沼のほとりで
@gourikihayatomo
第1話 冷たい女の別れ方
冷酷、卑劣な男がここに一人。
これまで何人もの女を誘惑しては弄び、挙句の果てはボロ雑巾のように捨てていた。
「由香ともそろそろ、おサラバだな」
ケンジはどんなにいい女とも半年と続かなかった。苦労して口説いても、一度モノにしてしまえば、それでその女の全てを知ったつもりになって興味が失せてしまうのだ。そうなるともう終わりである。子供のころから苦労知らずのわがまま一杯、およそ我慢というものを知らずに育ったケンジは無情に女を捨てる。
問題はその捨て方だ。
かつて強引に別れようとして逆上された女にネットで私生活を暴露されたケンジは恐ろしい方法でその女を始末したのだ。ところが、その別れ方がクールでカッコイイと気に入ったケンジは、その後、そこまでする必要もない女にもその、恐るべき別れ方を用いるようになったのである。
ケンジは口説き始めから女に自分の所有する山荘を散々自慢する。そして付き合っている最中もずっと自慢し続ける。しかし決してそこには連れては行かないのだ。そして、いよいよ別れる決心をした時初めて、その女を自分の山荘に招待するのである。女のほうは自分を愛してくれているからこそ、その特別な場所に招いてくれたと信じて喜ぶ。最後のひと時を過ごしたあと、ケンジは女を山荘の奥の森に誘う。
そこには、土地の者でもほとんど知らない小さな沼があったのだ。
今回もケンジは由香をこの沼のほとりに連れ出した。木々の間にひっそりとたたずむ小さな沼はガラスのように透き通って見る者を魅惑し、水面に誘う。しかし沼の中央には真冬のように冷たい水塊があって、そこに入ると筋肉は即座にこわばって痙攣を起こし、溺れてしまうのである。そこは、犠牲者は二度と浮かび上がってくることのない、底なしの沼だった。
ケンジはここで何度も女たちを始末してきたのである。
男の心変わりを知らない由香は沼のほとりに立つと着ていた服を脱いで水に入り、小さく震えながらも水底を蹴って泳ぎだした。そして、後ろを振り返りケンジを手招きした。自分を人魚になぞらえ、スリリングな水中遊戯を楽しもうというのだ。
ケンジは笑いながら自分も服を脱ぎ、後を追いかけるしぐさを見せる。
岸近くを優雅に泳いでいた由香はケンジが近づいてきたのでじらすように、逃げるように沼の中央に進んだ。しかし、最後の一線を越えたとき、氷の冷たさに触れ、瞬時に気を失い、そして石像のように沼の底に沈んでいった。
やった。
今回もいつものようにやっかいな女をクールな方法で始末できた。
ケンジはブルッと震えた。冷たい水に長く入り過ぎたようだ。急いで岸に上がり、用意していたタオルで身体を拭いた。そして、誰も来ぬうちに立ち去ろう、としたその瞬間。
沼の水が逆巻き、その中から老人が現れた。老人は腕に一人の女を抱えていた。
「これはお前が今、落とした女か」
ケンジは驚いて腰を抜かした。これまでこんな不思議なことはなかったのに。
這って逃げ出そうにも老人の視線がケンジをガッチリと捕らえていて、その場から一歩も動けなかった。ケンジはゆっくりと女の顔を見た。
その瞬間、ケンジはガタガタ震え始めた。
「違う、違う。俺とは関係ない」と否定した。
すると沼から現れた神は満面の笑みを浮かべ、言った。
「欲のないやつだなあ、ではこの女はどうだ」
沼の神は一度水中に沈むと別の女を抱えて水面から姿を現した。しかしケンジは首を振る。その繰り返しが四度続いたが、ケンジは全ての女との関係を否定し、とうとう最後に現れた由香の横顔にも首を振った。
「もうたくさんだ」
ケンジは顔を背けた。
しかし沼の神様はニコニコ笑いながら頷いて言った。
「お前は本当に欲のない男だのう。その褒美にこの女たちをみんなお前に授けよう」
「やめてくれ」
ケンジは必死で首を振った。しかし、神様はケンジの懇願を無視して彼の前に次々と女たちを横たえていった。それは皆、かつてケンジがこの沼に沈めた女たちだったのだ。
ケンジは真っ青になり、その場で気を失ってしまった。
意識を取り戻したとき、周囲を女たちがぐるりと取り囲み、黙ってケンジを見下ろしていた。
「お前たちは……」
ケンジは逃げ出そうとしたが、たちまち手足を押さえつけられ、動けなくなった。
彼女たちの手は沼の水よりさらに冷たかったのだ。
短い悲鳴。
ドボンという水音。
そして静寂。
しばらくして神様が男を抱えて浮かび上がってきたが、そこには誰もいなかった。
仕方なく神様は首を振り、ケンジを抱えて沼の底に戻っていった。
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