影を追うもの

第31話 コーヤ・ヨーキ守備隊

 大陸でもっとも古い国、コーヤには様々なものが集まる。

 多くの人が、元老院へ仕えるために陸路を。形式上は他国と同等の地位にあるとはいえ、コーヤは今でも大陸全体の模範となっているからだ。

 コーヤには特産品はない。大陸中のものがコーヤに集まるからだ。首都コーヤ・ヨーキはもちろん、周辺の都市ですら、大きな市場を持ち、夜中まで明かりをつけて商いが続いている。

 そして、情報が集まる。

 耳ざといコーヤ貴族たちにとっては、大陸中の状況を知ることがなによりも重要だ。彼らが興じる政治というゲームにおいては、情報が一日遅れれば、一年分の利益を手放すことに等しい。

 人が、ものが、情報が集まるこの国へ、竜騎士が向かったという。


「なんていうか、忙しい街だね」

 大通りを進む馬車をかわしながら、ロビンがつぶやく。御者は、警告の笛をひっきりなしに鳴らしていた。

 オレンジの瞳が、行きかう人々を眺める。いや、眺めることができるほどのんびりしている市民はあまり多くなかった。だいたいが、足早に歩き、あるいは声高に何かをまくし立てていた。市場の外でも、道端でいくつもの取引が行われているようだ。

 油で汚れた作業着に、機械製のアームを背負った姿は、都会にあってはいかにもみえる。ときおり、いぶかしげな視線を向けられるのを感じはしたが、できるだけ無視するように努めていた。


「夜になれば、もう少し落ち着きますよ」

 となりを歩くキャンディスも、にぎやかさ、というよりは騒がしさにあてられ、片耳を抑えている。褐色の肌に紫のケープ。メガネをかけた美女の姿は、ロビンよりはなじんでいるように思えた。

「キャンディスは、この街に来たことがあるのか?」

 そう言ったのは、ふたりの後ろを歩く男……ソールだ。長身に太い眉、腰にはやけに幅の広い鞘に刺した剣。帯剣しているのは街中でも珍しくはないが、その柄に真っ赤な機石が埋め込まれているのは、彼だけだ。


「ええ、以前に……付き添いで」

 ふっと、キャンディスの長いまつげが、メガネの奥で重なった。その脳裏にかつて訪れたときの光景が浮かんでいるのだろう。

 コーヤ・ヨーキの街は常に変わり続け、そしていつまでも変わらない。古い建物の合間を縫うように新しい建物が作られる。各国風の建築が並ぶ街並みは、結果としてコーヤでしか見られないものだ。だから、今も昔も、コーヤ風であることにかわりはない。


「で、どうするの? 竜騎士がこっちに向かったってことしかわかってないんでしょ」

 ロビンの目は、騒がしい街中をあてどもなくさまようのはイヤだ、と雄弁に語っている。それは、二人も同じだ。

「当てがないこともない」

 ソールが短く答えた。

「さっきからどんどん街の中心に向かってるけど」

「ええ、こっちにいらっしゃいますから」

 さらりと答えるキャンディス。ロビンの、いつもどこか不機嫌そうなオレンジの目がいっそう角度を吊り上げた。


「オレはわかってないんだけど、二人して納得したような顔しないでくれる?」

 唇を尖らせるロビン。キャンディスは困ったように眉をさげて、道の先を示した。

「あちらです」

 ……と、その手が示した先に、男が立っていた。

 濃い茶色の髪を長く伸ばし、幅広の帽子をかぶっている。黒革のロングコートは、明らかに刃を通さないように加工されている。

「……誰?」

 思わずつぶやくロビン。キャンディスがあわてて首をふった。


「い、いえ、あの方ではなく……」

 訂正の言葉を言い切る前に、男が一歩、大きく踏み出した。鋭い眼光が、三人を見据えている。あれだけ騒がしかった場が突然に静まり返っていた。

 もちろん、キャンディスが示したのは彼ではない。

 彼が、行く先に立ちはだかっていたのだ。


「私は、コーヤ・ヨーキ守備隊長、マシュー・ローアン」

 男が大きく胸を張って告げた。緑の瞳が、3人の顔を順に確かめる。

「キミがソールだな?」

「そうだ」

 行きかう人々の足が止まっていた。彼らと男……マシューとの間に誰もいない空間ができている。一歩前に進んだソールと、男の視線がまっすぐにぶつかった。


 一瞬の緊張の間。その間にも、ロビンは思考を巡らせていた。

(守備隊長だって?)

