ネオ・群馬 オーバードーズ

鶏ニンジャ

第一部 鶴が舞う地にて

ボーイ・ミーツ・レディ

#1 依頼&コンニャク

「おい! このベイクド饅頭はアンコが入ってるじゃねぇか! どういうことだ!」


「にわかが! アンコが入ったベイクド饅頭もあるんだ! おとといきやがれ!」


 食べ物だか何だかわからないにおいが立ち込め、ラジオからはノイズ交じりのおかしな歌が流れる薄汚い屋台の中。カウンター越しにガイジンと店主が言い争っている。


「なんだ! この(ピィー)で(ピィー)の(ピィー)野郎が!」


「うるせぇクソガイジンが! なに言ってるかわからねぇよ!」


 ガイジンの罵倒は翻訳機のフィルタリング機能によって阻害される。間抜けな光景だ。


 一方、ストリートではテクノ・八木節が流れてくる。八木・ダンスバトルに若者たち興じているのだ。


「さあさあ、エンプティ風とデビル押し出しの一騎打ちだ! ガンガン盛り上がっていこうぜ!」


 携帯DJブースを持ったトリプルモヒカン学生パンクスの男が煽り、聴衆は熱狂する。通行人は迷惑そうに、しかし、目を合わせないように通り過ぎていく。


 ここは鶴翔都市・ネオ群馬。


 戦争と温暖化によって世界中の海面が上昇し、海に接していなかったわずかな県と広大な北海道の内陸部に人と企業が集まった。政府はネオ埼玉に置かれているが、その支配は形骸化し、各県が大企業と組み独自の政治を行っている。


 そしてこの町は。汚染された大気と陰謀に支配された……ネオ群馬の政治や商業の中心地であり、そのすべての企業の本社が集まっている街である。


「へい! らっしゃい! なんにしやしょう!」


 別の若い店員が新しく店に入ってきた女に挨拶する。


「ウドン1つ。それと、ベイクド饅頭のアン抜きで」


 女性は騒ぐガイジンを無視し、隣に座る。


 身長は2メートル近いモデルのような美人。左袖が破られた奇抜なコート、タンクトップに抑えられているがバストが豊満なのは一目でわかる。


 しかし、その顔とは対照的に、顔などにはいくつもの傷跡。油断ならない空気を漂わせている。


「(ピー)が! ぶっ殺してやる!」


 先ほどのガイジンが大型リボルバーを抜き店主に向ける。だが、次の瞬間


「飯くらい静かに食わせろ……」


 リボルバーを掴む機械の左腕……先ほどの女だ。そう、女のアームがリボルバーのシリンダーを掴んでいる!


「は、放しやがれ! この(ぴー)!」


 そのまま力を込めて銃を握りつぶす!


 ガイジンは目を丸くし、無様に地面に尻もちをつく!


「助けてくれ!なんでもする!」


 女は左腕一本でガイジンを吊るしあげる。


「じゃあ、二度とこの店によるんじゃねぇぞ」


 女は外人を店の外に投げ捨てる。男は無様に転びながらネオンの中に逃げて行った。


「わりぃな、おやじ。騒がせちまったか?」


「いやいや、ミカさん、助かりましたよ!」


 彼女はタチバナ・ミカ。職業は探偵……を名乗ってはいるが、その実態は何でも屋だ。探し人から、荒事まで何でもこなす。


「へい、お待ち!」若い店員は騒ぎを無視し料理を持ってくる。


「このポンコツが! ご主人様の危機にのん気に料理なんてしやがって!」


 店主が手にしたおたまで若い店員の頭を殴る。


「へい! らっしゃい! なんにしやしょう!」金属同士がぶつかる音がするが、若い店員は何事もなかったかのように接客を再開する。


「やっぱり、接客機能だけじゃなくて戦闘機能付きのアンドロイドにすべきかねぇ。本当なら人間を雇いたいんだが……」


「止めとけ止めとけ。暴走したら店がめちゃくちゃになるだけだぜ」


 ミカは割り箸を割ると、うどんをすくう。半透明の白い麺……ケミカル調味料をふん

 だんに使ったスープの臭いは食欲をそそる。


 ズルズル……ズズズ……


 スープが麺に絡まないので麺を食べながらスープを飲み口の中で混ぜ合わせる。スープが、麺に絡まないのも当然だ。原材料は万能の加工食材


 


