第5話 家畜

「ぼっちゃま、馬車の出立の準備が整いました。」


 グランの言葉に早々と朝食を終えると、出立の支度にとりかかる。


 今日は騎士団学校への入寮の日だ。

 入学式は明日だが、王都にある学校はカイルの家から、馬車を走らせて半日かかる。

 引っ越しの準備も含めて少し早めに出ているのだ。


 カイルは部屋から寮に持ち入れるものを選ぶと、馬車の中へと入る。

 腰には宝石と家の紋章が付いた、煌びやかな鞘の中に愛用の剣が収められてある。

 オリハルコンを用いて、一流の鍛冶職人に作らせた最高級の剣だ。


 学校内では基本使うのは模擬刀で、この剣を使用するのは、実習の時のみとなるが、反乱を起こされるような貴族ゆえに常に警戒は必要だった。

 馬車はカイルが乗ったのを確認すると学校のある王都へと走り出した。



――

 カイルは退屈そうに馬車の外を眺めている。見渡すの限りに広がる大地、ここはすべてモールズ家の領地になる。モールズが治める領地は重い税をかけられ、反乱が絶えず、野盗やモンスターも野放し状態ではあったが、公爵家があるこの地帯だけは比較的に安全が配慮されていた。


 だがそれがカイルにとっては不満でもあった。どれだけ強くなろうが戦う相手がいなければそれは宝の持ち腐れ、前世と同じになってしまう。

 カイルが貴族の学校へ行かず、わざわざ騎士団の学校に入ったのも、自分の力存分に奮うためでもあった。


――野盗でも襲ってこないかなー


 カイルは人っ子一人通らないこの景色を退屈そうに眺めていた。




――

 家を出発して数時間、カイルが学園に着く頃には、周りは今年入学するものたちで一杯になっていた。


 学校の校門に着くと、カイルは馬車から下り、手荷物をグランに持たせ学園内を見渡した。

 目の前には大きな噴水があり、その先には通うことになる学校がある。


 右側には中等部、左側には高等部の校舎が並んでいる。

 そしてその周りにいるのは、自分と同じくらいの歳の学生から、少し歳の離れた学生まで様々だ。

 そんな中、カイルが一番気になったのは彼らの服装だ。


 カイルの着ている学生服は、高級な生地を使用した、真っ白な学生服、それに対し周りの学生が着ているのは、ごくごく普通の生地の茶色の学生服だ。


 これは貴族と平民とで服装が分けられているのだが、カイルの周りにいるのはほとんどが茶色の服を着た学生たちだった。

 平民の学生たちの中に一人真っ白な学生服を着た、ましてや後ろに執事を連れているカイルは嫌でも学生たちの目についた。


「……臭いな、家畜の匂いがする。」


 カイルは学生を見ながら吐き捨てるようにつぶやいた。

 幼いころから貴族としての教育を受けてきたカイルは、平民を家畜と蔑んでいた。


「爺、俺はこんな家畜の中で六年も生活しなければならないのか?匂いがうつりそうで耐えられる自信がないぞ?」

「心中お察ししますぼっちゃま、ですがこれも立派な領主となるためと頑張ってくださいませ」


 周りを気にせず堂々と不満をぶちまける、家畜と呼ばれてるのが自分たちと気づくと周りの学生たちはカイルに対し冷たい目線を送り始める。


「ガキの癖に偉そうに……」

「これだから貴族は」


 カイルとは違い、陰口を言うような小さな声で不満を言う学生たち、耳には入っているがカイルは特に気にしてなどいなかった、平民の自分の評価など特に興味がなかったからだ。


「さっさと貴族の寮に行こう、ここにいると俺まで家畜になってしまいそうだ」


 そう言うとカイルは寮の見える方向へと足を進める、だが目の前に二人の男子学生が立ちはだかる。


「おい、お前!さっきから聞いてりゃ人を家畜呼ばわりしやがって!」

「ちょっとレオン!落ち着いて!」


 粗々と声を上げる赤いツンツン頭をしたレオンと呼ばれる男子と、それをなだめるローブを着たおかっぱ眼鏡の少年。

 二人ともネクタイの色から自分より二つ上の中等部三年生だとわかる。


「貴族か何だか知らねえが、ここにいるやつらはみんなお前と同じ生徒だ!さっきの言葉取り消せ!」


レオンの大きな声に段々周りの学生も集まり始めている、そしてカイルはレオンの言葉に不快感をあらわにした。


「お前らと同じ?お前こそ、その言葉を取り消せよ。平民の分際で頭も下げないとは、この学校は剣以外は何も教えていないのか?」

「なんだと……!」


 怒りをあらわにしたレオンが今にも殴りかかろうとするが眼鏡の少年がそれを必死に抑える。


「放せ、トード、お前は悔しくないのかよ!」

「だからまず落ち着いてって」


――平民が俺に殴りかかろうとしているだと?


