第16話 最強

戦いを率先してきたベルベットが、敗れたことで、勢いで騙し騙し戦っていた貴族たちのメッキが剥がれ始める。貴族たちは混乱に陥り、そこを反乱軍が一気に畳み掛け始めた。

 慌てるもの、武器を捨て、背中を晒し逃げ出すもの。その光景を見たオズワルトは敗北を悟る。


 戦場で逃げ出すのは撤退とは違う。撤退は負けではなく、勝ちにつなげるために退くことだ。

 しかし逃げ出すというのは、後先の事は考えず、ただ助かる事だけを考え退くこと。

 生きようとすることとしては、間違ってはいないかもしれないが、戦意はもう戻らないだろう。


 貴族たちが逃げ惑う中、オズワルトは静かに眼を閉じ、ボイスカードを手にすると、主君に戦いの敗北を伝えた。



――

「そうか……貴族側は敗れたか、なに、元々期待していなかった連中だ、その中でよく戦ってくれた、後は俺に任せるがいい。」


 カイルがカード越しから、相手に労いの言葉をかけると、今一度敵の方へと顔を向ける。


「どうやら向こうの戦いが終わったようだ、残念だが、貴様らとの戯れもここまでの様だ。」


 カイルが余裕の笑みを見せながらレオンを見る。

 ほんの少し前まで、カイルの視界を覆いつくすほどいた味方は今や、ロゼとトードを含めて、指で数えられるほどまで減っていた、しかも全員が満身創痍だ。

 だがそれでも一歩も退かずにレオンを筆頭に、皆がカイルに剣を向ける。


「正直こちらの方が早く終わると思っていた、俺相手にここまで粘るとは素直に称賛するよ。」


 カイルの見下した発言にレオンは言葉を返さない。

 レオンはカイルに称賛されたことに複雑な心境だった。


 カイルが平民を非道に扱う最悪な貴族なのは間違いない。しかし、それと同時に剣士としても最強なのも事実であった。


 王国最強と呼ばれる父でさえ、今のカイルには間違いなく勝てないだろう、今まで出会った誰よりも強く、自分よりも若い少年にレオンは悔しくもその実力を認めざるをえなかった。


 そして武人として生きてきたレオンにとって、強者から称賛されるのは素直に嬉しかった。

 だがそれは決して口に出来ない。

 レオンは無言で再び剣を構えるとトードに小さな声で話しかける。


「トード、まだ魔法は使えるか?」

「……後一発くらいなら」


 元々体力は低いながらも、何度も魔法を使い、魔力も体力も消費しながらも、自分のサポートをし続けてくれる親友にレオンは感謝しつつ、提案を持ち掛けた。


「そうか、ならばアレをやってみよう」

「アレを⁉でもまだ一度も成功したことないし……」

「だからこそ試したいん、どうせこのままやっても奴には勝てない、ならば自分たちができる最大の攻撃をするしかない。」


 レオンが真剣な目で見つめると、トードはしばらく考えた後、静かに頷いた。


「……オッケー、じゃあ、最後に最高の一撃をお見舞いするよ。」


 トードが詠唱し始めると、レオンも剣を前に出し、呪文を唱える。


「行くぞおおおおおお!」


 大声を出し、気合を入れカイルへと突っ込む、するとレオンの剣が赤色に光りだす。


「その光……また、魔法剣か」


 レオンの切り札ともいえる技『魔法剣』


五大剣術の一つで、五つの中では最も扱いやすく、いろんな剣士に、親しまれている剣術だ。

 魔法剣は自分の魔力を剣に注ぎ込む剣術、レオンはあまり魔力が高くないため、威力はさほど強くはない。カイルに何度も使っているが全て防がれている。


 だがこの魔法剣は今までのとは違っていた。火の魔法を注ぎ、赤く光る剣に、更にトードが雷の魔法を唱え、剣に魔法を上乗せしていた。

 本来一つの剣に二人の魔力を注ぐなど、そんな芸当はできない、レオンと、トードの息の合った二人だからできる技だ。


「二人ともこんな技を……なら私も、この渾身の一発に賭ける……」


 ロゼが全魔力を注ぎ込み巨大な火の玉を作り出す。

 それに生じて残りの味方も一緒になってカイルへと向かった。


「まだ、こんな技を残していたとは」


 別に出し惜しみしていたわけではないだろう。まだ未完成だから、使わなかっただけ、それを窮地に陥った場面で完成させた二人にカイルは素直に感心した。


「ならばこちらも全力で答えよう」


 カイルは剣を前に出し、気を注入する。

 

