第98話 デタラメの王

異文化の混ぜ合わさった異色な街中を通り過ぎ、ミディールの城へたどり着くと、ネロ達は待っていた兵士に案内され玉座の間へと向かう。


ピエトロは謁見する前に少しでも王の情報を集めようと、案内の兵士からこの国に関して今の王が取り入れた政策について聞いていた。

 そして聞いた話から浮かんだ印象はズバリ『デタラメ』だった。


 その事についてまず初めに目に入ったのは、城の兵士達の格好である。

 兵士達の格好は武器や防具にミディールの紋章が刻まれているだけで統一はされていない。その姿は兵士というよりも冒険者に近い。

話によれば統一された防具で戦うよりそれぞれに見合った武器や防具を使った方が個々のポテンシャルが発揮しやすいと言う王の考えらしい。


 そして次に印象的だったのはこの国の祭日だ。

 この国では同盟国で行われている祭や催しで気に入ったものを取り入れている。そのため他の国よりも休日や祭りが多いが、その分国民からの評判は高い。


――ネロやエレナが言ってた意味がわかった気がする。


 政策はデタラメのようだが、しかしそれが間違いとも言えない説得力もある。


 これらの話から王の考え方は常識破りなのが分かる、ただそれが今回の一件でも発揮されるとは思えない。

 ピエトロは当初の予定通りに話が進むと考えると、頭の中でシュミレートをしながら王が待つ部屋へと足を進めた。


――


 長い廊下を通り抜け、玉座の間へ着くと、姿を隠したエーテルを含めた四人は、扉を開け奥にある玉座へと足を進める。

 玉座の前には国の大臣と思われる頭のてっぺんの毛が少し薄くなっている気難しそうな初老の男と、鋼の鎧を身に付けた褐色肌の屈強な男が腕を組んで待機しており、そして玉座にはこの国の王であるカラクが座っていた。


――こっちが本当のミディール王か……


 どんなに楽天家を気取っていても一つの国家を統一している王であることには変わりはない。

 前回出会った時と明らかに雰囲気の違う王を前にピエトロは一度唾を飲み込む。


「ネロ・ティングス・エルドラゴと他三名、王の命により参上しました。」


 大臣たちがいるからか、ネロも前回とは違い礼儀正しい口調で、膝をつき頭を下げる。エレナ達もネロに合わせて同じポーズを取る。

 その姿に大臣もうむ、と満足そうに頷く。


「よくぞ参った、エルドラゴ伯爵と連れの者よ……知っている者もいると思うが、私はミディール国を統べているミディールの王カラク・ミディール。そしてそこにいる二人はこの国で大臣をしているゾシモスと将軍のバルゴだ。」


 カラクが紹介するとゾシモスとバルゴが、改めて名前を告げるだけの簡単な自己紹介をする。

 重々しい雰囲気が漂う中、皆が無言のまま王であるカラクの言葉を待つ。

 カラクは玉座から一度ネロ達を見渡す。全員が自分に注目していることを確認するとカラクはニヤリと笑い


「じゃあ、堅い挨拶はこれくらいにして、いつも通り楽にしてくれていいぞー。」


 っとこの場の空気をぶち壊すように軽い感じで言葉を放った。


 真面目な姿から打って変る態度にピエトロは少し戸惑いを見せるが、ネロとエレナは慣れたように立ち上がり真面目な態度を崩す。


「お、王!何を言っているのです。コラ、お前たちもそんなあっさり態度を崩すな!」

「別にいいんだよ、こいつらは俺の弟や妹みたいなもんだ、それに畏まった態度よりも楽にした方が話しやすいだろ?って言うか俺が嫌だ。」

「い、嫌だってそんな……それでは王としての威厳が……」

「そんなもん話をするのに邪魔なだけじゃねえか。」

「しかし……」

「ああもう、面倒くさい奴だなぁ。って言うか何俺のやり方にケチ付けちゃってんの?お前は俺より偉いのか?」

「え?い、いや、それは……」

「よしわかった!じゃあ今日からはお前が王だ。お前ら、続きは俺の行きつけの酒場でやるぞ!あそこの飯はかなりいけるからな。あ、でも酒はまだ駄目だぞ?お酒は成人してからだ。」

「わ、わかりました、わかりましたから」


 玉座から立ち上がり本当に退席しようするカラクを、ゾシモスが慌てて止める、そしてポケットからハンカチを取り出し冷や汗を拭うとその場で大きく溜息を吐いた。

 バルゴもやれやれと言った感じで首を横に振る。


――なるほど、こういうところでもデタラメさは発揮されるのか。


 ピエトロは汗を拭く大臣に同情の眼を向けた。


「さて、じゃあ落ち着いたところで本題といこうか、お前らに集まってもらったのは他でもない。今うちとアドラーで起きている問題についてだ。」


 カラクが少し真面目な表情でそう言うと、そこから大臣のゾシモスが変わって問題について話し始める。

 内容はピエトロの予想した通り、アドラーでの行方不明者についてだった。

 ここ近年、商いや観光でアドラーにを訪れた貴族や商人が行方不明になる事件が相次いでいる。そしてその事について帝国側に問いただしても知らないの一点張りで、足踏み状態が続いてるらしい。


