第30話 誰のため?

――クソ、なんで俺はあんな事を言ったんだ?


 興奮が冷めるとネロは、先程言った事を振り返り、自己嫌悪に浸っていた。


 初めはレイジの話には微塵も興味を持っておらず、アルカナの話が出て少し気になり耳を傾けていた程度だった。


 なのに気付けばレイジの話につい、声を荒げていた。何故あれほど熱くなったのか、それはネロ本人もあまりわかっていない。


――ああもう!なんかイライラする!


宿屋の一件の後からどうも自分の中の何かが狂い始めている。


 身分差別主義を掲げるネロの思想は変わらない。

 なのに、徐々に平民に近づくことへの抵抗が薄れ始めている。


 俺は貴族、俺は特別、平民とは違う、平民の事なんか知ったこっちゃない、そう頭の中で唱える自分もいれば、何故そこまで平民を嫌うのか?と疑問に感じている自分もいる。

 そして、今はその理由をネロはもう覚えていない。


 現在ネロの頭の中は、絶賛混乱中であった。


――ああ、もう!


 ネロは思わず叫びたくなる衝動を抑え、それをぶつけるように頭を掻きむしる。

 そして一度大きく息を吐きベッドに寝転がると、気を紛らわせるため図鑑を開いて鉱山のモンスターについて調べ始めた。


「えっと……一番候補として高いのはこいつらだな、うん。」


 考えを振り払うかの様にネロがわざわざ口に出して確認する。


図鑑を見てネロが目を止めたのは、ホーセントドラゴンというモンスターだ。

 体長、約三メートルから五メートルほどある蜥蜴の様なモンスターで、全身が鉱石で覆われている。

 その覆っている鉱石の種類は様々で、このモンスターの生息地で取れる鉱物によって変わってくるという。

 中でもダイヤモンドとオリハルコンの体を持つホーセントドラゴンは、レベルが非常に高くてかなり危険な存在らしい。


 ……といってもそれはあくまで一般での話だ。

 三千を超えるレベルを持つネロからしてみれば雑作もない相手になる。


――大したスキルもないし、俺の敵でもないな、とんだ無駄足になりそうだ。


 ネロは図鑑を閉じると、大きくため息をついた。


――それにしても


ネロは視線を下に向ける。


――なんでまたこいつがいるんだ?


 目線の先にはさっきまで眠っていたコルルがまたもや同じようにジッと、こっちを見ていた。

 何が面白くてこうも自分を見ているか理解できなかったが、レイジの話を聞いた後からか、コルルを少し気になりはじめた。


「……何か用か?」


 ネロは冷めたトーンで話しかける、先程とは違って話しかけられたことにコルルは少し驚くも、すぐに嬉しそうな表情を見せた。


「何読んでるの?」

「子供には関係ない本だ。」

「お兄ちゃんは子供じゃないの?」

「……」


ネロは話しかけてしまった事を少し後悔した。


「お、俺はいいんだよ、それよりもお前、他にする事ねぇのかよ?」


 ネロは反論できない質問を無視すると、すぐさま、話題を変える


「ない、だからあそぼ。」


そして、即答で返される。


「構って欲しいならエレナに言えよ。」

「お姉ちゃんは今、レイジおじさんとお話中だから。」


――クソ、こういう時に限って……


 エレナへの道を塞がれると、ネロはすぐさま別の逃げ道を探るが、そこでふとコルルに目をやる。

 こんなくだらない、やり取りでもコルルは凄く楽しそうにしていた。


――そういえばこいつ、いつも一人なんだよな。


 ネロはしばらく考えると、ふと、不意に質問する。


「お前、いつも一人で家にいるのか?」

「うん、レイジおじさんは帰ってくるの遅いし、外はきぞくって言うこわい人がくるから遊んじゃダメなんだって。」


 質問に対し、コルルは嬉しそうに答える。こうやって話すこと自体がコルルにとっては一番楽しいのだろう。


「親父は?」


「おやじ?」


――この歳には通用しないのか……


 ネロはコホンっと一度咳ばらいをすると今度は子供がわかる程度の言葉で質問した。


「その、なんだ、パ、パパはどうしてるんだって」


 言いなれてない言葉に、ネロはそっぽ向き頬を搔きながら恥ずかしそうに質問する。


「パパ……あ、お父さんのこと?」

「…………」


 ネロは話しかけてしまった事をひどく後悔した。

 子供の無邪気さは時にどんな抗弁者より抉る言葉を発してくる。

 顔を紅潮させながらも、ネロはそれを肯定して、話を続けた。


「お父さんはね、大事な用があるから一緒にいられないんだって」

「大事な用ってなんだよ?」

「……わかんない」

 