 ――奴も魔法剣……いや、あれはベルセイン流か⁉


 レオンの剣が完全に燃え上がり、剣の周りに電気がバチバチと音を鳴りたてるとその剣をカイルに向かって一気に振りぬいた。


「喰らえ、炎雷斬!」

「フレイムキャノン!」


 レオンとトードとロゼ、そして味方全員の渾身の一撃がカイルに振りかかろうとしていた。



「………天翔絶風!」


 技名を言うと同時にカイルが相手に剣を振りぬく。

 そしてその瞬間、相手の全ての攻撃はじき返すほどの強い衝撃と共に、辺りは大きな爆発に包まれた。






――

 爆風の煙が消えると辺りにはもう誰も立っている者はいない。

 カイルも内心驚いていた、前に使った時よりも威力が増している。この一年でカイルは更に力を付けたことを実感した。


「これが成長期というやつか。さて、後は残りの奴らを……ん?」


 中等部校舎に引き返そうとしたとき、後ろからした物音に思わず振り向く、そしてその瞬間、カイルはここまで見せていた余裕の表情が驚きに変わった。


 そこには、カイルが使える技の中で、最も強い天翔絶風を正面から受け、起き上がれないはずの男が立っていた。

 体中は火傷や傷が目立ち、顔は補強具が外れ肉が垂れている、それでも再び剣を持ち構えている。

 

 カイルは心底驚いている、あの攻撃を自分が受けていても立ち上がれるかわからない。なぜ自分より弱いもレオンが立ち上がっているのかカイルは理解できなかった。

 カイルはしまった剣を再び構えると、相手の出方を窺った。


 

 ……しかし、レオンはその後、動くこともなく、再び地面へと崩れていった

 カイルは倒れたレオンの下へと向かうと敗者を見下ろす。

 完全に意識を失っているが、剣は未だに固く握っている。


「……ゴキブリ並みの生命力だな、もう二度と立ち上がれないように徹底的に潰すか」


 カイルはレオンの前に刃を向けた。


――…………



「……まあ、いいか」


 カイルは剣を引くと、地面に落ちてあった家の家紋の入った、鞘を拾い上げた。


「家畜の血が付き、この戦いでボロボロになった鞘、もはやこれに何の価値があるのか」


――……


 そう呟いたカイルは、そのボロボロの鞘に、剣を納めると腰に装着し、その場を後にした。

 この時、なぜこのようなことをしたのかは、自分自身、『カイル・モールズ』では理解ができなかった。



――


高等部にある武道場。

そこでロイドは静かに目を瞑って、相手を待っていた。

 さっきまで聞こえていた喧騒はもう聞こえない、両方とも決着が着いたのであろう。

 平民たちが貴族を制圧したときは、こちらに連絡が着ていた、しかし今回はいくら待っても連絡はない、それが結果を伝えていた。


――結局、私は何もできなかった……


 ロイドは自分だけが残っていることを悔やんだ。

 この戦いはいわば戦争そのもの、指導者が倒れれば負けるという事もあり、後ろで待機していたが、それがロイドにとっては一番苦しかった。まだ一緒になって倒れた方がどれだけマシだったか。


