第九国境警備群

@0guma

第一篇 第九国境警備群

 夕食を終えた後、消灯時間までの短い時間が、軍隊の中における自由時間だ。兵士たちは思い思いにその時間を過ごす。談話室で寛ぐ者、ラジオに聞き入る者、読書をする者。雑談には笑い声が混じり、時には歌声に変わる。

 しかし、全ての兵士が楽しんでいるわけではない。歩哨に立つ者もいれば、夜間訓練に備えて仮眠を取っている者もいる。

 そして、図書室には一人、勉学に励む若者がいた。

 階級章は伍長。閲覧机に粗末な帳面を開き、藁半紙を読み込んでは、帳面に書きつけている。脇に積んだ参考図書を開き、時に前の頁を参照し、また後ろに戻り、書き留める。真剣な努力がそこにはあった。

 柱に掛かった時計の振り子が時を刻む音、鉛筆の走る音、頁を捲る音。

 不意に、扉の開く音が交じる。

「伍長、ここにいたか」

 俊敏さを感じさせる締まった体格の大尉は、隨分探していたようで、安堵の息を吐く。

 立ち上がって敬礼。

「はッ。自主学習をしておりました」

「いや、それは良い。君は将校課程への推薦を受けているんだ。推薦者の一人として、君の学習意欲はとても誇らしい」

 答礼をした大尉が、ちょっと困った顔をする。

「それで、その試験に関係して、急な話だが、面接が行われることになった。先方のスケジュールの都合で、今から行うというのだが、不都合はないか?」

 伍長は目を白黒させた。

 面接? そんなものの存在は聞いたことがない。試験は体力試験に学科試験、それに所属部隊の将校による推薦状が必要だが、部内選拔が終わったばかりのこの段階で、一体何をしようというのか。

「戸惑うのは分かる。異例なことだからな。先方からは断っても良いと言われている」

 異例、そして断っても良い。

 二つの言葉が伍長の頭の中でせめぎ合い、僅かな逡巡の後に、決断した。

「お受けします」

 急いで机を片付け、大尉の案内で向かった場所は、一度も訪れたことがない、営倉近くの取調室だった。

 機密保持のためだろうとは思うのだが、あまり気持の良いものではない。一番奥の部屋の前で、古参兵からの叩き上げと思しき本部曹長が立哨をしており、中の人物がかなりの高位者であることを窺わせた。

「連れてまいりました」

『入り給え』

 入室が許されたのは、伍長一人だった。

 恐る恐る、それでもしっかりと背を伸ばして歩を進め、無造作に制帽が置かれたスチール机の前で直立、敬礼をする。

「かけ給え」

「はッ」

 粗末なパイプ椅子を引いて座り、ようやく相手の姿を直視することができた。

 その男の階級章は、准将だった。

 戦後、合州国式になった階級で言えば、上から四番目。下士官最下級の伍長から見れば一四階級も上の雲上人である。

 銀縁の眼鏡をかけ、参謀飾緒の付いた肩章、一見して参謀職と見えるのに、その目には野戦を知る者に特有の、獲物に食らいつく野獣の鋭さがあった。

 この方も、大戦で地獄を見たのだろうか。

 思わず背筋が伸びた所に、声をかけられた。

「楽にし給え」

 緊張状態を解いて良い、と言われても、流石に准将相手では難しい。

 准将は手元の書類に目を落とす。

「将校課程希望者は全員なのだが、伍長のことも調べさせて貰った」

 共産主義陣営との最前線であるこの連邦共和国においては、内部の敵ほど恐ろしいものはない。身上調査が行われることは当然の事として、了解事項だった。

――何か、問題でもあったのか?