 カイルの中に目の前の男に対して明確な殺意がわき始める。


「なあ爺?こいつ、ブッ殺しても構わないか?」

「はい、問題ないかと思われます、カイル様なら正当防衛ということで、厳重注意で済まされるでしょう。ですが、入学早々問題を起こせばモールズ家の名が汚れてしまうので、ここは寛大なところをお見せするのがよろしいかと」


 まるでごく普通の日常会話のように話す冷徹な会話、その執事とのやり取りにトードと呼ばれた少年が恐怖感に襲われ、思わず鳥肌を立てる。


「なるほど、それもそうだな。良かったなぁ家畜、俺は心が広いから、今ならその頭を地面に擦りつけることで許してやろう」

「……もう許さね!」


 怒りの沸点に達したレオンがトードを振りほどき腰に付けた模擬刀を構える。


「やれやれ……許す、許さないを決めるのは俺の方だというのに」


 カイルが呆れながら剣に手を付ける。

 レオンはカイルの準備が整ったのとみると、地面を強く蹴り、勢いをつけ、カイルに突進する。


「おお⁉あいつ、速いぞ⁉」


――遅い、遅すぎる。


 一般の生徒から見たらレオンのスピードはかなり速い、だが、カイルにとってはそのスピードは、初めて自分が剣を持った時程度の速さだった。


 カイルは鞘から剣を抜かずに鞘を付けたまま剣を構える。

 そして勢いよく突進してきたレオンの剣を軽くかわすと同時に、そのままカウンターで、レオンの顔、目がけて剣を振りぬいた。


メキメキ


 何かが砕ける鈍い音が聞こえるとともに、レオンはそのまま元いた場所からさらに遠くまで弾き飛ばされていった。


「……え?」


その光景を見ていたトードは何が起こったのかわからず、一瞬硬直するが、すぐさま我に返り、レオンの元へと駆け寄った。


「レ、レオン、しっかりしてよ!ねぇ⁉」


トードが必死に呼びかけるがレオンからの返事はない。

レオンの顔は、骨が粉々に砕かれ大きく腫れており、鼻からは大量の血が流血し、歯はほとんどが折れていた。

 戦いを見ていた学生たちが呆然とする中、カイルだけは平然としていた。


「あーあ、鞘に汚い家畜の血が付いちまった、これは新しく買いなおさないとな。」


 カイルが少し名残惜しそうに鞘を見た後、剣を抜いて血の付いた鞘を、倒れてピクリとも動かないレオンにぶつけるように放り投げた。


「な⁉」

「それ、もう使わないからやるよ、その程度の実力でたてついた度胸への褒美だ、お前らが必死に働いても買えるかどうかわからないほどの代物だ、精々大切に使ってくれよ」


そう言うとカイルは少しスッキリした顔で寮の方へと向かっていった。



――

 カイルが去ったのを見ると周りにいた学生たちがすぐさまレオンの元へ駆け寄り治癒魔法をかける。


「君、大丈夫か⁉」

「完全に顔の骨が砕けている……なんて力だ⁉早く手当てしないと」

「ていうか、こいつレオンだろ?中等部の剣士科のトップの」

「それを一撃で倒すなんて、なんなんだよあいつ……」


 皆がそれぞれの反応を見せる中、鞘を見た一人の男子が青ざめながらポツリとつぶやいた。


「この鞘についてる紋章……もしかして、あいつがモールズか?」


 その言葉にここにいる全員が時が止まったように固まってしまう。


 カイル・モールズ……その名前はこの国では知らない者はいない

 平民を家畜のように働かせ金を搾り取る悪徳貴族と名高いモールズ公爵の子供

 強いと聞いていたがここまで強いとは誰もが思っていなかった。


「これから僕たち、どうなるんだろう……」


 この出来事は平民たちを恐怖へと陥れた……

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