「とまあ、話は聞いた通りだ。今はアドラーへの入出を制限した事で被害は減りつつあるが、アドラーに客を持つ商人達にとってはいつまでもこんな状態ではいられないだろう。そこで旅をしてきたお前らに聞きたい、この件について何か知ってる事はあるか?」


 王からの質問に三人が顔を見合わせる、そして頷き合うとネロは旅をした中で起きた出来事を一通り話した。


「……ゲルマとブルーノねぇ、じゃあ、そいつらが関わっている可能性が高いと?」

「はい、その事に関してはピエトロが良く知ってると思うので」

「ピエトロ?」


 エレナがそう振るとピエトロが一歩前に出て頭を下げる。


「初めましてミディール王。私はアドラー帝国……ブルーノ公爵家が三男、ピエトロ・ブルーノと申します。」


 偽名を使うべきか迷ったが、後々ややこしくなると考えるとピエトロは思い切って本名を名乗る。反応は予想していた通りだった。


「ブ、ブルーノだと!先ほど出てきた貴族の名じゃないか!こんな奴をここに連れて来て、どういうつもりだエルドラゴ伯爵よ!」


 ブルーノの名にゾシモスが真っ先に食いつく。

ピエトロは予め考えていた通りの言葉で弁論しようとするがそれより先にカラクが口を開いた。


「構わん」

「「え?」」


 その一言に思わず、二人がカラクに顔を向ける。


「ネロ達が連れて来たって事は、こちら側って事で良いんだよな?」

「は、はい……」

「なら問題ねぇ」

「で、ですがしかし……」

「よし、じゃあ続きは酒場で――」

「ああもう!わかりましたから!」

「そう言うわけだ。じゃあピエトロ、早速だが、話してくれ」


 考えていた言葉が無駄になり少し拍子抜けしてキョトンとしていたピエトロだが、嬉しい誤算と捉えると気を取り直して話始める。


「はい、今回の件に関してゲルマとブルーノが関わっているのは確かです。恐らく捕らわれた者達は奴隷、もしくは実験の被検体とされていると思われます。」

「その実験というのは先ほど言っていたブルーノの合成獣の事かいったい人間を何に使うというのだ?」

「それに奴隷ならわざわざ他国の者を捕えなくても国にたくさんいるのでは?」


 バルゴとゾシモスから問われた二つの問いに対しピエトロは淡々とした様子でその問いに答える。


「はい、ブルーノの実験はモンスターだけに止まらず人間も使われています。人間の体にモンスターの細胞を埋め込んだりその逆も然り、そして他はモンスターの餌にされているでしょう。そしてゲルマの方は奴隷にすら身分を求めており、他国で貴族をだった者達を奴隷に仕立て上げています。」


 質問をしたバルゴとゾシモスがその回答に唯々言葉を失った。


「それでその事をそっちの王は知っているのか?」

「恐らく……ただゲルマとブルーノの力は大きくその一件に対処することが難しいのも確かです。」

「本当に理由はそれだけか?」


 カラクの声色が少し低い声に変わる。


「……いえ、あまり言いにくい事ですがここ近年のアドラーの富国強兵と領土拡大によりアドラーの皇帝は他国を少し見下しているところもあると思います。」


 ピエトロの言葉にカラクはへえ……と呟き小さく笑ってみせる、だがその眼は怒りが灯っていた。


「成る程な……大体話はわかった。」

「ふむ……しかし、一体どうしたものか……」


 話を聞き終えたゾシモスが頭を悩ませる。

 バルゴも腕を組みながら目を瞑って考えるが、答えは出てこない。

 その状況を見計らってピエトロが考えを提言するため、手を挙げようとしたところ、玉座から声が上がる。


「何言ってんだ、簡単な事じゃねぇか。」

「え?」

「おい、紙と筆を用意しろ。」


 カラクは立ち上がると、近くの兵士に指示する。

兵士がすぐさま紙と筆を持ってくるとカラクは紙と筆を手に近くの柱を下敷き代わりにして何やら書き始める。


「王、そんな所で書くなんてはしたないですぞ。」

「うるせぇ、俺たちの住む、巨大な城を支えてくれる柱様をはしたないとは何事だ。」

「なら下敷きがわりに使うなよ……」


 隣から聞こえるネロのツッコミにピエトロが苦笑いをする。


――しかし一体何の手紙だろう?


