第31話 51+29=犯罪
「佐伯さん、これ何だと思います?」
新米刑事の米山は、『51+29=犯罪』と書かれた、一枚の紙切れを手渡した。
ベテラン刑事の佐伯は、老眼鏡を鼻の下にずらすと、目を細めるようにしながらそれを読み返す。
「ベイ、これはどこにあったんだ?」
佐伯刑事は、この新米の米山刑事を、いつも「ベイ」と呼ぶ。
「どこって、奥のトイレです」
「そりゃあ、いつの話だ」
「五分ぐらい前ですから、九時少し前ですか・・・」
ベイこと米山刑事と来年定年をむかえる佐伯刑事とは、この日、大きなひとつのヤマを解決した。その祝勝会とでも言うのだろうか、二人は帰りがけに、ちょうどこの居酒屋に立ち寄ったというわけだ。
佐伯刑事が続ける。
「すると、ベイがトイレに行ったのが、八時五十・・・」
「あっ、この51、八時五十一分だとすると、+29は、その二十九分後に、この店で犯罪が起こるという意味ですかね?」
米山刑事が得意そうに推理する。
「バカ野郎、わざわざ犯罪予告をするのに、こんな中途半端な数字を使うやつがいるか。それに、それを紙に書いて、わざわざ人目の付くトイレなんかに・・・」
「二つの数字をたすと、ちょうど八十ですよね。この店八十席もありますかね?」
「ベイ、今なんて言った」
急に佐伯刑事が語気を荒げる。
それもそのはずだ。それぞれのテーブルの脇には、小さな白いタックで数字が打ってあるのだ。二人が座っていたテーブルのそれは、何と二十九番であった。
「51+29=犯罪 五十一、加、二十九、ニ、ハンザイ・・・」
佐伯刑事はもう一度、その紙切れに書かれた文字を読み直す。
「おい、ベイ。五十一番の席はどこだ?」
「向かい側が、十番台。この列が二十と三十番台ですから、奥のカウンターじゃないですかね」
見るとカウンターの袖にも白いタックに数字が打ってある。
「ベイ、五十一番の席を探せ」
長年の刑事の勘と言うやつであろう。佐伯刑事は、米山刑事にその席を探させると、自分は店の出口へと急ぐ。もちろん、犯行を犯すかもしれない人間を、この店から逃がさないためである。
「五十一が、二十九に犯罪を起こすか・・・」
佐伯刑事は、口の中で呟いた。
彼は、この紙切れに記された文字を、自分達に対する犯人からのメッセージだと解釈したのだ。
つまり、『自分は五十一番の席にいる。二十九番の席にいるお前達に対し、何らかの犯行を犯す』と、推理したのである。
たぶん、二つの数字の間の+もプラスと読むのではなく、加減乗除の加、つまり『が』とするのであろう。それを、わざと俺たちの目のつくところに置いたというわけだ。
犯人にすれば、これは一種のゲームなのだ。
おそらく、自分達刑事に恨みを持つやつの犯行に違いない。だとすれば、なかなかの知能犯だ。
佐伯刑事は脇の下にしのばせてある、拳銃をジャケットの上から確かめた。
「五十一番の席には、誰もいませんでしたよ」
手を横に振りながら、米山刑事が戻って来る。
「なに、だとすると、犯人はもう行動にうつっているのか・・・」
「どうします、佐伯さん。店を閉鎖してもらいますか?」
米山刑事も、もう既に、腰の後ろにぶら下げている拳銃のホルダーに手を掛けている。
「いや、待て。下手にことを荒立てて、犯人を刺激してはいけない。ここはまず、署に連絡をして応援を頼むとしよう」
「しかし、その間に犯人が行動を起こしたら・・・」
その時、ちょうど二人に歩み寄る五~六人の人影があった。酔っ払っているようには見えるが、眼だけはこちらの手の当たりを見ているようだ。
二人に緊張が走る。
なおも、近づいてくる。
「あれ~、どうしてその紙持っているんですか。さっきからずいぶんと探してたんですよ」
人影の中の一人が、佐伯刑事の持っている、れいの紙を指差した。
「き、君は、この紙のことを知っているのかね?」
すかさず、佐伯刑事がその男に問いかける。
「知ってる?って、それ、ぼくが書いたんですもの」
米山刑事は、素早くこの男の斜め横に身体をあずけ、いつでもこの男の腕を取れる状態をとった。
佐伯刑事は、わざと親しみを込めるように、その男に尋ねる。
「君が・・・ ところで、この文字の意味を教えてもらえないだろうか?」
「意味ですか?」
「そうだ、意味を・・・」
「実はうちの部長、そう、この人なんですけどね」
男は集団の後ろの方にいた、恰幅の良い、いかにも管理職らしい人物の腕を引っ張ると、自分の横に並べ、さらに続ける。
「部長今年で五十一歳なのに、先週二十二歳も年下の女性と結婚したんですよ。それだけでも許せないのに、二人の歳をたすと、ちょうど八十歳になるからって、旅行券が半額になるナイスミドルチケットとかいうのを買っちゃって、これから二週間も新婚旅行だって言うんですよ」
「新婚旅行?・・・」
佐伯刑事はもう一度その紙に目を落とす。
「では、この29という数字はその女性の年齢?・・・」
男は部長の背中をポンと叩くと一言。
「その通り。俺たちは、その間も働いているっていうのに、これってもう、完全に犯罪でしょう?・・・」
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