大工事

@gourikihayatomo

第1話

これは時間との戦いである。

もし今、彼らに見つかれば、我々はお終いだ。


全てはこの恐るべき隣人の存在を知った時に始まった。

我々は最初、隣人の発見に狂喜した。この広く、孤独な世界の中でついに友人にめぐり合えた、と思ったからだ。

しかし、慎重な我々はまず彼らを観察することにした。相手に気付かれないように注意しながら。彼らが友人として、隣人としてふさわしいかどうか、確信が持てなかったからだ。その時点では我々の科学技術のほうが進んでいたが、だから安心だ、とはいえない。ひとたび交流が始まれば、一気に科学レベルはならんでしまう、これは過去の事例から考えても間違いないからだ。

我々は密かにスパイを送り込み情報収集を行なったが、その結果は最悪だった。彼らは我々とまるで違う精神構造、すなわち極めて好戦的で排他的な性質を持っていたのである。

密偵たちは隣人たちが随所に示す恐るべき行動を目の当たりにして、長くは耐えられなかった。彼らの中にいると、その凶暴さのゆえに生ずる悲惨な出来事、他の生物に対する容赦ない迫害や彼ら同士の殺し合いに直面せざるをえず、やがて精神に変調を来たすのであった。

もし我々の存在が隣人に知られれば、間違いなく彼らは我われを征服するために大挙してやってくるだろう。その怒涛の侵略熱の前にはいかなる距離も防波堤として万全ではない。そうなれば平和を至上のものとし、あらゆる戦いを放棄してきた我々に勝ち目はなかった。

スパイたちからの報告は、常にこのような言葉で締めくくられていた。

「彼らに我々の存在を知られてはなりません。絶対に、絶対に知られてはなりません」


実際、かつて一度、我々の存在を発見される危機の瀬戸際に立たされたのだ。

隣人の科学文明が徐々に進歩して、ついに我々の施設を発見したのである。そしてこの施設に興味を持ち、これらを探査する計画が持ち上がった。

しかし、我々も素早く行動した。

大土木工事が行われ、我々の痕跡を消すことに成功したのだ。彼らの探査熱は冷め、仲間同士の殺し合いを再開させた。我われは危ういところで間に合ったのである。


時は流れ、彼らはますますその科学力を向上させた。戦争という悲しい手段によって。そして、再び彼らは我々の土地に興味を示し始めたのだ。何の魅力もない(ように見せかけている)大地に何故、興味を示すのだ!ほっておいてくれればいのに。


かつて地球人が望遠鏡を手にして我々の星を調べ始めた時、我々の情報員は恐怖のあまりその多くが正気を失った。しかし、かろうじてそのショックに耐えたスパイが火星に危機を伝えることができたのだ。

我々は直ちに地球人の興味を引いた施設を隠す工事に着手し、それに成功した。

今日地球では、かつて望遠鏡で見つけた我々の灌漑施設を、初期の望遠鏡の低い性能ゆえの見誤りと考えている。


しかし今また、地球では我々の星に対する興味が高まっている。次々と探査機がこの星にやってくるようになった。いくつかは事故を装って撃ち落したが彼らは諦める様子はない。

一体どうすればこの凶暴な隣人たちの探索を逃れ、平和な我々の火星を守ることが出来るのだろうか。


我々は工事を再開するしかなかった。

彼らがこの星に意味あるものを見出す前に、さらに完璧な隠ぺい工作を行なうしかない。

それにしても何という大工事だろう。このような危機的状況にあってなお、我々の祖父母たちの努力には感嘆の念を禁じ得ない。火星中に張り巡らせた運河全てに屋根をかけ、隣りの惑星、地球から覆い隠すとは。


満々と水をたたえた地下運河のほとりにたたずみ、巨大な頭を5本の手で抱え、火星人たちは立ち尽くしていた。


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