第8話 灼熱剣士
「ロビン、いるか?」
手狭な工場の入り口を開く。星明かりがわずかに差し込む内部は薄暗い……が、一目でわかった。
そこに、巨人機の姿はない。
もぬけの殻だ。
「……っ」
唇をかみ、その場で踵を返す。工場の外に飛び出そうとしたとき……
「ソール! こっちだ!」
高い位置から、明かりが工場の入り口に向けられた。
突然のまぶしさに手のひらで光を遮りながらも、目を細めて見上げる。
外壁だ。町の隅に作られた工場は、外壁まですぐの位置にある。
その壁の上に、小さな人影が見えた。
「なんだよ。焦った顔して。遅くなったから、オレが心配してると思ったのか?」
ようやく明かりに目が慣れてきた。こちらにランプを向けながら、じと、と半眼を向けるロビンの顔が見える。
ソールは思わず噴き出した。
「く。ははっ、そうだな。今行くよ!」
「……なんだよ、変なの」
不思議そうな表情を浮かべるロビンのもとへ、外壁に備えられた梯子を登っていく。
「って。それどころじゃない。これ、見てくれ!」
と、ロビンが示すのは、赤い宝石が柄にはめられた剣……すなわち、姿を変えたバーンだ。
その宝石が鈍い、ぎらついた光を放っている。
「さっきから、変なんだよ。よくわかんないけど、ざわついてるっていうか……」
音を立てているわけでも、震えているわけでもない。しかし手を触れると、何かを急かすような、そんな感覚が伝わってくる。
「それに、こっちのほうに行きたがってるみたいで……」
ロビンは不思議そうに、壁の外に視線を向ける。広がる原野には、何もない……いや。
どこかから、低い震動。
それは、ふたりが見つめる壁の外から、徐々に近づいてくる。
「……竜だ」
ソールがつぶやき、剣を取った。持つべきものの手の中で、バーンの機石が一層強く輝いた。
ロビンの細い喉が、こくりと音を立てた。緊張に息をのんだのだ。
やがて、木々をなぎ倒しながら、巨大な影が現れる。まるでそこにだけは月の光も届いていないかのように、真っ暗な巨体。
鉛巌竜プルブルドゥム。
「今度こそ、倒してくれよ」
「ああ。君の腕を信用してるよ」
そして、剣士は両手で剣を構え、そのまま壁から空中へ身を躍らせた。
巨大な竜に斬りかかろうとするように剣を振りあげながら、叫ぶ。
「行くぞ、バーン!
光の粒子が全身を包み、白い甲冑に包まれた巨人機の姿を織りなしていく。
赤いマントをはためかせ、肉厚の足で大地に降り立つ。
その衝撃に、壁に立ったロビンも浮き上がりかけ、思わずかがみこむ。
「今度は、壁を壊させるなよ!」
「わかってるさ!」
背後からの素直とは言えない声援に応えながら、ソールは肉体と魂を『繋いだ』巨人機を前傾させ、獣のように飛び出した。
「
右手に銀の刃が生み出され、勢いそのままに振りかぶる。
先手必勝。遠心力で加速した剣閃が、竜の硬い皮膚に突き立つ。
鉛巌竜はますます憎悪を瞳にたぎらせながら、分厚い顎を突き出し、ハンマーのように振り回した。
「
左手に現れる盾が、町の外壁さえ打ち崩す竜の一撃を受け止めた。衝撃で地面に足がめり込むものの、バーンの体勢は崩れない。
鋼の体が駆動し、竜が加えてくる力をいなす。
「はあっ!」
勢いそのまま、よろめく竜の体を横凪ぎに斬りつける。
鋭い刃が硬質な竜の鱗を貫き、側面に深い傷を刻み付けた。
「いいぞ、バーン! ソール!」
剣と盾を同時に構えた巨人機が、竜を相手に一歩も引いていない。それどころか、明らかに押している。
思わず、ロビンの顔がほころぶ。あんなに恐ろしく思えた竜なのに、きっと倒せると、そう思えたのだ。
■
「すごいな、これなら……勝てるぞ!」
巨人機の反応は早く、体は軽い。剣は鋭く、盾は堅い。機石から放たれる魔力が、全身に満ちているのを感じる。最初に戦った時とは大違いだ。
魂を繋いだバーンの喜びが伝わってくる。十全の力で戦うことができるのは、いつ以来だろうか。
しかし、敵はただの怪物ではない。万物の破壊者だ。すぐに巨人機が力を増したことに気づいたらしい。
ガチガチと顎を震わせながら、巨体が反転する。岩の塊のような尾が長く伸び、バーンの片足を打ちすえた。
「くっ……!」
体勢を崩す剣士の前で、竜の顎が開かれる。夜闇よりもさらに濃い暗闇から、熱く溶けた鉛が奔流となって吐き掛けられた。
「ぐ、あっ……!」
大量の鉛が、装甲の中に流れ込んでくる。それは夜の冷たい風にさらされ、すぐに固まっていく。
両腕を振るって払おうとしても、その腕さえ鉛に固められて動きが鈍る。
「く、そっ……!」
竜は憎しみを込めて鉛を浴びせ続ける。
巨人機は身動きを封じられ、もの言わぬ彫像に変わっていくのは、時間の問題だった。
■
「ああっ、くそっ!」
その戦いを壁際から見守っていたロビンも、思わず不安に駆られた。
昨日の戦いでは、竜の狙いは町だった。だから、バーンの抵抗にあって逃げ出したのだ。
でも、今は違う。竜は、明らかに巨人機を倒すために全力を注いでいた。
「なんとかしろよ、せっかく整備してやったのに!」
「ほう」
不意に、闇の中から声が聞こえた。
「うわっ!?」