――せめて一矢報いなければ


 ロイドは武器の弓を見て覚悟を決める、すると近くから足音が聞こえてきた。

 この学校で今、歩けるものは一人しかいない、

 ロイドは弓を構えて相手を待った。そして予想していた通りの相手が来る。


「……お久しぶりですね、元気そうで何よりです、兄さま。」

「私はお前が元気そうなのが、不思議なくらいだよ、カイル。」


 ロイドがカイルを見て、軽い感じで言うが、眼は全く笑っていない。平民たち全員と戦ったはずなのに傷一つついていないカイルに内心は震えを感じるほどであった。


「弓を収め、大人しく降参してください、もうそちらの負けは確実です。」

「そう言われて易々と収めれると思っているのか?」

「指導者としての意地というやつですか?抵抗したところで何も変わりませんよ。」


 カイルの言葉に弓を弾く力が一層強くなる、だがその瞬間、目の前にいたカイルが視界から消えた。


――な⁉


すぐさま探そうとするが、後ろからゾワリとした悪寒と共に突き付けられた剣が、ロイドに敗北を知らせた。


――……全く見えなかった、これほどまでに力が違うとは。


 ロイドは弓使いアーチャー、弓を使うものとして、他の者よりも眼に自信はあった。

 そのロイドが正面にいた相手を見失い、後ろに回り込まれた、ロイドにとってこれほどの屈辱はない。 この争いも、個人としても、ロイドの完全なる敗北だった。


「所詮無駄なあがきだったんですよ。どんなけ束になろうが弱ければ意味がない、この世界は力を持つ者こそが絶対、そういう世界ですよ。」


 カイルがまるで別世界から来たような物言いで言う、いや、別世界から来たという方がまだ納得いく、それくらいカイルの実力は飛びぬけている。


「……全てがお前の思い通りになるとでも?」

「なりますよ」


 ロイドの質問にカイルは間髪入れずに即答する。


「僕は最強です、僕の考えが絶対です、僕がこの世界の中心です、僕が物語の主人公なのです。弱者が理想を騙ろうがそれは夢物語に過ぎない。この戦いすら無駄だったんです。」


 次々と繰り出される自己中心的な言葉、力あるものが言うとここまで恐ろしく感じるものなのかとロイドは思った。

 自分が最強と堂々と言い張る姿には貫録すら感じる。事実カイルが最強と言い張っても誰も笑うことはないだろう。


「本当に無駄だったのか?」

「……どういう意味ですか?」


 ロイドの言葉にカイルが眉を顰め聞き返す。


「お前はこの戦いで、平民たちの戦う姿を見てきたはずだ、武人として、一人の人間として、そこに何も感じなかったのか?」


 ロイドの質問に今度は間が空く、その間にロイドはわずかの期待を寄せた。この戦いによってカイルの心境が変わっていることに。

 しばらく沈黙が続いた後、カイルがゆっくりと口を開いた。


「……何も感じなかったと言えば嘘のなりますね、僕自身少し認識を改める必要があると思いました。」

「なら――」

「ですが、平民が家畜という考えは変わりません、これは絶対なのです。僕が改めるのは貴族の方です。平民の価値はあげられませんが貴族の価値は下げることができます。」


 ロイドはカイルの言葉を理解できず、口詰まる。するとカイルが言葉の意味を説明をし始める。


「僕は前に言いましたよね?反乱が起こるのは平民が貴族より力があると思っているからだと、でもそれは違いました……、実際は本当に貴族には力がなかったんですから」


 カイルが淡々と語り始めたのをロイドは黙って聞いている。


「力も威厳もなく、口だけ達者な貴族ばかり、こんなやつらは貴族と呼べません、こんなやつらに平民たちが従う訳がなかったんです、ですから貴族と平民の間の階級『下貴族』という階級を作ろうと思います。」

「下貴族だと?」

「はい、実力、振る舞いともに貴族に値しない者にその名を与え、下貴族に属す者たちは位こそ貴族でありながら扱いとしては平民と同じく家畜にするのです。平民同様、貴族が通るときは頭を地につけさせ、食事は床で食べさせる。平民と違うのは、実力さえ身に付ければ貴族に上がれるという事です。」


 ロイドはカイルの説明を聞いて言葉を失う。

 確かにカイルの考えは一理あるのかもしれない。現にロイドも、無能だと感じる貴族はたくさんいるし、この制度なら貴族たちにも変化が起こるかもしれない。しかし、平民たちの立場を変えるのではなく、貴族たちを家畜のように扱う、ましてや、自分の学校生活のためだけにそこまでしようとする事にロイドは絶句した。


「現在、下貴族に値する貴族は大多数、どうですか?これならひれ伏す相手も少なくなり平民たちも満足いくのではないでしょうか?」

「これ以上……まだ家畜と呼ぶものを増やすというのか……」



――狂っている


ロイドが話を聞いて思ったことだった。


「もう一度言います、降参してください今なら歯向かった者たちへの処罰はなしにしましょう。」

「……断ると言ったら?」

「僕は兄様を傷つけるつもりはありません、ただ、僕は兄様が一番苦しむ方法を知っています……」


 ロイドはカイルの言葉に血が出るほどに唇を噛みしめた後、持っていた弓を地面へと落とした。

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