うんりょーのバレンタイン♬

侘助ヒマリ

第一楽章

 今年もチョコ20個は固いだろう。


 本命チョコも5個くらいはあるはずだ。


 いや、定期演奏会やコンクールのおかげで去年よりも俺の知名度は上がっているから、もっと期待できるかもしれない。


 だが、いくら数をもらったところで

 俺が一番欲しいのは──


 .。.:*・゚♡★♡゚・*:.。 。.:*・゚♡★♡゚・*:.。 。.:*・゚♡


 グランドピアノの鍵盤蓋を閉め、少しの間椅子に座ったままぼんやりとし、張り詰めていた集中力を解放する。

 脳内をデフラグしている間に、来週のバレンタインデーのことがふとよぎったときだった。


富浦トミー先輩っ」


 俺を呼ぶ声にはっとして音楽室の入口ドアに視線を向けると、吹奏楽部の後輩である知華ちはなちゃんが覗いていた。

 明るいその笑顔に、俺のキャラスイッチが真剣モードからチャラいモード切り替わる。


「まだピアノの練習中でしたか?」

「今ちょっと休憩しようと思ってたとこ。

 知華ちゃんと帰れるなら今日は切り上げちゃおっかなー」

「またぁ! そんな適当なこと言って、音大の実技試験大丈夫なんですか? 確か再来週なんですよね?」

「余裕余裕! こう見えてピアノは三歳からやってっからね! 指揮科の実技程度の技術なら、こう鼻の穴にマッチ棒突っ込んでほっかむりして…」

「しょーもないこと言ってないで、ちょっと相談に乗ってもらえませんか? この後部活あるんで急ぐんです」

「…知華ちゃん、最近俺の扱いがタカちゃん寄りになってきたよね…」

「そう! その鷹能たかよし先輩のことで相談があるんですよ」


 知華ちゃんがつかつかと教室に入ってきたので、俺もピアノから離れて生徒用の椅子に座る。

 知華ちゃんは俺と向かい合わせになる席に座って切り出した。


「来週バレンタインデーがあるじゃないですか。

 それで、鷹能先輩に何をあげたらいいんだろうって悩んでて…。

 親友のトミー先輩なら、鷹能先輩の喜びそうなもの知ってるかなって思って」

「まー確かに、タカちゃんあんまし物に執着しないよね。

 実家が超金持ちのせいなのか、ホームレス経験があるせいか…」

「誕生日のときは、リクエスト聞いても知華の選んだものなら何でも嬉しいって言うだけで、結局がんばって手作りケーキをプレゼントしたんですよね。…でも、スポンジが固くなって失敗したし、形として残らないものだったから微妙だったかなぁって」


 片足ずつ前後にぶらぶらと揺らしながら、眉根を寄せて真剣に悩んでいる知華ちゃん。


 いいよなぁ、タカちゃんは。

 こんな風に自分へのプレゼントを一生懸命考えてくれる彼女がいてさ。


 俺の場合、どんなにこっちがアイツのこと一生懸命考えていても、全然取り合ってくれねーもんなぁ…。


「まぁ、さ! 結局そーゆーことなんじゃないの?

 タカちゃんは、知華ちゃんから “好き” って気持ちがもらえれば十分なんだよ。

 ま、オトコからしたら、彼女が裸にでっかいリボン巻いて “プレゼントはあ・た・し♡” なんて言ってきてくれんのが一番嬉しいかもしんないけどね!」

「…トミー先輩、いっぺん竹刀で面を打ちこみましょうか。防具なしで」

「いやだからタカちゃんみたいなこと言うのヤメテ」


 一瞬ジト目でこちらを睨んだ知華ちゃんが、くりっとした瞳を輝かせて立ち上がる。


「そっか! 確かにトミー先輩の言う通り、要は気持ちを伝えるのが一番ってことですよね!

 何が一番気持ちを伝えられるか考えてみます」

「うん。まぁ何をあげてもタカちゃんは喜ぶはずだから、あんま気負わなくて大丈夫だよ」


「ありがとうございました。これから青雲寮うんりょー行ってきます!」

 ぺこりとお辞儀をすると、ドアに向かってすたすたと歩き出す。

 椅子に座ったまま見送っていると、知華ちゃんはドアに手をかけたままこちらを振り向いた。


「バレンタインデーは一年に一度、まっすぐに気持ちを伝えられる特別な日ですから。

 トミー先輩にとっても素敵なバレンタインになるといいですね!」


 屈託なく微笑まれて、思わず口元が歪んでしまった。

 ピシャンと閉まるドアの音を聞いてから、ため息を一つ吐く。


 知華ちゃんの今の様子じゃ、きっとタカちゃんから俺の話を聞いてるんだろーな。

 口の固いタカちゃんも、知華ちゃんには喋っちゃったのか。

 野生動物並に勘の鋭いタカちゃんに気づかれたのが俺の運の尽きだったか──。


 伸びをしてから席を立ち上がり、ピアノの前に戻る。


“一年に一度、まっすぐに気持ちを伝えられる特別な日ですから”


 知華ちゃんの言葉がリプレイされる。


 一年に一度。

 そして、俺にとっては高校生活最後のバレンタインデー。


 二年ぶりに、俺の気持ちをちゃんと伝えてみるか──?


