#2 出会い&ユモミ
<草津ヘブン~ ベストプレイス~ カムワンス~>
ミカは、旧世代の温泉マークを高々と掲げた草津ステーションから出る。宣伝ドローンからは艶めかしい女性の歌声が聞こえてくる。観光客に交じって、編み笠に刀を差したクニサダ・コスの青年や、赤白青のカラフルな布で着飾ったガート祭ゴスの少女などが宣伝や客引きなどをしている。高崎セントラルとはまた違った、観光地ならではの光景だ。
熱狂歓楽街・草津ヘブン……旧世代の温泉街が変貌を遂げた、様々な欲望や快楽が集まる世界でも有数の歓楽街だ。正確には、ミカが降り立った上流階級向けの中心区と治安もよくない周辺地区の二種類に分けられる。
「こっちか」
目的地は山頂にある温泉宿だ。きらびやかな歓楽街の中、両側に何軒もの店が立ち並ぶ大通りを抜けて山頂へ向かう。
【シークレット・お宝・ハウスはこちら】【足腰が立たない】【甘くない】
硫黄のにおいが立ち込め、ネオン看板が地面から立ち上る湯気を極彩色に染め上げる。一見すると活気に満ち溢れた繁華街……しかし
<草津ヘブン~ ベストプレイス~ カムワンス~>
巨大なモニターに人だかり……モニターには巨大な浴槽の側に、木の板を持ち、セクシー着物を来た女性が何百人も立つ映像が映し出されている。
<アモングザ~ ホットウォータ~ ブルーム~>
女性たちは音楽に合わせて木の板で浴槽のお湯をかき回し始める。時折、女たちの顔が大きく映し出される。一様に不自然な笑顔だ。
ユモミ奴隷
それが彼女たちの仕事である。かつては湯を混ぜることで温度を調整するなどの意味もあった。しかし、今ではただ雰囲気を作るための完全なショーである。アンドロイドは基本的には使われない。
人の温かさ
この機械文明が発達した世界でも、いまだに「生身の人間がかかわる」と言うのが重視されている……いや、機械文明だからこそ、人は「生身の人間」を求めるのだろうか?
「さあさあ! 草津ヘブン名物のスパ卵にスパ饅頭だ! 出来立てだよ! 本物の温泉の蒸気で蒸しあげた一級品だ!」
セクシー着物を着たポールダンサーのまで男が声を張り上げる。どの店も観光客の気を引こうと必死だ。ミカは試しに饅頭と卵を買って食べてみる。
「お、こいつはいけるじゃん」
かなり値段は張るがコンニャク・フードにはない豊かな味わいと食感。饅頭のアンコは甘すぎず、皮に対しての分量も絶妙であり、バランスのとれた味わいだ。
「やっぱ、でかいな、おい!」
テンションが上がり、思わず言葉が口に出る。こちらは手のひら大もある大きな卵、バイオチキンの卵である。バイオでもまるまる一個を使っているのは相当、贅沢だ。殻をむくと塩をふりかけかぶりつく。味は普通のゆで卵だが硫黄の香りに包まれながら食べる味は格別である。もちろん、コンニャク・フードとは比べようもない。
「うーん……折角だ。時間もあるし、もう少しぶらぶらしていくか!」
ミカは、それから街を十分に満喫し、目的の温泉宿へと向かった。
————————————
「はぁ~……すげぇ~……」
ミカは思わずため息をつく。風来館……歴史も伝統もある、荘厳な木造の巨大な旅館である。例のレジェンド・オイラン遺伝子の少年と合流する場所だ。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
旅館の女将が出迎えられて、下手をすれば一生とまることのないような部屋に案内される。青々とした畳、清潔な布団、塵一つない完璧に行き届いた掃除……まさしく天国である。シャワーを浴び、浴衣姿でくつろいでいると来客。
「どうも、今回はありがとうございます」
大柄なスーツの中年男性が挨拶にやってくる。雷神インダストリーのサラリーマンである。時間的に少し早いが、護衛対象を引き渡したいのだという。本来ならば明日の朝の予定だ。時間の変更は依頼の成否を分ける可能性がある。しかし、断ろうと思ったが、夕食のグレードアップと言う魅力的な提案には逆らえなかった。
「彼が、アヤナ・ナツミくんです。よろしくお願いします」
少年が部屋に入ってくる。
「え?」ミカは息をのむ。
浴衣を着た十代半ばの少年。黒髪のショートカットに中世的な顔立ち。吸い込まれるよう大きく黒い瞳。そして、陶器のような真っ白な肌。身長は160センチほどで、筋肉もそれなり付いているのが見て取れる……まるで物語の世界から現れたような美少年だ。レジェンド・オイラン遺伝子保有者は美形になる傾向がある。ミカも様々な男性やレジェンド・オイラン遺伝子を持つ男性を見たことがあるが、彼は別格だ。
「アヤナ・ナツミです。よろしくお願いします」
透き通った非常に心地いい声。
「は? え? ああ、タチバナ・ミカだ。よろしくな」
ミカは平静を装う。中年サラリーマンは受け渡しが終わると、そそくさと出て行ってしまった。二人はとりあえず座る。
「……」「……」
互いに無言……普段のミカなら軽口の一つも叩くところだが、まるで借りてきた猫のようにおとなしい。
「あの……」「はい?」
ナツミの声に間抜けな返事をしてしまう。
「食事にしませんか?」
「え? ああ、そうだな! 飯はたべないとな!」
「では、フロントに電話しますね。何か食べられないものとかありますか?」
「いや、特には……」
「わかりました」
電話をしてすぐに食事が運ばれてくる。合成ではない、ナチュラルな食材を使った豪華な食事。ナツミの動きは一つ一つが優雅で上品で、ミカは昔に見た映画の貴族を思い出す。食事が終わると明日に備えて早めに就寝する。当然、布団は別々だ。
「スゥー……スゥー……」
ナツミの寝息が聞こえる。
「生娘じゃあるまいし、何やってんだか」
ミカはなかなか寝付けずにつぶやく。夕食の味さえぼんやりとしているほどまずい状態だと本人も理解している。いわゆる、「一目ぼれ」と言うやつだ。彼女は今までも何人かの他人と付き合った経験はある。だが、今回のような気持になったのは初めてだ。
「まずいな……」
護衛ミッションで何が一番危険か? 裏切りや、ミスなどいろいろあるが、一番問題なのは「対象に感情移入する」ことだ。彼女にも経験があるし、痛い目にあったことも多い。
「スゥー……ハァー……」
彼女は深呼吸を始める。彼女なりの精神統一法だ。しばらく深呼吸を続けると気分が落ち着く。
「スゥー……スゥー……」
そのまま彼女は深い眠りについた。
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