第29話 言葉の意味

 夕食も食べ終わり、ひと段落した後、二人はレイジの話を聞くため片付いたテーブルに座っていた。


 興味を持たずに寝室に行こうとしていたネロだったが、先程レイジがネロにも聞いて欲しそうにしていたことを察したエレナに説得され、渋々テーブルにつき待機している。


 三人分のコーヒーを淹れ、二人にそれぞれ渡すと、レイジもテーブルにつき、ゆっくりと過去を語り始めた。


「……俺達兄弟は、小さいころからずっとこの町で育ってきてね、よく鉱山の近くで遊んでいたんだ。そしてその中にはいつももう一人、一緒に遊んでいた奴がいた、それが俺達の幼馴染であり、あいつの妻のティナだ。」


レイジが話し始めるとエレナは両手を膝に乗せ、話を聞く態勢を取ると、真剣な表情でレイジの話に耳を傾けた。


「レンジは昔からあんなんだったから揉め事が多くてね、その度にティナが仲裁に入ってレンジをたしなめてさ、はたから見てもお似合いのいいコンビだったよ。」


思い出を噛み締めるかのようにしみじみと話すレイジ、エレナにはその表情が、少し楽しそうで、そして少し切なそうにも見えた。


「やがて大人になると、レンジは鉱山で手に入れた鉱石で指輪を作ると、それを婚約指輪としてティナに贈ってプロボースしたんだ。加工に何度も失敗して、作った時には不細工な形になっていたけど、ティナはそれを嬉しそうに受け取ったよ。」

「手作りの指輪かぁ……素敵な話ですねぇ。」


手作りのというのが乙女心をくすぐったのか、話を聞いていたエレナは目を輝かせてうっとりしている。


「結婚してからの二人は本当に幸せそうだったよ、レンジも落ち着いたのかだいぶ丸くなってね、そしてその数年後にコルルが生まれた、二人の生活はまさに順風満帆だった、あの一件が起こるまではね……」


 そう言うと楽しそうに話していたレイジの表情が暗く、声のトーンも沈んでいった。

 そして小さな間を空けた後、コップに入ったコーヒーを見つめながら呟くようにいった。


「……この鉱山でアルカナが見つかったんだ」


「アルカナ⁉」


 その言葉を聞いた瞬間、エレナが驚きのあまり立ち上がった。


 アルカナとは幻の鉱石と言われている最上級の鉱物で、別名武人殺しの鉱石とも呼ばれている。


 加工するにはそれなりの技術がいるが、その鉱石でアクセサリーを作れば打撃、斬撃といったあらゆる物理攻撃を半減、鎧や防具として身に纏えば物理攻撃を無効化できるほどの力があり、それは例えネロの攻撃でもダメージを受けないほどの力を持った鉱石だ。


 興奮したエレナがハッと我に返ると、少し恥ずかしげにしながら再び椅子に座る。

座ったのを確認するとレイジが話を続ける。


「まあ、見つかったって言っても小さなかけらのようなものさ、だが小さくてもアルカナはアルカナだ、その価値は莫大だった。しかし、当時この町の者達はそれをアルカナだと知らず、港にいた行商人がたまたま見つけた時は大騒ぎになったよ。」


再び話を聞き入っていたエレナだったが、ふとレイジの話に少し疑問を感じた。

 アルカナは世界的にもレアな鉱石だ、もしアルカナが見つかったのなら、もっと大騒ぎになるはずだ。

 しかしエレナが聞いたオルグスの情報にはそんな話は一つもなかった。

その答えは続きで語られた。


「オルグスの町がアルカナが見つかったと知られ始めたある日、そんな話を聞きつけたこの地を治める貴族、ゲルマがこの町にやってきたんだ。」


『ゲルマ』その名前を呼んだ瞬間レイジの目に怒りが宿り始める。


「今まで全く干渉してこなかったゲルマだったが、アルカナが取れる事を知ると、情報を流出を防ぐため町の出入りを封鎖し、この町を兵士で蹂躙させると、アルカナの発掘をさせるために労働者を奴隷のように働かせた、もちろん、精一杯抵抗はした、しかし所詮一般人が鍛え抜かれた兵士達に勝てるわけなく、レンジを含めた抵抗した労働者は全員弾圧され、拘束されてしまった。」


 冷静を装いながら語るレイジだったが、思い出した過去の光景に怒りを見せ、コーヒーを持つ手を震わせている。


「それから俺たちは拘束された奴らを盾にされ、寝る間も惜しんでひたすら働いた、

しかし、前に出たのが奇跡に等しいほどのアルカナがそう簡単に見つかるわけがなかった。どうしようが出てこないアルカナ、しかしアルカナは意外にも街中で見つかったんだ。」

「まさか、それって……」


 エレナが嫌な想像をする。

 その想像をエレナは口にはしなかったが、レイジはそれに対し頷き、肯定した。


「ああ、レンジがティナに渡した婚約指輪に使った鉱石こそ、アルカナだったんだ。」


 その言葉を聞いてエレナは今にも泣きそうな、悲しげな表情を浮かべる、レンジが貴族を嫌っていること、そして現在ティナがどうなっているかを考えると、その後が容易に想像できたからだ。


「凄いだろ?あいつ、加工が難しいと言われてるアルカナと知らずにティナに渡すために自分で指輪を作ったんだから、だがそれが仇となり、奴らからその指輪を狙われることになった。」


 レイジは悔しそうな表情を見せながらもそのまま話を続ける。


「ティナも素直に渡せばよかったのに、あいつは『指輪は誰にも渡さないし渡せない』ってといって頑なに拒み続けた、そしてコルルを俺に預けた後、まるで遺言のようにレンジに言伝を頼んで出て行った、たった一言『私たちの宝物を見失わないで』……と、そして次に会うときにはもう……」

