第4話 箱
「森の動物達よ、これからおまえ達に一つずつ、この『希望の箱』を授けよう」
神はそう言うと、手の中から金色に輝くいくつもの箱を取り出した。
森の動物達は瞬きひとつせずに、その箱がそれぞれ、自分の目の前に置かれるのをただじっと待っている。
箱は意外に大きいものであった。
一辺が八十センチぐらいだろうか。金色に輝いているほかに、良く見ると、透明な細い紐が結んである。
森の動物達は、一様に目を細め微笑んだ。
箱がまぶしいからではない。その箱が近くにあるだけで、自然とそんな気になってしまうのである。
神は森の動物達に、三つの約束事を言いつけた。
「ひとつ、その箱はけっして開けてはならない」
「ふたつ、もし開けてしまっても、けっして中を覗いてはならない」
「みっつ、もし中を覗いてしまっても、けっしてそのことを、他のものにしゃべってはならない」
動物達はなおも微笑みながら、その神が言う約束事を聞いている。
神は続けた・・・
「森の動物達よ、一年ののち、またこの場に集おう。その時まで・・・」
やがて神の姿は薄くなり、背景の空の色と同じになった。
森の動物達も、それぞれ与えられた箱を、あるものは抱え、またあるものはその背に乗せて森の中へと消えていった。
太い木の切り株に、ネズミは住んでいた。
ネズミは、どうしてもその箱が開けてみたくなった。そして、ついに我慢できなくなり、その透明な紐に手を掛けてしまった。
紐は複雑な結び方をしていたが、ネズミは自慢の歯でそれを食いちぎると、箱のふたを開けてみた。
なんと、中には今開けた箱よりも、もう一回り小さな箱が入っている。
ネズミはその箱を取り出すと、しばらく目の前で眺めていたが、どうしても開けてみたいという衝動には勝てなかった。
また紐を、その鋭い歯で噛み千切ると、ふたを開けた。
しかし、そこにはまた一回り小さな箱が入っているだけである。
もう、ネズミを止めることはできなかった。彼は何かに取り付かれたように、その箱の紐を次から次へと食い千切っては、次々と箱を開けていった。
やがて箱は、一辺が五センチくらいなものになっていた。
ネズミは箱を開けることをやめた。もうこれ以上、そのこの箱の中には、何も期待できそうなものがないと思ったからだ。
ネズミはこのことを、他の誰かに打ち明けたい気持ちなった。しかし、それはやめた。神が言っていた三つ目の約束事でもあり、それよりも何より、こんな惨めな気持ちを自分だけが味わったことに我慢ができなかったからだ。
小さな湖のほとりに、ユニコーンは住んでいた。
彼もまた、その箱の中を覗いてみたい衝動にかられていた。
でも、ユニコーンはすぐには箱を開けようとしなかった。自分が神に選ばれた動物であることを知っていたからだ。
「神は、もし覗いても他のものに言わなければ・・・とも言っていたし」
彼は、まったく自分勝手な解釈をした。もともとユニコーンには、こんな気のもろさがある。
ついに、彼は神から授かったその立派な角で、箱に結んである透明な紐をとき始めた。何度も首を縦に振り横に振り、やっと紐はほどけた。
ユニコーンは、恐る恐る箱の中を覗いてみた。
しかし、箱の中には手紙ひとつ、美味しそうな食べ物ひとつ入っていない。
ユニコーンは諦めきれずに、なおも箱の中を覗き込んでみた。何度も何度も隅々まで覗いてみたが、結局何も見つけることはできなかった。
ユニコーンは怒りをおぼえた。
そして、その怒りを誰かにぶちまけたい気持ちになった。しかし、ユニコーンはそうはしなかった。神が言っていた三つ目の約束事でもあり、それよりも何より、こんな惨めな気持ちを自分だけが味わったことに我慢が出来なかったからである。
こうして、森の動物達はそれぞれの思いで、それぞれの箱と、一年を過ごすこととなった。
ほとんどの者が、神と交わした三つ目の約束だけを守って・・・
一年が過ぎ、森の動物達はまた約束の場所へと集まってきた。
それぞれの手には、それぞれの箱を持って・・・
神は言った。
「この一年間、よく約束を守ったものには、より大きく美しい肉体と、豊かな自然を与えよう。だが、箱を開けてはならぬという約束を守れなかったものたちよ。おまえたちは、一生その箱と同じ大きさの体で暮らすがよい!」
ハッとしたネズミは、あたりを見回してびっくりした。
みんな自分より大きく見えるのだ。森の仲間達だけではない、草も木も、空もみんな一年前とは比べようもないほど巨大に見える。
不意に、ネズミは近くにいた牛に踏みつけられそうになった。
「おや、君は約束を守ることが出来なかったのかい?」
牛は見下すように言う。
「・・・」
しかし、ネズミは一言も返す言葉がないまま、草の根を分けるように、森の中へと帰っていった。
神は続けた。
「それにしても、嘆かわしきは約束を二つも守れなかったものたちが、こんなにいたとは・・・ ユニコーンよ、おまえもか!」
そう言われたユニコーンの背中には、もはや空を飛ぶための翼は無く、あの立派な角も消えうせていた。
それどころか、彼はなんと、二本の後ろ足だけで立っていたのである。
神は約束を破った代償として、このものたちからは大いなる自然を奪い、一番醜く、そして最も野蛮な動物として、未来永劫生かし続けることにしたのであった。
神はつくづく嘆いた。
「おお、それにしても何と『人間』という生き物の多いことか・・・」
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