 背筋に冷たいものが流れる。

 自分の意志や努力ではどうにもならない事由で、欠格とされること程、辛く苦しいことはない。

「一八歳で徴兵により入営。基礎教育を優秀な成績で修了。修了後に下士官課程へ志願。こちらの成績も優秀だな」

 ぱらり、と書類を捲る。

「現在は伍長として勤務しつつ、陸軍士官学校への入校を希望。将校課程選拔試験を受け、順調に段階を突破しているようだね」

「ありがとうございます」

 ここまでは前座だと、嫌でも分かる。

「さて伍長。君は若く大変優秀で国に尽くす意思もあり、志願は軍としても大変喜ばしい。だが一つ確認すべき点がある」

 来た。一体何が、自分の身上に一体何の問題があったのか。

「君には魔導師適性があるね?」

 それは疑問の形を取った確認だった。


 魔導師。

 それは神話の世界から科学技術の力で蘇った超常の力を持つ者達だ。演算宝珠と呼ばれる術具を利用し、本来ならば大型の機械装置がなければできないような物理現象、時には再現不可能な現象をも自在に具現化する。一部民間分野でも登用されていたが、多くは軍事目的に養成され、特に先の大戦においては、その力を縦横に振るい、敵味方双方から恐れられた。

 しかし戦後になると、戦中に進歩した科学技術が、その地位を襲った。個人技能であり、能力差が激しい魔導師は、確かに個人としては卓拔しているものの、質と数を揃えるには不向きであり、社会機構に組込むには代替可能性が低すぎた。誰がやっても一定の性能が保証される工業製品こそが望ましいのであり、代替不可能な超人の群れを社会は必要としていなかったのだ。

 戦中の様々な悪名もまた、魔導師に対する忌避感を醸成し、魔導師は急速に社会から姿を消しつつあった。今では魔導師適性があるからといっても、わざわざ魔導師になることを選ぶ者は少数になっている。

 これは軍においても同様であり、今でも空軍に航空魔導師部隊は存在しているが、合州国において実用化を果たし、昨今連邦共和国軍にも配備が始まったヘリコプターがこれを代替する日も近いと看做されていた。

 言ってしまえば、近い将来、かつての騎兵のような立場に置かれるであろう、主流から外れた兵科というのが、衆目の一致するところだった。

「確かに、仰るとおり、自分には魔導師適性がありますが……」

 どう答えれば角が立たないか、必死に知恵を振り絞りながら、伍長は言い淀む。

 そんな伍長の硬い表情を見て、准将が「そう気負わなくて良い」と宥める。

「何も無理やり魔導師になれと言っているわけではない。あくまで意思の確認だ」

 准将が背凭れに身を預け、椅子の背凭れが鳴く。彼の椅子も、粗末なスチール椅子だった。

 机の上で准将の指がトントン、とリズムを奏でる。

「時代の違いというやつかな。帝国時代は、魔導適性があればまずは魔導軍を志願するのが普通でね。特に若いうちからの志願が盛んだった」

 もっとも、アレは若いというより幼かったし、幼いというには余りにも成熟していたが。准将はそう声に出さずに独りごちた。

「戦前には、そういう風潮があったと、聞き及んではおります」

 どうやら進路の強要というわけではなさそうだ、と伍長は多少安堵する。

「徴兵であっても、魔導適性があれば半強制的に魔導軍に配属されたものだ。そうだな。今は〝魔導兵にならない理由〟ではなく〝魔導兵になる理由〟が必要な時代というわけだ」

「失礼ですが准将閣下。閣下は魔導師ではないようにお見受けしますが?」

 現在の連邦共和国軍にはかつてのような魔導軍は存在しない。そして航空魔導師は空軍が管掌している。陸軍の軍服を着た准将が魔導師である可能性は低い。

「不思議かね? 大戦中には魔導師部隊を組込んだ諸兵科連合の戦闘団もあってね、若い連中きみたちが思っているより遙かに魔導師は身近だったのだよ」

 選拔試験の参考書で、そのような記述を見た覚えがあった。歩兵、砲兵、機甲といった諸兵科をコンパクトに纏め、必要に応じて編成され、素早く前線に展開し、独立して戦闘行動ができる、用兵側から見た使い勝手の良さを追求した戦闘団カンプグルッペ。数的優勢を誇る共産主義勢力に対し、旧帝国領内での防衛戦闘を想定している現在の連邦共和国軍では採用事例がないが、外国では、特に海外遠征を主任務とする合州国の海兵隊などで援用されていると聞く。