 予想で行けば恐らく帝国に共闘を持ちかけるための手紙だろう、だが今までの印象からとてもそんなことを考える人には思えない。

 文書を書き終えたカラクは、自分の字に満足な表情を浮かべると紙を綺麗に折りたたみ、ネロに渡す。


「それは一体?」

「まあ、簡単に言えば帝国への侵攻許可要請の手紙だな」

「し、侵攻許可要請⁉」

「ネロ。」

「なんだよ?」

「ちょっくら、ゲルマとブルーノをぶっ潰してこい。」

「「はぁ⁉︎」」


 ピエトロとゾシモスが再び言葉をシンクロさせる。


「な、何を言ってるか王⁉︎」

「なんだ?俺なんかおかしいこと言ったか?用はあれだろ?俺たちを民を攫ってるのはゲルマとブルーノ、そんでもって、帝国はそいつらに手を焼いていて、こちらを助けるつもりはない。なら答えは簡単だ、ネロがそいつらをぶっ潰してしまえば民も助かるし帝国にも貸しができる。おまけに実力も見せつけられて万事解決じゃねぇか。」

「いや、それはそうですが、いくら何でもそんな無茶なこと出来るわけないじゃないですか!」

「ネロ、できねぇのか?それなら他の手を考えるが……」


 カラクからの問いにネロは少し間を空ける。そして……


「……いいのか、ぶっ潰しても?」

「俺が許可する。」


 その言葉にネロが不気味に見える笑みを見せる。

 そんな無茶苦茶なやり取りにゾシモスはただ口をパクパクさせて固まっている。

 そしてそんな状態の中、突如この場に大きな笑い声が響き渡る。


「アハハハハハ。」

「ピ……ピエトロ?」


 笑い声の主はピエトロだった。今のやり取りを見ていたピエトロが狂ったかのように大声で笑いだす。

 初めて見るピエトロの笑い声にネロ達も茫然としていた。


「アハハハハハ、凄い、完璧な作戦だ。それなら全てが上手くいく。アハハハハハ」

「ピ、ピエトロが壊れたぁ⁉︎」


 腹を抱えて笑うピエトロに今度はエレナがあたふたし始める。


「ハハハハハ、凄い、こんなことは初めてだ、ことごとく僕の予想が覆され、考え方は単純でデタラメ、なのに僕が考えた事よりも遥かに的確。とても常識に囚われていたら導き出せない答えだ。」


 ピエトロは初めてハマった笑いのツボに周りを気にせず笑い続ける、そして笑いすぎて噎せ返るとやっと落ち着きを取り戻す。


「ハァ、ハァ……フフ、常識に囚われちゃいけない……か。ミディール王、僕からもひとつ提案がありますがいいですか?」

「おう、言ってみろ」

「ネロを将軍に任命してはどうかと。」

「な⁉︎き、貴様!バルゴ将軍の前で一体何を言ってるか!」


 当然のごとく怒りだすゾシモスをカラクが手で遮る。


「理由は?」

「はい、今アドラー帝国が他国に対して大きく出ているのはスカイレスという騎士の存在がいるからです。」

「スカイレスか……名前はよく聞くな。そんなに強いのか?」

「最強を名乗るほどの実力はあると思います。話によればナダルとの戦争も、彼一人で終わらせたようなので」

「マジかよ……」


 そのピエトロの話にネロがボソッと呟いた。


「それほどか。」

「はい、スカイレスはアドラー皇帝が世界に誇る最強の武器であり力です。ですが、ネロもスカイレスに負けていません。もし自分の誇るものと同等の者が他の国にもいるとしたらきっと向こうは面白くないはずです。」

「ハハハハ、なるほどな。それなら向こうの出鼻を挫けるってもんだ。」

「ええ、ですが今のネロの知名度は低く皇帝の関心は薄いでしょう、ですがネロにこの若さで将軍の地位を与えることで皇帝ははきっと興味を持つはずです。」

「いいね、中々面白そうな考えだ、バルゴはどうだ?」


 カラクがここで今まで黙って聞いていたバルゴに話を振る。バルゴは目を瞑り一度考えた後自分の思いを静かに語り始める。


「……私は元々バッカス将軍が亡くなった事により空いた空席を埋めただけです。ネロの事も幼い頃から知っていますし将軍の息子であるネロに譲ると言うのは私とて本望です。……ですが、譲るならそれにふさわしいの力を見せてもらわないと……」


 そう言うとバルゴがネロを睨む、それに対しネロも不敵に笑いながら睨み返す。


「ハハハいいね、じゃあ決まりだな。」

「しかし、エルドラゴ伯爵はまだ成人もしていなのですぞ?それをいきなり将軍などと――」

「んなもん関係あるか!ここは自由国家ミディール!黒の物でも周りが白と思えばそれは白になる、ここはそう言うところだ!」


 興奮のあまりカラクら先ほどのピエトロに負けないほどの笑い声をあげて立ち上がる。


「よぉし、ならばお前達に最高の舞台を用意してやろうじゃねえか……いや、待てよ?どうせならもっと大々的にしてやろう、ハハハハ、なんか楽しくなって来たぜ!」


 何か思いついたカラクの高笑いが玉座の間に大きく響く、そしてこの一件がネロ・ティングス・エルドラゴの名を全世界に轟かせることになる。

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