 そう答えるとコルルから先ほどの元気が失われていった。


「寂しくはないのか?」


そう問われると、コルルは元気なく首を振る。


「ううん、でもお父さんがこれは僕のためでもあるからって」

「んなわけねーだろ、そんなのは絶対に……」


 そう言葉を続けようとしたが、今のコルルの言葉にふと口が止まる。 


「ぼくの……ため?」 


 その言葉を復唱した瞬間、ネロの頭の中を、とある記憶が走馬灯のように駆け巡った。




――


その記憶で出てきたのは、この世界では見ることのない光景だった。

広々としたリビングにある、あまり見慣れていない材質の壁、部屋の中には見慣れないアイテムが沢山見える、

いや、正確に言えば忘れているだけ。


テレビ、ゲーム機、パソコン……少しずつ思い出し始める。ここはアムタリアではない世界だ。


そして玄関には外に出ようとする両親と、それを必死で繋ぎ止めようと手で引っ張る、小さな少年の姿があった。


「もう、健ちゃん、あんまりわがまま言わないで」

「そうだぞ健太、あまりパパとママを困らせるんじゃない」


 そう言って子供の手を引きはがそうとする両親、聞き覚えのある声と呼ばれた懐かしい名前にネロは思い出す。

 

――これは……俺?


 そう、これはネロがこの世界とは異なる世界で暮らしていた時の記憶、佐竹健太として生きていた時の記憶だ。


 あれから二度も転生を繰り返しほとんど忘れていた記憶、その中でもこれは幼少の頃という非常に記憶に残りにくい時の出来事だ。


「だって、今日は遊園地に連れてってくれるって言ったじゃん」

「しょうがないでしょう?パパもママも急に仕事が入ったんだから」

「また今度連れてってやるから、な?」


 そう言ってなだめる父親にも健太は引き下がらなかった。


「それこの前も言ってたもん!」


 そう言って涙ぐむ健太に両親は顔を見合わせ困り果てている。

 すると父親がしゃがみ込み、健太の目線まで顔を落とすと両肩を掴んで諭すように言ってきた


「いいかい健太?辛いかもしれないだろうがこれは健太のためでもあるんだよ?」

「僕の……ため?」

「そう、健太やパパやママが今のように暮らしていくには働かないといけないんだ、それが普通なんだ」

「それが……普通?」


 そういうと、父はそうだと言って大きく頷いた。


「でも、他の友達はパパ達に、いっぱい遊んでもらってるよ?」

 

 そう答えると、父親は黙り込み、自分を見つめていた眼差しを横目にそらして言った


「よ、よそはよそ、うちはうちだ。ともかく、家が普通に暮らしていく以上、働かないとダメなんだよ。健太、わかってくれ」


 そう言われると、ギュッと掴んでいた母親のスカートをそっと放し、出て行く両親の背中を見送った。

 そしてそれ以降も両親が遊びに連れて行ってくれることもなく、その数年後には、家にすら帰らなくなり始めた。


 だが健太はこれが普通なのだと思ってしまった。

 ……悪いのは普通の平凡な家庭に生まれてしまったこと、そう思ってしまったのだ。

この日の出来事が、健太の平凡嫌いが始まるきっかけとなった。




――……ハッ⁉


我に返ると健太……いや、ネロは少し頭を抑える


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「あ、ああ問題ない」


急に蘇った記憶に少し混乱するも、そう言って笑ってみせる。


――そうか、そう言うことだったのか

 

 ネロは記憶を思い出したことで先ほどの怒りの理由を理解する。

 ネロはレンジが指輪を探す事に集中して、放置気味にされているコルルの状況に、健太としての自分と重ね合わせていたのだ。


 あの時言い放った言葉は貴族も平民も関係ない、一人の人間としてネロが言った言葉だった。


「……ったく、何が普通だよ、糞親父どもめ……ただ家庭より仕事を優先してただけじゃねーか」

 

 息子のためと言っておきながら結局は自分自身のために働いていた両親達に怒りを感じるも

今さらどうしようもない過去にネロは唯々笑うしかなかった。


 そして今度は同じ境遇になりつつあるコルルを見る。

 自分はもう過ぎた話だが、まだこの子には十分やり直せる。


 ネロはベットから下りるとしゃがみ込んでコルルの目線まで頭を下げる、そして目線を合わせて真っすぐな目でコルルに問う。


「お前、お父さんともっと一緒にいたいよな?」

「え?」

「お父さんと一緒に遊んだりしたいよな?」


 ネロの問いにコルルは答えづらそうにしている。

 本音を言っていいものなのか?少し揺れながらもネロに見つめられるとコルルは小さく頷いた。


「……うん、レイジおじさんも優しいけど、やっぱりお父さんともっと一緒にいたい」


 その言葉を聞くとネロはコルルの頭にポンと手を置く。


「そうだよな、それこそが普通だよな。安心しろ、明日からはお前のお父さんと一緒に暮らせるようにしてやるからよ。」


 ネロはこの日生まれて初めて他人を思いやった、貴族とか平民とかは関係ない。

 この時だけは一人の人間として行動していた。

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