身代わり

@gourikihayatomo

第1話

ドアを蹴飛ばすようにして入ってきた二人の男は、一目でその筋のものとわかる態度で博士を睨みつけた。後ろの目つきの鋭い老人がボス、老人をガードするように、先に立っている40才過ぎの怖そうな男はその右腕というところだろう。

「あんたがF博士だな」

老人の声には素人を思わずすくませる鋭さがあったが、博士は既にこの予約なしの来訪者について警備と情報収集の契約をしている探偵社より警告を受けていたので、慌てはしなかった。

「そうです。あなた方は一体?」

「わしの名前は知らない方が無難だろう。早速だが、わしはあんたが人間のクローンを造っていると聞いてやって来た」

強面の客の訪問は毎度のことであり、この男も研究所でやっているスペシャル処置について耳にしてやってきたらしい。それなら問題ない。

「私の仕事についてご存じのようですね。でもこれは超極秘事項なんですが。どちらからお聞きに……」

「ごちゃごちゃ言うな。親分が話を聞きたいと仰っているんだ」

子分の方が声を荒らげて正体をバラした。

「なるほど。では余計なことは聞きますまい。但し、あなたには席を外して貰います」

平然とした応対に、子分は今にも博士に殴り掛からんばかりになったが、親分が顎を小さくしゃくると、博士を睨み付けながら、渋々部屋の外へ出ていった。

老人は低いが、どすのきいた声で尋ねた。

「ここでやっているのはわしが耳にした通りのことなのかな。つまり年老いたり不治の病に冒された人間を元どおりにするために、クローン人間を造っていると言うことだが」

F博士はあっさり、それを認めて答えた。

「その通りです。今も時々、絶滅危惧種の動物のクローンを造ったというようなニュースがマスコミを賑わしますが、既に家畜や植物のクローンを造るのは現実の技術です。しかし私のクローン技術はそれらをはるかに超越した、人間の複製を造る技術なのです。しかも僅か2週間で、お望みの年齢のクローンが。なおかつ、本人がその生涯で獲得した記憶についても増殖させた細胞の中で覚醒させることが出来るので、そのクローンは本人と同じ記憶を持ちます。つまり本人が若返ったのと全く同じなのです」

F博士は胸を張って自分の発明について説明した。この秘密を既にどこからか聞きつけて、ここを訪れた人間には隠す必要はなかった。

「何故、そんな大発明を公表しないのだ。ノーベル賞は間違いなかろう」

博士は来訪者の世間知らずをたしなめるかのように、首を振りながら言った。

「賞よりもお金ですよ。名誉なんて腹の足しにはなりませんから。既に各国で人間のクローン製造については規制の動きが出ています。この技術を公表した途端に大騒ぎになって、私の儲けはオジャンです。」

「確かにクローンが造れるという証拠は?」

「現時点では、この私の言葉だけです。但し2週間後にはハッキリ証明できます。報酬は現物を確認してからとしていますので、自分で納得してから支払って下されば結構です」

二人にはそれ以上無駄なやり取りは必要なかった。老人は了解し、博士は彼の腕から培養のもとになる細胞を採取した。

男たちが引き揚げた後、博士は探偵社に電話をかけた。

「今出ていった男たちについて、いつものように調べて欲しい」

翌日、調査結果が届いた。やはり想像した通り、ある組のボスだった。縄張りをめぐって対立する組との抗争が激化しており、同時に持病も悪化しているらしい。従って落ち着いた態度とは裏腹に、老人は焦っているはずだった。

博士は既に培養器の中で増殖を開始した、男の細胞を眺めながらニヤリとした。


約束通りの日時に老人はやって来た。

博士は早速、この2週間の成果を男に見せた。博士が最も残酷な喜びを感じる瞬間だ。老人は培養器の中のクローンの姿を見て、声もでない様子だった。

「信じられない。正しくこれは俺だ。でも、どうやって……」

「どうです。信用して貰えましたかな。これは20歳の貴方の身体です。お好みであればもっと歳をとらすことも出来ますよ」

しかし、男は自分の身体に見とれて、博士の話を聞いていなかった。

「素晴らしい。触ってもかまわないか」

そう言いながら、男は既に自分のクローンの身体を撫でていた。シミ一つなく、柔らかで弾力に富む肌、その下で力強く脈打つ心臓と血管、今にも開かれんとする瞼、真っ黒な髪、どれ一つ取っても人を魅了してやまない、青春の若さと輝きがそこにはあった。

