第57話 貴族の依頼
セグリアは大きな街の中では最も帝都に近い町である。
帝都の恩恵も受けてか、様々な物資が流通して町全体がにぎわっており、大貴族の別邸もある。
しかしどんなに大きな町でも、酒場に集まる者たちは一緒だ。
このセグリアの酒場にも荒くれた男や、冒険者のパーティーといった者達が集まっている。
そしてそんな中に、一際目立ったパーティーがいた。
一人は見た目は申し分ない屈強な男、顔についた大きな傷は迫力がある老将だ。
しかし問題は一緒に座る二人の少女だ。
ピンクの髪をした二十歳前後とみられる少女、しかし頭の上には長い耳が片方折れた状態で生えており、顔には小さなヒゲが左右に三本愛らしく生えている。
顔が普通の人に近い兎の
そしてもう一人は魔法使いらしくとんがり帽子とローブをかぶり、ジト目で物静かに中に入ったグラスをじぃっと眺めている少女。
ただ見た目はとても酒場に入っていい年齢とは思えないほどの幼い少女だ。
老将、獣人族、少女
こんな異質の面子が三人同じテーブルに座っているのが、酒場の中ではかなり目立っているが、誰もそんな三人に声をかける輩はいない。
彼女たちがどういうメンバーかを知っているからだ。
帝国ギルドのSランクパーティー 『ダイヤモンドダスト』
帝国で最強と謳われている三つしかないSランクのパーティーの一つだ。
そして三人は現在遠くの町に遠征中のこのチームのリーダーを待っていた。
「そろそろだな……リグレットがこちらに着くと言っていた時間は……さて、あいつは今回どういう風に現れると思う?」
酒場にある時計を見て、顔に大きな傷をつけた屈強な男がパーティーメンバーに問いかける。
「俺は今回は地面から現れると思うぜ。」
そう言ってテーブルに金貨を一枚置くとニヤリと笑う、その意図を理解すると獣人族の女性も同じように金貨を置いた。
「フフン、ブランは分かってないね、あの子はもうその登場には飽きてるよ、私は、上からの登場かな、最近あの娘は屋外室内関係なくあればっかだし。」
女性が折れていない方の耳をぴくぴく動かし、自信ありげにそう解説する。
「ほう、王道だなロール、だが十分あり得る。リンス、お前はどう思う?」
リンスと呼ばれた帽子を被った少女が眺めていた、グラスに入ったブドウジュースを飲み干すと、同じく金貨を置いて、ボソッと答えた。
「酒樽の……蛇口を捻ったら現れる……」
「お、おう……それはまた、邪道に出たな。」
「みんなが予想もつかないとこからくるのがリグだから……」
こんなあり得ないことでもないとは言い切れないのがリグレットなのでブランはそれを否定はしない。
現に前回リグレットが帰ってきた時は、部屋の壁から飛び出てきたのだから。
「さて、誰が当たるかな?」
全員の答えが出そろった所で、三人がリグレットが来るのを静かに待つ。皆がどこから飛び出してくるのかと目で周りを見回している。
すると酒場の入り口扉が勢いよく開かれた。
「やっほー!皆、おまたせぇ!」
笑顔を振りまき、普通に扉から入ってきたリグレットを見て三人が無言になる。
「……あれぇ?皆、どうしたの?リーダーのお帰りだよ?もっと労ってよ。」
「何普通にはいってきてんのよぉ!」
「えぇ!」
帰って早々訳の分からない理由で怒られリグレットが困惑する。
「……なんて、間の悪いやつだ。」
「いつもはもっと変な登場の仕方、してる……」
「えー、だって普段驚かそうとして帰って来ると、もっと普通に登場できんのか!って怒ってんじゃん。」
怒られた理由に納得がいかず、リグレットが不満を申し立てる。
「それはお約束というかなんかなぁ……」
「それにさぁ、いきなり緊急の招集なんかかけられたのにテンションの高い状態でいられないじゃない?こっちはグリフォンの討伐を放ってまできてるのにさあ」
「今でも、高いと、思うよ。」
「それはリンスちゃんのテンションが身長と一緒で低すぎるんだって。」
そう言われるとリンスは小さく頬を膨らませる。
「で?わざわざ呼び出した要件ってのは?」
「ああ、俺たちに新しい依頼が来たんだよ、今から約一か月後、第一級危険地区、ホワイトキャニオンで向かう際の用心棒としてな。相手は大貴族ブルーノ侯爵の次男、テリア・ブルーノ様だ」
その内容を聞くと、先ほどの明るい態度を隠し少し真剣な表情をする。
「……でも私達は依頼を受けてるよね?その内容と全く同じ内容の依頼を、ブルーノ家三男のピエトロ・ブルーノ様から。」
「向こうが何を言おうがこちらでなんとかするからそこは安心しろってよ。報酬はピエトロ様の出す報酬の三倍出すそうだ。」
「そういう問題じゃないし……」
リグレットっとが少し嫌な顔をする。
パーティーに直接依頼が来るのはそれだけ信用されているからだ、そしてそんな依頼主の依頼を急にこちらの都合で急に断るのは今後のパーティーの信用に関わってくる。
それに先に依頼をしてくれたピエトロは貴族の中では人格者として有名で、今回の依頼も、三か月も前から要請しており、更に拠点を持たない自分達をわざわざ探しだしてしてくれての依頼してきたのだ。
そんな彼の依頼を、後から来た依頼を理由に断るのは一人の人間として、いい気にはなれない。
「ちなみに、テリア・ブルーノ……様は、もし断れば、この国からいられなくするぞ!……だってさ」
おまけに次男の性格は最悪だ。
「悪いが俺はもう国外追放はお断りだぜ、こっちは一度祖国を追い出されてる身だ、流石に二度も国を追放された男を受け入れてくれる国はないぜ。」
ブランにそう言われると、リグレットは何も言えない。
やはりどうであれ、パーティーの事が最優先だ。
ブランはおよそ十年前に祖国をとある理由で、追放されており、アドラーにやってきた。
もしここも追放されると、他の国から二度も国を追われた男として危険視される可能性があり、入れなくなる。
歳も六十近く、隠居も考える年であるだけにそれは絶対に避けたいところだろう。
「まぁピエトロ様には悪いが、どちらを敵に回すと厄介なのかはわかりきってる話だしな。」
「……わかってないなぁ。あれはあれでなかなか厄介なんだから。」
リグレットが眉を顰めてポツリと呟く。
「まあ、とにかく、俺達にもう選択肢はないんだ、諦めて断りに行ってこい、リーダー。」
「頑張って……リーダー」
「とっとと行ってきなさい、リーダー」
「はいはい、わかりましたよ、行ってきますよーだ!こういう時だけリーダーリーダー囃し立てて、まったく。」
リグレットが愚痴りながら酒場を後にすると、離れたとこからでもわかるくらい大きな建物のブルーノの別邸へと向かっていった。
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