 この准将は、大戦中、魔導師を組込んだ戦闘団を指揮したこともあったのだろうか。

 そうであれば、魔導適性があるだけの自分よりも、余程魔導師のことをよく知っているのも肯けるというものだ。

「そういった縁でね、家庭の事情や経済的事情で魔導師を志しながらもその道を諦めた若者に対して、援助や支援を行っているのだよ」

 ようやく、全てに合点がいった。

 この准将は、徴募官リクルーターなのだ。

「自分は確かに戦災孤児で、孤児院の出身ですが、これまで魔導師を志したことはありませんでした」

 進路として検討したことがそもそもなかった、と正直に告げる。実のところ、徴兵されて初めて軍に居心地の良さを感じ、良い就職先だと思って下士官に志願したのだ。条件が良ければ、魔導師だってやぶさかではない。条件次第、といったところだ。

 とはいえ、斜陽の不人気兵科だ。徴募官が直々に声をかけて回っているあたり、人材獲得には苦労しているのだろう。

「魔導兵の運用と対策については、どのくらい知っているかね?」

「一遍通り、試験に出題される程度のことですが」

「ああ、参考書は読んでいるのだな」

 それなら話が早い、と、准将。

「魔導師と遭遇した時の対処は?」

「は。敵性の魔導反応を感知した場合は、当該地点へ向けての砲撃が第一選択であります」

 防殻を展開した魔導師に対して小口径弾は殆ど効果がない。故に、これの排除のためには砲撃が不可欠だ。戦闘下に於いては、ほぼ全自動で敵性魔導反応に対して砲弾が撃ち込まれる。場合によってはこれが艦砲射撃だったり近接航空支援だったりするが、ともあれ、魔導師の防禦力を上回る攻撃を加えてこれを排除することがセオリーとして確立している。

 航空機の発達に対抗して発達する対空兵装の性能向上も見逃せない。戦後再発明されたガトリング砲などは、戦中までの高射砲などとは桁違いに濃密な対空砲火を形成する。

 それに対して魔導師は持ち前の航空機動力を以ってこれを躱すことを旨とする……のだが、軍事技術の発達の不均衡性によって、索敵力と攻撃力の向上が防禦側のそれを上回っており、現時点では魔導師側が著しく不利な状況に置かれている。そしてその不均衡性の解消の目処は立っていない。

 これが、魔導師が斜陽の兵科と言われる所以だ。

 それでも航空魔導師の空中機動力が求められる局面が存在するために兵科としては存続しているが、それについてもヘリコプターが脅かしつつある。

 何らかの技術的なブレイクスルーがなければ、今後、航空魔導師の復権は難しいというのが軍事的常識とされるところだ。

「よろしい。防殻を展開した魔導師と言えども、所詮は人間だ。砲火を集中させれば落とせる。しかし、接近された場合はどうする?」

「接近されてしまった場合は、友軍魔導師による迎撃が選択肢です」

 生身の人間が装甲車に匹敵する防御力と戦車とも互する打撃力を持って空を飛ぶのが魔導師だ。そんなものに接近されてしまえば、歩兵などはひとたまりもないし、味方を巻き添えにできない以上は対抗手段は限られる。

「そう。それ故に、魔導師は必須なのだ」

 魔導師の浸透を許してしまった場合、これを排除するには魔導師を以ってする他ない。確かに魔導師は斜陽兵科ではあるが、だからといって敵に魔導師が存在する以上、こちらも魔導師を抱えざるを得ない。

 そしてどれだけ稠密に迎撃網を構築したとしても、絶対に阻止できる保証はないのだ。

 しかし、敵を攻撃する目的というより、対抗防禦目的の兵科というものも、魅力が薄いように伍長には思われるのだ。

「しかし、こう言っては何ですが、浸透できるものなのでしょうか?」

 軍に所属し、偏執的とも言える魔導探知網・迎撃網の一端なりとも知る人間としては、あれを潜り拔けてくる魔導師の存在は想像し難い。執拗に繰り返された対空迎撃訓練でも、標的を演じる魔導師に対し、何度も撃墜判定を得たものだ。

 伍長の疑問に、准将の答えは明快だった。

「浸透は可能だ」

 魔導が探知されるのであれば、普通に歩いて行けばいい。車輛で移動しても良いし、航空機からの空挺でも潜水艦からの泳出でも構わない。とにかく魔力非依存であれば、その存在は検知できない。