 そして、きちんと伝えるからには、何が何でも難関と言われる霞音大の指揮専攻科に合格しなければならない。


 二年前の宣言を実現させるために──。


 俺はピアノ椅子に座り直すと、ふうっと息を吐いてスイッチを切り替え、鍵盤蓋を再び開けた。


 .。.:*・゚♡★♡゚・*:.。 。.:*・゚♡★♡゚・*:.。 。.:*・゚


 週末、俺は駅前の楽器店を訪れた。


 今日の目的は楽譜や楽器ではない。

 この間総譜スコアを見繕っていた時にたまたま目に止まった “ある物” を買いに来たんだ。


「あ」


 店に入り、グッズコーナーに足を向けた俺は、見覚えのある先客に気づいて声をあげた。

 その先客がこちらを向き、同じようにリアクションする。


「トミー先輩! 偶然ですね!」

 白い歯を見せて爽やかに微笑む。


内山田うっちーじゃん! 今日は何買いに来たの?」

「ジャズの楽譜探しに来たんですけど、たまたま良い物見つけちゃって」


 うっちーの手には女の子向けのヘアピンが二つ、金色に輝いている。


「それ、プレゼント?」

「ええ、まあ。もうすぐバレンタインデーじゃないですか。女の子ばっかりが気持ちを伝えられるのってずるくないですか?

 この程度のプレゼントなら、気持ちを込めて渡してもそんなに負担に思われないかなって」


 うっちーの手のひらにのせられた楽器の形のヘアピンをまじまじと見る。


「こっちはマラカスかぁ。…ってことは、知華ちゃんにあげんの?」

「もちろん」

「お前も懲りないねぇー。知華ちゃんとタカちゃん、あんなに固いカップルなのに」

「でも、紫藤しどう先輩はもうすぐ卒業でしょ?

 知華ちゃんと会う時間が減れば、俺にもまだチャンスがあるかもしれないし」


 可哀想に、内山田はまだ知らないのか。

 タカちゃんが卒業して藤華大に進学したら、知華ちゃんが結婚準備のために紫藤家に引っ越して一緒に住むということを。

 ま、俺がこの場で伝えるべき話じゃないから、今は黙っておこう。


「もう一つは…。…え? クラリネット??

 …って、お前、まさか…」

「だっ! だって、これ似合いそうじゃないですかっ! 葉山トラちゃん部長に…」


 頬を赤らめるうっちーに、俺は背筋が凍りそうになった。


「ちょ、待っ…。おまえ、虎之助トラちゃんは男の娘であって、女の子ではないんだぞ? それに普段はちゃんと男の制服着てるし…」

「でも、このヘアピンならウイッグをかぶっていない時でもつけられるし!」

「おま、答えになってねーよ!」


 うっちーからヘアピンもらって嬉しそうに頬を染めるトラちゃんなんて、艶っぽすぎて想像したくねーよ!


「とりあえず悪いことは言わねーから、プレゼントは知華ちゃんだけにしとけ。後輩二人が茨の道を進むのを黙って見ていられねーわ」

「いや、だから俺は知華ちゃん一筋で、トラちゃん先輩はあくまで…」

「言い訳はいーから! 知華ちゃんにドン引きされっぞ。

 ついでにゆーと、知華ちゃんはヘアピンしてくれないと思うぞ?」

「え? なんでですか?」

「タカちゃんの前で、他の男にもらったヘアピンを髪につけるわけないだろーが。

 タカちゃんの焼きもちも怖いしな。

 紫藤グループを敵に回したくなかったら、せいぜい消えてなくなるチョコレートくらいにしとけよ。

 それなら知華ちゃんも喜んで受け取ってくれるはずだから」


 俺がそう言うと、うっちーは渋々ヘアピンを元の場所に戻した。


「女の子を取っかえ引っ変えしてるトミー先輩にそう言われたら、そういうもんかって思っちゃいますよね。

 他の店でチョコレートでも探してきます」

「間違ってもトラの分買うんじゃねーぞ!」


 最後の俺の忠告を聞き入れたかどうかはわからないが、うっちーは何も買わずに店を出て行った。



 消えてなくなるチョコレート、か──



 俺のチョイスも、気持ちの届かないアイツにはチョコレートくらいがいいのかもしれない。


 でも…


 消えてなくなるんじゃ、意味がねーんだよ。


 待っててほしいから。


 待っててなんて言えねーし、待ってるなんてしおらしいタマじゃねーんだけどさ。


 俺の気持ちは、ずっとアイツの元にある。

 見るたびにそれを思い出してほしいから。


 俺は、ヘアピンの横に並んだ、銀色の楽器型のチャームを手に取ってレジへと向かった。

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