「そんな……」


エレナの眼から少しずつ涙がこぼれ始める。


「レンジが彼女の死を知ったのは、拘束から解放された後、貴族達が見切りをつけて町から撤退してからだった、レンジはひたすら絶望した、しかしゲルマが指輪を手に入れてないという話をを知ると、レンジは彼女の残した言葉から指輪を隠したと考え、指輪の行方を捜した。」

「それで……その、指輪は……」


レイジは目を瞑り、首を横に振った。


「今でも見つかってない、レンジが町中を手当たり次第探したが見つからなくてな、町の住民が彼女が殺される間際に鉱山から出たところを見たと言う情報を頼りにあいつはずっと鉱山を探してるのさ。」


 話も終わりかけると、冷静さを取り戻し始めたレイジがいつもの様子に戻っていく。


「結局アルカナはそれっきりで、町も世間からの注目も無くなってしまったが、ゲルマのやつは未だに探させ頻繁に兵士を送ってくる。そしてレンジは今でもずっと指輪を探し続けてる。仕事に支障が出ないように、仕事が終わってから、夜遅くまで、広い鉱山の中を……」


 話が終るとしばらくの間重々しい空気とともに沈黙が訪れる。何か声をかけようと思い言葉を探すエレナだったが言葉は見つからず、ただ涙を流し続けていた。


 貴族が平民に対して酷い考えを持っていることは理解している。

 しかし、何でこれほどまでに酷いことができるのかと言うことには理解できなかった。

 そしてそんな状態が続いく中、その沈黙は突如破られた。


「……フン、馬鹿馬鹿しい」


 破ったのは意外にもこれまで一言も言葉を話さず興味を持ってないように思えた、ネロだった。


「流石は家畜だな、考えることが低能すぎる」

「ちょっとネロ!いくら何でも言い方……」

「事実だろ?子供を放っておいて、大切な人の死を招いた物を探し続ける、それが正しいと言えるのか?」

「……え?」


 そう言うとネロは立ち上がり、眠たそうに眼を擦っているコルルを見つめる、その眼は気のせいか、今まで見せた事のない優し気な目に見えた。

 そして一度目を閉じると今度は力強い目で、今度はレイジの方をまっすぐ見た。


「お前も分かってんだろ?この状況が良くない事くらい、ならなぜ何も言わない?何もできなかった罪悪感からか?それをわかっていながら何も言わないてめえもとことんクズだよ!」


 ネロがレイジにも向かって激しく罵倒する、先程のネロの言葉に呆けて、固まっていたエレナが我に返り、慌ててなだめるも、レイジは目を瞑りその罵倒を素直に受け入れた。


「貴族を嫌いたければ嫌えばいい、お前たちには貴族を嫌う権利がある、しかし今の現状と貴族は関係ねえ!指輪がそんなに大切か?たった一人の息子を放ってまで、探すことをその女が望んだのか?女の残した言葉を考えろ!指輪探しなんて、そんな事をも望んでいない!」

「⁉︎」


 興奮して話したことで少し息切れすると、ネロは立ち上がり、寝室の方へと歩き出した。


「ネロ、どこに?」

「つまらん話に付き合わされ興ざめだ。図鑑で鉱山のモンスターについて調べてくる。」


 そう言うとネロはその場を後にする、レイジはネロの後ろ姿を見送った。




――

「……驚いたな、まさか彼にあんな事を言われるとは」

「私も驚きました、すみません、ネロが失礼な事を。」

「いや、寧ろありがたかったよ、今まで誰も自分の行動をしっかり咎めてくれる人がいなかったからね、俺も今の状況がいいのか疑問に感じていたところだったんだ。それにあの言葉……」

 

 レイジは目を閉じ、先ほどのネロの言葉を思い出す。


「誰も望んでいない……か……」


 レイジはネロの言葉を理解すると、クククと自嘲的に笑って見せた。


「……バカだなぁ、俺もレンジも、今までこんな簡単なことに気づかなかったとは」


 レイジの笑い声に少しの涙声が混じる。

 自分たちの勘違いを先程の話で全てを理解し、気づかせてくれたネロにレイジは感謝した。


 そしてエレナは先ほどのネロの怒りに小さな変化を感じていた。

 今まで、ネロは自分に関わること以外に感情を露わにすることはなかった。

 それが自分とはなんの関わりもないレンジの話を聞いて、あれほど興奮を見せたネロに少し変化が起こったことに気づいた。


「少しはレンジの事を知って同情を誘おうと思って話したのだけど、逆にもっと嫌われてしまったな。」

「いえ、あんなに他人の話に感情的になったネロは初めてです。きっと二人の話に何か思うところがあったんだと思います。」

 

 変わり始めていることに気づくとエレナが自然と笑みを見せる。その変化はエレナがこの旅で期待していた事だったからだ。

 

「……君がこのモンスターの討伐を受けた理由が分かった気がするよ」

「ネロは優しいんです、関わりを深めれば放っておけなくなる、だから平民に関わろうとしないんです、自分の考える貴族を、貫くために、だから後は人を知り、きっかけさえ作っていけば、ネロはきっと変われます。」


 エレナの笑顔にかつてのティナを思い出すとレイジは小さく微笑んだ。


「……本当に二人はレンジとティナに似ているね。じゃあ今度は二人の話を聞かせてもらえるかな?」

「え?、わ、私と、ネ、ネロは、その、えと……」


 そう言われるとエレナは今までのしっかりした態度とは打って変わって、モジモジとし始める。

エレナがレイジに二人の関係を説明し終わるのは暫く後のことだった。

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