 大戦中、アレがよくやっていた手だ。

 准将は突発的な頭痛を覚え、顔を顰める。

 本当にアレは時代を超越していた。

 魔導探知網が整備されている所に、魔導師が悠長に飛んで行くわけがない。飛べない魔導師は論外だが、飛ばない魔導師は純然たる脅威だ。

 その説明に伍長は驚く。

「しかし…そのような戦術は、教本には……」

「載っていない」

 帝国が解体・再編され、西側が連邦共和国となった後の再軍備については大きな議論があった。

 特に、連邦共和国軍に魔導兵科を認めるかどうか、について。

 当たり前だが、敵が持っている以上、こちらが対抗手段を持たないという選択肢は、本来、ない。赤きルーシー連邦の正面攻勢を受け止める盾の役割を果たすというのに、手足を縛るなど常識ではあり得ない。

 しかし、その常識に反して、フランソワ共和国が強硬に反対した。

 奴ら、心の奥底から帝国の魔導師を嫌っているらしい。

 その場に出席していた准将は溜息を吐きたい気分だった。

 よっぽど、帝国ライヒの魔導師全てがアレと同じではない、と言ってやろうかと思った。

 代わりに尋ねたのは、魔導師がいなければ、連邦の魔導師にどうやって対抗するのか、という技術的な問題だ。それに対する回答は奮っていた。

『共和国、連合王国、合州国の魔導師を今後も駐留させ、その任に就かせれば良い』

 戦後の連邦共和国には同盟軍が駐留していたが、それに国防の一端を任せようなどとは、正気の沙汰とは言い難く、連合王国から出席していた武官が顔を顰めた程だ。

 共和国の提案は結局のところ賛同を得られず、魔導師の配備は認められたが、一方で共和国の意見も一部取り入れられ、連邦共和国における魔導関係の研究・開発の禁止は継続され、部隊の教育は連合王国が、演算宝珠は合州国が提供し、共和国はこれを監督するというところで手打ちになった。

 それ故に、現在の連邦共和国の航空魔導師のドクトリンは、必ずしも連邦共和国の置かれた戦略的環境に合致していない。連合王国の戦術が劣っているわけではないのだが、前提が異なっていることは如何ともし難い。連邦と海で隔てられた連合王国や合州国では、非魔導浸透の脅威度が低く見積もられるのは仕方ないが、長大な国境線を有する連邦共和国では切実だ。せめて共和国で教育を受けられないかと打診したこともあったのだが、にべもなく断られた。

 魔導師自体が斜陽の時を迎えたこともあって、連邦共和国軍に於いては、一部古参の将校だけが危機感を募らせているのが実情だ。具体的に言えば、この准将が率いる軍内派閥であるが。

 アレを知っていれば、どれだけ危機的状況に置かれているか、分かりそうなものだ。

 しかし戦後アレについては重厚な機密のベールの向こうに隠されてしまい、直接見知っている人間を除けば、戦場伝説と言うのも憚られる超特大の政治的爆弾と化している。アレの存在こそが連邦共和国防衛線の欠陥の証明なのに、それを説明することができない。

「いずれ、我が国への魔導制限も解除される日が来るだろう」

 連合王国・合州国の情報部門との間では、危機感の共有がなされている。共和国の根深い不信感についても、融和工作が行われている。だが、あの大統領が表舞台にいる間は無理だろう、というのがその筋の見解だった。

「だが、その日をただ待っているわけにはいかない」

 方策もまた、アレから齎された。

 その計画を一読した時、アレの戦略眼に改て驚かされた。幾つもの問題を一挙に解決する快刀乱麻に加え、既にカンパニーが了承済みという手回しの良さ。アレが地歩を築いていた合州国空軍を退役し、起業すると聞いた時には一体何を考えているのかと疑念を抱く向きもあったが、その後示されたものを見て、同志一同、アレを疑ったことを恥じ入ったものだった。

 アレは今も祖国に献身している。

 そして准将もまたアレの立てたプランを自ら先頭に立って実施に移している。

 この面接もその一環だ。アレの作った選拔基準に基づいて全軍から候補者をピックアップし、一人一人面接しているのだ。

「伍長。我々は祖国に献身する若者を求めている」

 准将の視線を受け止める彼の眼差しは、しっかりしている。

 気圧されてこそいるが、怯んではいない。

(この若者は、当たりだな)

 伍長の頭脳がフル回転しているのが手に取るように分かる。自分が今何を求められているのか。何を提示されているのか。その意味は何か。

 メリットは? デメリットは?

