第99話 武王決定戦

「まずったなぁ……」


 テトラの街の隅にある小さな酒場「グランテ」のテーブル席で、派手な帽子とメガネを身に付けた男がポツリと呟く。

 側から見れば見るからに怪しい格好だがそれがこの国の王、カラクのお忍びの姿である事は街中の者が知っているので誰も突っ込もうとしない。


「まさかこんなに集まってくるとは……」


カラクが他のテーブル席に目を向ける。昼間ながら客入りは多く、店の店員が忙しそうに動き回っている。

「グランテ」は王の行きつけの店ではあるがあまり知られていなく、いわゆる隠れた名店というところである。

 しかし、それがここ最近は昼夜問わず毎日大賑わいとなっている。

 理由はもちろん、王を唸らせたその店の料理や酒もあるが、一番の理由は街の観光客の増加である。

 今、テトラでは近々に行われるイベントによって沢山の観光客が訪れていた。


「いや、予想通りだろ。こんなもん世界に大々的に発表したらそら集まってくるわ!」


 ネロがそう言って町のあちこちにばら撒かれているイベントのビラをテーブルに叩きつけた。


――二週間前


「と言うわけで、第一回ミディール武王決定戦を開催する!」

「……いや、どう言うわけだよ?」


突然の王からの発言に、玉座の間に呼び出されたネロ達はキョトンとする。


「この前言っただろ?お前とバルゴの戦いの舞台を用意してやるって。で、それがこれな訳よ」


 そう言ってカラクは自慢げに自作のビラを見せる。

 それをエレナが手に取るとそのまま内容を読み上げる。


「なになに?来たれ強者!第一回ミディール武王決定戦開催!優勝した者には賞金一〇〇万ギル!参加資格は年齢問わずミディール及び同盟国出身者とする。武術、剣術、魔法、戦闘に腕のあるものは是非集まれ!」


 エレナが読み終わると全員でカラクの方を見る、


「どうだ?」

「いや、どうだって言われても……」


 いまいちな反応を見せるネロに対し、ピエトロは小さく頷きこの提案を肯定する。


「武術大会か……成る程、確かにこれで優勝すればネロの名も瞬く間に広がりますね、これを国内に発信するんですね?」


 ピエトロがそう問いかけると、カラクはカッコを付けて指を振りながら舌で歯を鳴らす。


「チッチッ、バカ言っちゃいけねぇよ、発信するのは世界だ。」

「え?」

「国内に発信したところで、注目するのは国内だけだろ?これを世界に大々的に発信すればこの大会は世界から注目は集まる。そんでもってこの大会に優勝すればネロの名前は一気に世界に広まる。そうしたら嫌でもアドラー皇帝の耳にも入る。どうだ、いい案だろ?」


 カラクが皆に自信満々に提案するそれに対しピエトロは苦笑いをする。


「うん、そうですね……知名度を上げるとするならこれ以上とない凄くいい案だと思います。でも……」


 ピエトロがビラの参加資格のところに注目する。


『参加資格年齢問わずミディール及び同盟国出身者とする』


「……これ、通知するのはミディール国内、もしくは参加者をミディール出身限定とかにするとかじゃダメなのですか?」

「何言ってんだ、ミディール国内だけに通知したところで他の国は伝わらねえし、ミディール出身だけなら興味なんて持たねえだろ?だから同盟国の奴らも参加して注目してもらうのさ。どうだ、まさに名を広めるなら最高の舞台だろ?ハハハハハ」


――


……そしてこの大会の開催の各国に発表した結果。現在、ミディールの同盟国からテトラに続々と人が集まっていた。


「こんなこと世界中に発表したらそら人も集まるわ!テメェ自分の国の同盟国が何ヶ国か知ってんのか?」

「えーと、五十ヶ国くらい?」

「……ピエトロ。」

「百六十六カ国だね。まあ、そのうち何カ国かは滅んでしまったのもあるけど、大体世界の七割、これじゃあミディールの大会じゃなくて世界大会だね。」


 ピエトロがアップルティーを飲みながら、説明する。


「ま、まあ、おかげで想像以上に関心が向けられてるじゃねぇか、これで俺のシナリオ通りお前とバルゴが決勝で当たれば大盛り上がりだ。そしてその後に将軍就任式、きっと世界中が注目するぜ?」

「そうですね、ただ……」


 ピエトロが近くの席の男達の会話に耳を傾ける。


「なあ、さっき俺、西の聖女を見たぜ?この大会に参加するのかな?」

「俺は山賊王バラバモンを見かけたなぁ。」

「……これ、本当に優勝できるの?」


 耳を傾ければ聞こえてくる世界で名の通った数々の猛者の名。

 そう、この大会での最大の問題は、あまりにも強者が集まりすぎた事であった。


「西の聖女に、山賊王、おまけにエルダーのヴァルキリアに紅蓮の帝王……耳に入っただけでもこれだけいるけど、多分もっといるんじゃないかな?」


 ピエトロが指折り読み上げた、名前を聞くとカラクの血の気が引いていくのがわかる。

 どの名前も現代の英雄と呼ばれるほどの世界で名の通った者達ばかりだ。


「そ、そんな奴らが何故こんな大会に……百万ギルなんてこいつらに取っちゃ大した額でもねえだろ……」

「そら、これほど自分の腕を試すのに打って付けなとこはないからな。金の問題じゃねえよ。事実上、この大会の優勝者が最強と言っていいんじゃねえの?」

「……優勝、できるだろ?できるよな?」


 カラクの問いにネロは骨つき肉を頬張りながら考え込む。

 確かに普通に戦えば勝てる自信はある。しかし、これは試合だ。

  試合にはルールというものがあり、どれだけネロが強くても数々の修羅場をくぐってきた猛者達相手に百パー勝てるとは言い難い。

 特に魔術師関連は状態異常の魔法をを使う相手もいるので油断はできない。

そしてもう一つ……


――もしかしたらスカイレスも出るかもしれない。


 ここまで大きな規模の大会になったらもちろんアドラーの皇帝にも耳に入ってるだろう、そうなればスカイレスの強さを世界に知らしめるためにも参加する可能性も十二分にある。


――とりあえず、将軍と戦うのは無理だな。


 ネロは皿に残った最後の肉を飲み込むと席から立ち上がる。


「……さて、そろそろエレナ達のと待ち合わせの時間のようだ。」

「え?おーい、ネロ、さっきの返事は?勝てるか?勝てるのか?」


 ネロはカラクの問いかけに応えずその場を離れると、ピエトロと共に弱弱しく呼びかけるカラクを無視して酒場を後にした。

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