第30話 見降ろす青い空
22XX年。人類はこの地球上において、その絶頂期を迎える。
しかし反面、その肥大化した人口はゆうに200億人を超え、人は高層建築による住居か地下深くかにその住みかを求めざるを得ない状況でもあった。
比較的裕福な階級層は地上より遙か上空にある居住空間へと憧れ、地下に住む低賃金所得者とは物理的にも精神的にも区別されている。
今日も地上には果てしなく空へと延びるビル群の中を、大勢の労働者が行き交う姿がある。
しかし、これとて逆を言うなれば、成功を成し遂げたと言える労働者の証でもある。大多数の低賃金労働者は太陽の光を見ることもなく、その一生を終えることとなるからである。
そんな中、高層ビルの592階のベランダに一人の男が座っている。
身なりの整っている男は、おそらくどこかの会社に勤めるエリートなのであろう。その胸には金色の社章が誇らしげに輝いている。
昨夜久しぶりに降った雨のお陰だろうか、男が見上げる592階からは遙か上空に少しだけ青い空が見える。
(青い空なんて見るのは、何年振りだろうか・・・)
男は煙草に火を点けた。
その煙がビルの合間よりその青い空に向け、更に上へ上へと上っていく。
「あなた、ここでの煙草は重犯罪なのよ。分かっているならすぐにやめてちょうだい!」
その男の妻が、窓越しに声を荒げる。
男は魂の抜けた目でその妻を振り返ると、心のない少しの笑顔を浮かべる。と次の瞬間、男は2mもあるベランダの柵をよじ登るや、592階からその姿を消し去った。
身を投げたのである。
男の身体は地上へと落ちるまでに数分もの時間を要した。
その間、男は何を考えまた何を後悔したのか、今となってはその事を知る術はもう無い。
男の身体はビルの所々にある商店の庇に何度かぶつかってから、地上のコンクリートへと叩き付けられた。
『ドスンッ』という大きな音と共に、男の身体はボロきれのように道路へと張り付く。
一人の女がその横を、何も無かったかのように通り過ぎて行く。
身を投げたその男の横には、小さな水たまりが広がっていた。
なるほど、昨夜降った雨は途中で枯れることなく、この地上にも落ちてきたのであろう。
一人の男が足を止めた。悲しげな目をして下を見つめる。
それに気付いた次の男も、同じように下を見つめる。そして女が、また男が・・・
気が付けば幾人もの労働者達が一応に足を止めては、下を覗き込むようにと見つめている。
だがしかし、それらの一人としてあの592階から身を投げた男の姿を見ている者などいない。
ただの誰一人もである。
そこに集まる彼らが見降ろしていたものは、その水たまりに映る僅かばかりの青い空であった・・・
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