 伍長の喉が、ごくり、と鳴る。

「質問が、あります」

「なんだね」

「それは、非合法活動に当たる活動でしょうか?」

「馬鹿なことを言うものじゃない。既存の法や条約には一切抵触しない」

 アレのプランの素晴らしい所は、一切何の法も犯していない、完璧なまでの適法性にある。戦中のアレのことを思えば、その程度の配慮などお手のものだろう。

「では、なぜ公募ではなく、このような……」

「ただし、公にされれば批判も出るだろうし、逆に非合法化されることが危惧されるものだ」

 言ってしまえば脱法行為に近い。

「先に言っておくが、計画に志願した場合、君の軍でのキャリアは途切れることになる。予備役編入され、士官学校への入校もできなくなる」

 准将は続ける。

「目に見える形での栄誉は与えられない。各種社会保障についても規定通りにしか扱われない。はっきり言えば、個人の栄達とは無縁の世界だ」

 そして、謳う。

『常に彼を導き、常に彼を見捨てず、常に道なき道を往き、常に屈さず、常に戦場にある。

 全ては、勝利のために。

 求む魔導師、至難の戦場、わずかな報酬、剣林弾雨の暗い日々、絶えざる危険、生還の保証なし。

 生還の暁には名誉と賞賛を得る』

「回答期限は五分だ」

 分かるだろうか。かつてこの詩の如く戦場に立った者達が望んだものを。目指したものを。追い求めたものを。

「志願します」

 伍長の顔は、かつて准将が知る若者たちのかおによく似ていた。

「茨の道だぞ?」

「お誘い頂き、光栄です」

 凛とした伍長の表情を見ていると、喜ばしさを感じる反面、彼を待ち受けるものを思って心苦しくもある。今、准将は一人の若者の未来を奪ったに等しい。

 全てはライヒのため。

 誓って別れた同志たちのため。墓さえ作られずに先立った朋友のため。そして、未来のライヒのためだ。

 今更ではあっても、罪悪感が無くなるわけではない。

「近いうちに、君には移籍に必要な書類が送付される」

「移籍、ですか?」

「そうだ。それに署名した時点で、君は軍から離れ、国境警備隊に移籍となる」

 国境警備隊。

 それは戦後の連邦共和国で最初に設立された武装組織だ。単に戦勝国たちが占領国の国境警備まで負担することを面倒がったためできた組織ではあるが、戦中に遺棄された兵器が大量に出回り、密輸や密入出国が横行した時代を反映して、半ば軍隊とも言える装備と元軍人を中心とした創設人員が相まって、内務省所属ではありながら、ほぼ軍としての内実を有している。ただし、あくまで捜査権や逮捕権を持つ警察組織ということになっており、軍事に関する各種規制の対象外となっている。

 やり過ぎれば目を付けられるであろうが、現時点では格好の隠れ蓑と言えた。

「国境警備隊の基礎教育を修了した後、君は合州国のとある民間企業へ出向し、研修を受けることになる」

「民間企業で研修、ですか?」

「合州国空軍退役士官が設立し、情報機関カンパニーとも深い関係がある会社だ」

 言外に、つまるところカバーカンパニーだ、と伝えられ、伍長は自分が志願した計画の奥深さに身を震わせる。若い彼には、選ばれた自分が特別な存在になったかのようにすら感じられた。

「研修を修了した暁には、国境警備隊内に発足する特殊部隊に配属される」

 果たして修了できるのか。

 短期練成能力には定評のあるアレだが、今回の計画では時間をかけても良いから脱落者を最低限にするようにとは伝えてある。何分、法の裏をかく計画であるため、脱落者から情報が漏れることを危惧したのだが、代わりに研修中の事故が起こるだろうと准将は信じて疑わなかった。

 一方の伍長はそのような准将の懸念は知らず、自らに降ってきた栄誉を嚙み締めていた。

 准将が机の上の帽子を取り上げる。面接終了の合図だ。

「それでは伍長、研修を終えて再会できることを楽しみにしている」

「ハッ。ご期待に添えるよう、鋭意努めます」

 起立し、敬礼を交わし、伍長が回れ右をして見せた背中に向かって、准将は声に出さずに呟いた。

――ライヒに黄金の時代を!

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