客がいろいろ文句を付けたり、不安を訴えるのもクローンの実物を見るまでだ。一度、自分の美しいクローンを見てしまうと心はそれに奪われてしまう。かつて、自分のものであった若く、力強く、美しい、汚れなき肉体をもう一度手にいれられると思った瞬間、全ての冷静な考えは消失してしまう。どんな人間でも例外なしだ。彼らはこのチャンスを絶対に逃したくないと渇望するようになる。

それが博士の付け目であった。その状況では誰もがリスクを考えることなく、飛びついて来る。自分の新しい身体に手を触れ、温かい血液の流れを感じた途端、1秒でも早くその肉体に戻りたいと願う。

その時、彼らにとって博士は絶対の神と等しい存在になるのだ。

あとは全て博士の言うがまま、だった。

「家族に連絡して当分帰れない、外国に行くとでも伝えて下さい。貴方には目覚めたら、リハビリが必要なのです。つまり新しい、若い身体に慣れる為の」

老人はいそいそと博士の指示に従った。

「さあ、あとはここに横になって下さい。自己意識表層部の、まだ細胞に記録されない短期領域の記憶を移し換えるだけです。何も心配はいりません。聞こえてくる指示に従って下さい」

 ここで老人はお決まりの質問をする。

「記憶を移し換えられた後の古い身体はどうするんだ」

「処分します。さもないと貴方が二人になってしまいます。そうなると、古い身体に残った方にとっては、状況は何も変わらないことになるんですよ。古い身体を処分して初めて、貴方は新しい身体の中の貴方として生まれ変わることができるのです」

博士は自信満々に説明した。不安そうに唾を飲み込んだ男は隣に横たわる自分の新しい身体を見て意を決したように頷いた。

「始めてくれ」


「親分をどこにやった。どっか遠くから手紙と端金が届いたが、それも一度きりであとは音沙汰なしだ。指示を仰ごうにも居場所が分からず、組はもうバラバラの状態だ。てめえが何かやったに違いない!」

電話で甲高く怒鳴って来たのは、あの右腕だった。外国でリハビリしていると言う博士の説明には納得しそうもなかった。

予想通り、直ぐに子分は博士の研究所にやってきた。そしていきなり実験室に押し入ると、椅子に座っていた博士に問答無用とばかり、銃弾を浴びせた。

「親父さんの仇をとってやったぜ。てめえがおかしなことをしたに違いない。それにしてもどう言いくるめたか知らないが、親父さんもやきが廻ったもんだ。でもこれで俺にチャンスが廻ってきたんだから、お前には礼を言わないといけないかな」

そうつぶやいて子分は、床に倒れたまま血を流し続ける博士を蹴飛ばし、じっと見つめて死んだことを確認してから逃げ去った。


しばらくして、隣の隠し部屋から現れたのは、死んだ筈のF博士だった。

博士は自分の死体を片づけながら肩を竦めた。何度やっても、血を流した自分の身体を見るのは気味の悪いものだ。

確かに子分が感づいた通り、もうあの親分はこの世にはいない。あの日、ベッドに無防備に横になったまま、ジ・エンドだ。

F博士のために公平に言えば、今回も博士は最善を尽くした。前回までの欠点と思われるところをいくつか改善して処置に臨んだが、今回もクローンは目覚めなかった。

どこに欠陥があるのか、未だに分からない。博士の造るクローンは、全て姿はそのまま、皮膚、筋肉、骨などの組織は完璧で、呼吸も鼓動も正常だ。しかし決して目覚めることはなかったのである。

「結局のところ、あいつらのような悪党は消えるほうが世の中のためだ」

博士は自分にいつも、そう言い聞かせていた。

当面、子分たちをごまかすに足りる情報は男から聞き出して伝えたし、手に入れた秘密口座にあった金も半分は親分の名前で組に送っていた。普通はそれで満足して、殴り込んでくることはめったにないのだが。

やつは当分、自分の縄張りの維持に必死にならざるを得ない。博士を自分の手で始末したと確信している限り、二度とこちらを悩ますことはないだろう。

いずれにしてもまさかの時の用心に怠りはなかったし、有効に働いたのだ。

今回の処置でしばらく研究を続ける資金は手に入れた。また、研究所を引っ越さないといけないが、研究を続ければいつの日か、完璧なクローンを完成させることが出来るだろう。

その時まではこの決して起き上がることのないクローンには、『身代わりの死体』にするくらいしか、使い道はなかった。

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