 なのだ。


 ネオ群馬の庶民の口に入る食材はほとんどがコンニャクに味と栄養素を混ぜた形成食品なのである。


 ミカは串に刺さったベイクド饅頭をつかむと豪快に食べる。甘辛いケミカル醤油と砂糖の香りが口の中に広がる。ただし、食感はぐにゃぐにゃして、本物の味には程遠い。


 モチャモチャ……ズズズ……ズルズル……


 しかし、それでもまだいい方だ。最下層の市民は味も栄養価もないコンニャクで飢えをしのぎ生活している。


「へい! らっしゃい! なんにしやしょう!」


 ミカの隣に年老いた浮浪者らしき男が座る。


「ふぅ~……食った食った……お勘定!」


 ミカは左手の小型ハンドPCを掲げる。


 チャリンチャリン……


 コインの音がして自分の口座から店の口座へと、即座に入金が済まされる。


「さて……おっさん。俺になんか用か?」


 ミカは浮浪者を見ずに言う。浮浪者はにやりと笑った。


「ばれましたか?」見た目と不釣り合いな若い男の声。


「ああ、そんな雑な変装でごまかせるかよ」


 ミカは立ち上がる。


「依頼は俺の事務所で受けるのがルールだ。出直してきな」


 ミカは振り返らずにそのまま店を後にした


 ――――――――――――――――――――


「フン……フン……」


 ミカは事務所のトレーニングルームで、汗だくになりながら腹筋をしている。時間のある時にはできる限りトレーニングや情報収集に時間を使っている。独り身のフリーランスが生き残るのは決して楽なことではない。


「ラスト!」


 最後の腹筋を終えたミカは、シャワールームへ。シャワーを浴びなら床にあぐらをかき瞑想する。毎回行うルーティンだ。引き締まった肉体に豊満なバスト。しかし、肌は荒れ、体には新旧様々な傷跡――刺し傷・切り傷・銃創・噛み痕――がある。他人が見れば痛々しく思うかもしれないが、本人にとってはいくつも修羅場をくぐった勲章のようなものだ。


「スゥー……ハァー……」


 息を整え終わると、部屋着を着て事務所のテレビを付ける。


 <さあ! ジョウモウ・バトル・カルタの女王! シンザキ・マイ選手対挑戦者100人の変則マッチ! 一体どうな……おおっと! ここでマイ選手の風神返し取りが決まった! 挑戦者が吹っ飛んだぞ!>


 くだらないバラエティ番組を横目に、冷蔵庫からペットボトルを取り出し飲み始めると、来客を告げるコール音が鳴る。ドアを開けるとそこには七三分けに黒縁眼鏡。グレーのスーツを着たサラリーマンが立っている。


「どうも。先ほどは失礼しました」


「さっきの浮浪者か……くだらない前置きはなしだ。あんたは誰?」


「申し遅れました。雷神インダストリー、営業本部本部長補佐課課長のワタベ・トキヤと申します」


 ワタベは流れるように名刺を差し出し挨拶を済ませる。サラリーマン同士の序列はこの名刺交換と挨拶で決まる……ミカがサラリーマンなら一瞬でマウントをとれるであろう完璧な挨拶だった。かなりのやり手であるのは間違いないだろう。


「ふーん……」ミカは名刺を受け取ると小型ハンドパソコンで本人と名刺をスキャンしする。どうやら本人らしい。ミカはワタベに、ソファに座るように促す。


「で、依頼の内容は?」


 こんな不躾な態度では普通は商談にはならないが、それでも通用するのがミカの実力の高さを示している。


「はい、今回は護衛をお願いしたいのです」


「護衛?会社の重役か?それとも、どこぞのお坊ちゃんかい?」


「いえ、実は……レジェンド・オイラン遺伝子保有の少年でして……」


「ブフォ!」依頼内容を聞いてミカは飲み物を吹き出し、聞き返す。


 


 近年発見された、芸能に関する重要な遺伝子だ。この遺伝子を持つものはあらゆる芸に対して高い適性を持ち、現在では女優やアイドルになるのはこの遺伝子の検査が必須である。


「男のレジェンド・オイラン遺伝子持ちなんて、レア中のレアじゃねぇか! そんなのを護衛させる気かよ!」


 そう、レジェンド・オイラン遺伝子は女性が持つ可能性が高い遺伝子であり、男性が持つことはまれである。


「はい、ですから、御高名なタチバナ・ミカさんにご依頼させていただきたく、お伺いさせていただきました」


「……このレベルの依頼なら私設部隊を使った方がいいんじゃないのか?」


「それが、これはとある重役の方の個人的な趣味として、この少年を雇用したいとのことでして……ですから、本社を大きく動かすことはできないのです」


「……報酬は?」


「こちらの金額を半分は前金で、成功したら残りを振り込ませていただきます」


 一般市民なら数年は楽に暮らせる金額だ。


「……わかった。いつからだ?」


 ミカは即決する。怪しいところが完全にないかと言えば嘘になる。しかし、この金額は魅力的だ。ミカは今年で30歳になった。いつまでこの仕事をやれるかはわからないのだから、蓄えは少しでも欲しいところだ。


「ああ、ありがとうございます! では、すぐにでも草津ヘブンへ、お願いします!」


「草津ヘブン……か」


 ミカはペットボトルを投げ捨てながら考える。


 熱狂歓楽街・草津ヘブン……様々な欲望渦巻く街―――――

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