 コーヤ・ヨーキには大陸中から人が集まる。だから、もめごとも少なくない。

 当然、それに対処するために街を警邏する部隊があることには気づいていた。黒コートを着て、二人一組で街を歩き回っている。市民が恐れを含んだ視線を向けていたから、間違いなさそうだ。

 守備隊長、と名乗ったこの男は、ソールやキャンディスよりはいくらか年上だろう。それにしてもまだ若い。

家名ファミリーネームを名乗ったから、たぶん貴族だ。将来は元老院の一員、ってことか)

 ロビンの目つきが厳しさを増す。その気配を感じて、ぽんと細い肩に手が置かれた。

「ソールさんに任せましょう」

 ぽそり、と、キャンディスの声が耳元に届いた。ロビンは目をとじ、小さくうなずく。


「率直に言おう。キミたちには犯罪の容疑がかけられている。腰の剣を外し、守備隊詰所へ同行してもらおう」

 マシューと名乗った男が、淡々と告げた。

「同行するのはいいが、これを人に渡すことはできない」

「われわれに時間を取らせないでくれ」

 マシューがひもで肩にかけた武器を、流れるような動作で構えた。右手で柄をつかみ、左手で胴をささえている。


マスケットか」

 ざわめきがさらに広がる。行きかう市民が明らかにその武器を恐れ、身をかがめて距離を開けていた。

「抵抗しないでくれ。物事は美しく進めるべきだ」

 ソールの視線が、左右に振れる。マシューだけではない。通りに黒コートが集まり、肩にかけた銃を、彼らに向けて構えていた。


「念のため言っておくが、俺たちは犯罪に関わってなんかいない」

「それはこれから調べることだ」

「国外からの旅人を全員調べているわけじゃないだろ?」

があったんだ」

 ふたりの男の間に、ひりつくような緊張が走る。


 と、その時だ。

「失礼、警備隊長。よろしいかな?」

 どこか力のぬけた声。凍りついた市民の中から、がっしりした体格の男が進みだしてきた。着ている服には、重なった半円の紋章。カンドゥア王家の家紋だ。

 マシューはソールに向けて銃を構えたまま、小さく眉をしかめた。

「大使殿、失礼ながら、ただいま取り込み中です」

「いや、そのお取りこみの相手が問題なのです」


 男は向き直り、ソールらに向かって恭しく一礼した。

「カンドゥア大使、ロメオです。あなた方を我が大使館に客人として迎えたい」

「大図書館司書、キャンディスです。もちろん、お受けいたします。ですが……」

 礼を返すキャンディス。

 一方、

(なんだか状況が込み入ってきたぞ)

 ……と、ロビンは感じていた。


「大使館の客人には、コーヤの法は通用しません。彼らの身柄は、こちらで引き受けます」

 ロメオはカンドゥア国王によく似ていた。みじかくそろえた口髭の下で、唇はにこやかに笑みを浮かべている。しかし、力強い目もとは堂々と、警備隊長への挑戦を投げかけていた。

「大使殿、警備隊の仕事に口をはさむつもりですか?」

「とんでもない! ただ、互いの国の決め事を守っていただきたいだけです」


 ロビンはひどく居心地が悪く感じられて、身を小さくゆすった。いつの間にか、自分たちがまとめて政治のテーブルに乗せられていたからだ。

「……わかった」

 と、その面前でソールが腰の剣帯に手をかける。

「俺は彼らに同行する」

 銃を構えたままの警備隊を見まわし、そのまま剣帯を外す。赤い機石が、陽光を浴びてきらきらと輝いた。

「ただし、この剣は信用できる相手にしか預けられない」

 そして、ロビンの前に差し出した。


「お、オレ?」

「ほかにいない」

 聞きかえすロビンに、当然、というようにソールはうなずいた。

「……わかった」

 幅広の鞘を両手に抱える。ずしりとした重みが細い体にかかる。

「いいだろう。こっちへ」

 マシューが銃を肩に担ぎなおす。通りの黒コートたちも、構えた銃をすばやくおさめる。統制のとれた動作だ。


 ソールが掌を広げ、無抵抗を示しながら警備隊長のもとへ歩いていく。剣士の剣を持つ手が、実際以上に重く感じられた。

「ソール、無茶するなよ」

「俺が無茶するように見えるか?」

 見える、と答えそうになったが、話がこじれそうなので黙っておいた。

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