第47話 見える男
「・・・で、見えるのか?」
「はい・・・」
部下の男は申し訳なさそうに答える。
「・・・で、どんな感じなんだ?」
「しかし、それは・・・」
男はしぶしぶ上司の頭の上方に目を向ける。
「かまわないから、話してみたまえ」
彼は尻込む男に、それを話すように促した。
「では・・・」
男はもう一度、上司の肩越しに何かを見つめ直す。幾分目を細めると、時折真剣な眼差しで頷く。
その様子を、上司は固唾を飲んで見ている。
「どうだ?・・・」
部下の男は首を横に振ると、今度はすまなそうに目を伏せる。
「やはり部長の座は・・・」
「駄目か?」
上司は落胆の色を隠せない。
「・・・で、他には何と?」
それでも彼は、一部の望みでも良いからとその声を聞き取ろうとする。
「やはり申し上げられません」
「私も男だ、君がこれから言うことを聞いてもけっして一喜一憂しないことを約束する。もちろん君との約束も守るつもりだ」
上司はそう言うと、内ポケットから二枚の切符を男に渡した。人気アイドルグループのコンサートチケットである。おそらくは上司も様々な手を使って手に入れたに違いない。
部下の男はそれを当たり前のように懐へとしまった。
「では申し上げます。お前の能力ではせいぜい課長が関の山。部長などと、高望みするものではない」
言われた上司は小さく拳を握った。しかし、そうしたところで目の前にいるこの男の言葉はこの男の言葉であって、この男の言葉ではないのである。
つまりは、この部下の男には相手の将来を告げるという『お告げ様』が見えるというのだ。この『お告げ様』、世間一般で言われているような守護霊とは違う。もちろん背後霊や魑魅魍魎の類などでもない。
単純にその者の将来を言葉にするというものらしい。
はじめそれは女子社員達の間で噂として広まった。なんでもこの男が見立てた女子社員が、数ヶ月後、彼のお告げ通りに結婚したというのである。
そればかりではない。同僚の仕事の失敗を、お告げによって未然に防いだということも彼の噂の信憑性に更に拍車を掛けた。
一躍彼は会社の中で時の人と呼ばれるようになった。つまりはこの上司もその噂を聞きつけ、彼に今度の人事の見立てを依頼したというのである。
部下の男は椅子の背もたれに幾分寄りかかるようにすると、さらに言葉を続ける。
「それに、君の若い社員達に対する接し方は成ってないな。部下はただ叱りつけるのではなく、時には褒めてやらねば伸びんぞ。たまには皆を呑みにでも連れ行ってやりなさい」
「呑みに?・・・」
上司の言葉に男は手を振って否定する。
「僕じゃありませんよ。『お告げ様』がそう言ってらっしゃるんですよ」
「分かっている」
不機嫌な上司に、さらに言葉を浴びせる。
「お洒落にも気を付けなさい。いつも安っぽいネクタイばかりでは女子社員にも馬鹿にされるぞ。もちろん鼻毛の手入れも忘れずにだ!」
その後も、この男の言葉ならぬ『お告げ様』の言葉は容赦なく上司に降り注いだ。
次の週末、営業三課の社員達一同は退社後、街の居酒屋に繰り出していた。珍しく今日は上司でもある係長のおごりだという。
「しかし、係長が俺達を誘ってくれるなんて珍しいこともあるもんだな」
同僚の男が言う。
「それに今日の係長、ちょっとお洒落じゃない」
女子社員達が、彼に目を向ける。
確かに見ると、グレーのスーツにサーモンピンクのネクタイが若々しさを演出している。いつもは寝ぐせの残る髪も、今日は何故かきまっているようだ。
同僚が男の耳元で囁く。
「ところでお前、本当にその人の『お告げ様』なんて見えるのか?」
「しっ!・・・」
男は人差し指を唇に当てると、何か意味ありげな笑みを浮かべる。
「『お告げ様』なんて居るわけないだろう。全てはフィクション、作り事だよ」
男の言葉に、同僚の男は怪訝な顔をする。
「しかしお前、女子社員の結婚を言い当て・・・」
「そんなの簡単なことだろう」
話を遮るように、男は言う。
「実は俺、あの娘にちょっと気があったんだ。だからいつも会社の中で見ていたんだよ。そしたら、彼女が結婚する数ヶ月前からメークの仕方が変わったことに気付いたんだよ」
「メークの・・・」
「それだけじゃない。イヤリングしかしていなかった彼女が、突然耳に穴を開けたんだよ。勿論ピアスをするためにね。こりゃあ、男ができたに違いないって思ったね・・・」
「なるほど・・・」
同僚の男も変に納得をする。
「じゃあ、俺の仕事の失敗を救ってくれた件はどうなんだよ? あれも分かっていたって言うのか?」
男はすまなさそうに下を向きながら頭を掻く。
「実はあの失敗は俺のせいなんだ。自分で契約を取ろうと、勇み足で先方に電話を掛けたところ、大目玉を食らってね。そこへお前が輪を掛けるようにと、先方へ電話をしてしまったというわけなんだよ」
「ってことは、俺はお前のために契約に穴を開けるところだったのか?」
「悪いと思っているよ。だから先方に本当のことを話して許してもらったんだよ」
「まったく呆れた奴だな・・・」
しかし、同僚の男はなお声を潜める。
「じゃあお前、係長に言った『お告げ様』の言葉というのも・・・」
男は静かに頷く。
「もちろん、でまかせに決まっているだろう」
「でまかせって、お前・・・」
男は涼しい顔で女子社員と楽しそうに話をしている係長の方を振り向く。
「俺苦手なんだよね、うちの係長みたいなタイプ。周りの空気読めないくせに、プライドだけは高くってね」
「確かに」
頷く同僚。
「だから、目の前で正直に言ってやろうと思ったのさ、係長も『怒らないから正直に言え』って言うからさ」
「・・・で?」
「正直に言ってやったら、つまりはこうなったのさ」
「それにしても、よくお前に係長が昇進しないって分かったもんだな?」
同僚の言葉に、男はニヤリと微笑んだ。
「やっぱり俺は『見える男』なのかもしれないな・・・」
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