その声は驚くほど近くから聞こえて、思わず飛び上がってしまった。
振り返ると、闇の中に溶け込みそうなほどに黒い鎧を着た男がいつの間にか……まったく気づかぬうちに、ロビンと並ぶように立っていた。
「あの巨人機を、お前が直したのか」
バケツを思わせるような兜の下で、低い男の声がつぶやいた。その視線は巨人機と竜の戦いではなく、隣の少女に向けられている。
「そ、そう……だけど。な、なんだよ、あんた」
大きい。ソールも長身だが、目の前の男はさらに背が高い。着込んだ鎧を差し引いても、ロビンより頭二つは高く見えた。
男は、ロビンの問いかけには答えない。代わりに、ロビンの首にかけられた歯車のペンダントに兜の奥の視線を投げかけていた。
「……そうか」
男の声は、返事というよりは、何かに納得したようだった。
異様だった。明らかに、旅に適した格好ではない。街中にいても目立つに決まっている。それなのに、突然この場に現れたようにしか思えない。
「いいことを教えてやろう」
男が、戦場と化した原野に目を向ける。鉛を全身に浴びた灼熱剣士が、ついに全身を銀色の金属に囚われているところだった。
「竜は恐怖と絶望を糧とする。故に、神々はその逆の力をもって巨人機を創った」
「は、はあ?」
「お前たちが竜を恐れるほど、奴らは力を増すということだ。見ろ」
鉄塊のような籠手に包まれた手が、竜を指す。思わず、その先を目で追いかける。
先ほどバーンに斬りつけられた傷が見えた。しかし、あろうことか、その傷はみるみるうちにふさがっていく。
いや、それだけではない。鉛を吐き出し続ける竜は、消耗するどころか、徐々に脚が太く膨らみ、体が大きくなっていく。力を増している!
「竜はこの世の理に縛られない。暴れるほどに力を増し、際限はない」
「それじゃ……」
「このままでは、巨人機の負けだ」
「そんな……」
「もし奴があの竜を倒したら、こう伝えてくれ。……」
「それ、どういう意味……」
言葉の意味を問おうとしたとき、そこにはもう黒い甲冑の姿は消えていた。音もなく、忽然と居なくなっている。
「お、オレ、夢でも見てたのかな……って、それどころじゃない!」
再び、振り返る。バーンは作りかけの石像のように鉛の塊に半ばまで埋もれていた。
「竜が恐れるほど強くなるなら……」
すでに巨人機は無力と判断したのだろう。プルブルドゥムの巨体が、ぐるりと反転して町のほうを向いた。
「巨人機は、その逆……」
落ちくぼんだ竜の瞳が、確かにロビンを視た。呼吸が乱れて、全身に汗が噴き出る。
今すぐに逃げ出したくなる恐怖を押し殺して、ロビンは叫んだ。
「ソール! バーン! 負けるなーっ!」
■
「昨日も、逃げろって言ったのに……」
バーンと一体化したソールは、重たく冷たい鉛に全身を、視界すらも覆われた中で、その叫びを聞いた。
彼らからすれば、ごく小さな、ともすれば風にかき消されてしまうようなその叫び。
「でも、お前を盗んで逃げはしなかった」
だが、そのわずかな声が、胸の機石にやけに響いた。
「彼女、俺たちを信じてくれたのかな。金なんか、払えないのに」
バーンの返事はない。だが、応えはわかり切っていた。
「ああ、そうだな。理由なんか関係ない」
胸の機石が熱くたぎる。
「やろう、お前のやるべきことを」
魔力がロビンの手による魔術回路を駆け巡っていく。
「俺のやりたいことを!」
■
「お前なんか、怖くないぞ!」
一歩ずつ、竜が近づいてくる。
黒光りする鉛の肌。地面に引きずりそうなほどに巨大なあご。この世のものとは思えない異様な造形。湧き上がる嫌悪感を必死に押さえながら、ロビンは叫んでいた。
「ソールとバーンが、お前なんか、すぐに……!」
脚がすくむ。数歩後ろに下がれば、壁から落っこちそうだ。いっそ、そのほうが楽になれるかもしれない。脳裏に浮かぶ思いを、首を振って打ち払う。
いつかの罰が、巡り巡って竜となって現れたのかもしれない……心の奥底で、そんな気持ちが沸きあがってくる。
「本当だぞ! ……なあ、何か言えよ、なあってば!」
その思いを必死に打ち払いながら、涙でにじむ視界を、鉛に覆われた巨人機に向け……
「あ、れ……」
バーンの胸が、赤く輝いている。そこを覆っていたはずの鉛が、なくなっていた。
「そんなに叫ばなくたって、聞こえてるよ」
全身を覆い固めていた鉛が再び液体に戻り、溶け落ちていく。全身から陽炎を放ちながら、巨人機が再び一歩を踏み出した。
堂々たる偉容に、竜がたじろぐように動きを止めていた。
「バカ! 心配させて!」
袖で目元をぬぐい、ロビンが安堵とも怒りともつかない声をあげた。
「君がバーンの力を取り戻してくれたおかげだ」
バーンに巡る魔力が、全身を鉛が溶けるほどに熱したのだ。無論、魔術回路の働きなくしては、こんなことはできない。
剣を振り、滴る鉛を払いながら、巨人機は再び竜に向き合う。
甲冑は竜の呪縛を払い、白く輝いていた。
「もう心配はいらない。次の一撃で……こいつを倒す」
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