい!」

「無論、エレナもだがそなたもだぞピエトロ、危なくなったらすぐいつでも頼ってきなさい。」

「……はい!」


 リングの言葉にそれぞれが力強く返事を返すと、リングもそれで納得したのか大きく頷いた。


「はいこれ、貴方用の服を見繕ってあげたからまた着なさい。ピエトロ君に負けないようにね。」

「は、はい!」


 エレナが母、アリサから服の入ったカバンを渡されると少し顔を染めながらカバンをギュッと抱きしめる。


「あとこれも、エーテルちゃんに」

「へ?」


 そういうと、アリサが花びらでできた小さな服を取り出した。


「この前の露店で見つけた花で作ってみたの。小さくて縫うのが難しくてあまり出来は良くないけど、もし良かったら来てみてね。」

「お、おばしゃん……」


 花で出来た服を受け取ると、不意の優しさを受けたエーテルが眼に溜めた涙を零さぬように必死で堪える。

 そんな様子のエーテルを見て周りも和やかな雰囲気に包まれた。


「では、そろそろ、行ってきます!」

「うむ、気を付けていくが良い。」


 ガガ島の皆に手を振られ見送られるとネロ達は再びアドラーの地へと向かうのだった。


――


「……行ったか。」

「行ったわね……」


ネロ達が旅立ったのを見送ると、アリサとリングが改めてマーレの方振り向く


「ところでこの子は?エレナ達とも仲良さそうだったが……」

「エレナの新しい友達のマーレよ。」


 アリサがマーレをリングに紹介すると、マーレは威厳のあるリングに少し怯みがちになりながらも、カーミナル夫妻に改めて自己紹介をした。


「こ、このたび、ネロ様の家で働かせてもらうことになりましたマーレ・ミーア・・・と申します、これからよろしくお願いします。」

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