第118話 最強VS最強
「あの……バオス様、皆さんのところにお戻りにならないのですか?」
観客席の最上段から誰もいないリングを見下ろすバオスに、マーレが恐る恐る尋ねる。
ブランが一命をとりとめたことは
しかしバオスは医務室には戻らずただ、上からぼんやりとリングを眺めていた。
「フハハ、我とて空気ぐらいは読める。今は知友水入らずでいるのが一番よ。」
そう言って仁王立ちをしながら、バオスがいつものように高らかに笑う。
だが、その笑い声にいつもほどの勢いはなく、マーレは少し心配そうに見つめる。
その視線を感じたのか、バオスは安心させるようにマーレの頭にポンっと手を乗せる。
そして、少し真面目な表情でマーレに尋ねた。
「時にマーレよ。そなた、ネロ達は好きか?」
「え?は、はい。皆さん今まで出会った方たちとは違って優しい人達ばかりで、得にエレナ様には色々な事を教えてもらいました。」
「そうか……」
それだけ聞くとバオスは乗せた手でそのままマーレの頭を優しく撫でた。
「え……と、バオス様……?」
不意の問いにマーレが戸惑いを見せる中、バオスは誰に話す訳でもなく一人、小さくポツリと呟いた。
「我らが進むは修羅の道か……」
――
本戦の一回戦が終わってから数時間、時刻は昼を過ぎ、闘技場では決勝戦が行われようとしていた。
ブランの一件で、場内は一時ちょっとした騒動になっていたが、ブランも大事には至らなかったこともあってそれを知らされるとすぐに落ち着きを取り戻していった。
だが闘技場は、それとは別の事でちょっとした騒動になっていた。
今、リングの上には今大会の話題をかっさらっていた二人の最強の戦士が上がっている。
一人はこの国の英雄と呼ばれていた男の息子であり、その若さで圧倒的な力を見せつけてきたネロ。
そしてもう一人は仮面をつけ素性を隠し死んだ剣士の名を語る謎の男。
どちらも世界が注目するには十分過ぎるほどの話題と実力の持ち主だ。
そんな二人の戦いを見ようと各国から集まった観客の人数は闘技場の収容人数の規模をはるかに上回っており、遠路から遥々来ながら入場できなかった者達が中を開放しろと、場外で騒ぎを起こしていていた。
「……なんか外は、凄い騒ぎね。」
「そうだね、少し申し訳ない気もするね。」
外から聞こえて来る騒ぎの声に、カラクの配慮で席を確保していたエレナは少し申し訳なさそうに苦笑を見せる。
「それよりもこの戦い、果たしてどちらが勝つのでしょうか?」
「そんなのネロに決まってるじゃん!」
マーレの質問に対しエーテルが自信満々に答える。
「まあ、贔屓目に見なくてもネロは頭一つ抜けてるからね。ただ、僕たちはスカイレスの実力を知らない。そっちの三人はどう思う?」
ピエトロが隣に座るブランのいないダイヤモンドダスト一向に尋ねる。
「うーん、私達もスカイレスの事を詳しく知ってるわけじゃないしねぇ。」
「私もロールと一緒……。」
そう二人が口々にそう答えると、今度はリグレットの回答を待っていた。
「……正直わかんないわ、確かにネロ君は規格外なレベルなのは知っているけど、スカイレスも幼少の頃に測定不能であるレベルゼロを叩き出してたし。それに私が知ってる頃より遥かに強くなってるから……」
「ふむ、つまり双方今まで測れる物差しがないため実力がわからず比較するのは不可能とという事か?フハハ、これは面白い。では、どちらが上は実際見て決めようではないか。」
バオスの一言を最後に一同は視線をリングに戻すと、試合が始まるのを静かに待っていた。
――
「さあ、これより武王決定戦決勝を始めたいと思います、そして実況は諸事情により降りたリグレットに代わり……この俺、ミディール王カラクが務めるぜー!どうだ!今度こそ文句あっかぁ!」
「大アリだ馬鹿野郎!」
「もう少し王としての自覚を持ちやがれぇ!」
自分の後ろにある王の席で自国の民達に容赦なく文句を浴びせられるカラクが気になりつつも、ネロは向かい合っている仮面の男をじっと見つめていた。
自分の前世の名を名乗る男、そして現時点で最強と呼ばれる男に対し、ネロは深く興味を持っていた。
だが、さっきからずっと見続けているが、向こうは一ミリたりとも動かない。
そんな相手を見ながらネロがゆっくり口を開く。
「やっと戦えるな、カイル・モールズ……いや、スカイレスと言ったか?」
その名前を口にすると、今まで反応を見せなかったカイルの体がピクリと反応した。
「……いつから気付いていた?」
カイル、もといスカイレスが初めて口を開く。
仮面を通して聞こえるのは酷く冷たい篭った声、それはまるで感情を感じられない機械じみた声だった。
「ついさっきだ、お前の事を知っている冒険者がさっきの戦い見て教えてくれたよ。」
「……リグレットか。」
一応名前は伏せたがあっさりバレる。だがスカイレスはそのことに知っても追求をしてはこなかった。
「で、なんでお前がこんな大会に出てるんだよ?俺の連れから聞いた話じゃ、お前がこんな大会に出るはずないって言ってたぜ?」
「……あぁ、その者の言うことは正解だ。本来命令もないのに自分がこんな大会に出ることなどはあり得ない。だが、とある筋から自分と互角、もしくはそれ以上の奴がいるという話を聞いてな。もしいるならこの大会に出るだろうと思って、勝手ながら、大会に出ることにした。」
「とある筋ねえ……」
――多分リグレットだな。
自分とスカイレスに接点のあるものなど他にいない。
「まあ、いいや。それでつまり同じ最強と呼ばれるものとしてはその存在を放っておけなかったって訳か。」
「いや、違うな。」
スカイレスが即座に否定する。
「最強などには微塵の興味はない、自分はただ、帝国が持つ力にすぎないのだから…… だが、もし自分より強い奴がいるとするならば、そしてその者が帝国の……陛下を脅かす存在ならば、その者を放ってはおけない」
そう言いながらスカイレスが鞘に手をつけ、カチャリと剣を鳴らす。
「で、いたのか?」
「残念ながらまだ見つかっていない。偽りの情報だったのか、それとも大会に出てないのか、そして或いは……」
スカイレスが仮面越しから殺気の混じった視線をネロに向ける。
その視線を感じたネロも不敵に笑った。
「そうか、なら喜べ……俺が当たりだ!」
二人の会話など聞こえてるはずもないのにまるで会話が終るのを見計らったように銅鑼が鳴る。
そしてそれと同時にネロの蹴りとスカイレスの剣がぶつかり合う。
そのぶつかり合った衝撃はそのまま強い衝撃波となり闘技場全体に広がっていくと、それを合図に最強VS最強の戦いの幕が切って落とされた。
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