第391話石仏の話(21)供養

何か不幸があると

「供養の足りなかった先祖のせいだ」

と、説明する住職がいるそうだ。


ただ、そんな説明を住職にされた檀家は驚いてしまい、そのお寺にお布施を増やしたり、要するに付け届けをするらしい。

となると、檀家の不幸は、お寺の「飯の種」になるということになる。


檀家の不幸で、肥え太るお寺とは、そもそも仏法の「利他」の精神から大きく外れているとしか言いようがない。

それに、そもそも、自分が先祖であるならば、子孫に祟ろうなどと思うだろうか。


本当の供養は、先祖も生きたこの世界をより良く守り、先祖への思いを忘れないことではないだろうか。

強欲な寺に貢いだところで、先祖は何も喜ばない。


新しい花をたむけられた素朴な石仏を見て、そんなことを考えた。


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