ちなみに森の悪霊の時に犬はやられたのにアレが無事だったのもこれのせいです(久しぶりに出したなこの設定)

熊だった。

コの字型の廃屋。その外へ向いた門の前に居座っているのは骨でできた獣である。じっと座り込み動かぬが、霊的な視覚を持つ者にはそいつがただの死体ではないことは明らかだった。

死霊魔術で作られた骸骨兵である。こいつを仕留めるためには、戦鎚で武装した兵士が二十人は必要であろう。なにせ骨である。まさかりのような大物であれば別だが、刀や槍のような刃物は通用しない。

今。この恐るべき怪物の前に近づく、男の姿があった。

異様な男である。顔を覆うのは犬を象った仮面。そして全身にどす黒い赤で描かれているのは奇怪な紋様であった。夜の寒さにも関わらず、彼は上半身をさらけ出している。

明かな不審人物が近づいてきている、というのに、骸骨兵はぴくりとも動かぬ。まるで見えておらぬように。

熊の眼前にまで近づいた男は、怪物が動き出さないことに安堵。そのまま廃屋の周囲を巡り、様子を一通り伺ってから戻っていった。


  ◇


「うまく行きやしたね」

「うむ」

腹心の部下の言葉に頷いたのは山賊どもの首領である。彼らの前に跪いているのは犬の仮面を被り、全身に紋様を描いた男。先程、廃屋の偵察に送っていた手下だった。

「ご苦労。しっかりと飯を食って休め」

「へい」

物見を終えた手下を労う首領。顔にこそ出さぬが実のところ、彼も安堵していた。己の魔法が敵に通用したことについて。もし偵察が失敗に終わっていれば、尻尾を巻いて逃げ帰っていたところだった。いや、本拠を捨て、この地から離れねばならなかったであろう。しかしこの分で行けば、敵を仕留める事も可能だと判明した。明るい知らせである。

彼は副首領と、計略の細部を話し合った。


  ◇


大陸で用いられている文字は多々あれど、大別すると二種類に区分される。

余人が用いる、直線を刻みつけるものと、流派ごとに存在する多種多様な魔法文字である。

後者はそれこそ星の数ほど存在するが、最も多いのは極度に抽象化された図案だった。魔法において似たものは同一の存在と見なされる。その関係性から霊力を引き出すのだ。

対して、大陸全土で用いられているのはほぼ共通する文字である。商取引のために発明されたという伝説を持つこの文字は、巡礼の旅をする神官たちによって広まった。

今、兄妹に指南されている文字もそちらの文字である。

木の棒で地面に書かれた手本を懸命に真似る妹。幾つかの動作を経て、出来上がったのは幾分歪んだ形だった。

「できたー」

誇らしげに胸を張る妹の頭を撫でてやる女武者。その隣では、同じ文字を幾分うまく書いてのける兄の姿もある。

廃屋の中庭での事であった。教授の時間である。新月の晩にも関わらず、兄妹は視界に不自由している様子はない。初歩的な魔法の力。暗視の術であった。子供たちが初めて覚えた魔法でもある。

兄はすぐさまものにし、妹もここしばらくでようやく会得したのである。このあたりの習熟の早さの違いは才能もあろうが、それ以上に女武者と妹では直接言葉が通じぬと言う事情による。見鬼の力を持つ兄が妹へと、女武者の言葉を通訳しているのだ。どうしても教授の効率は落ちる。妹が霊と言葉を交わす術を身に付ければこの問題も解決するが、会得には年単位の時間がかかるであろう。そういう意味で、生まれながらに見鬼の力を持つ兄は極めて魔法に近い位置にいた。

やがて、空が白み始めたころ。

「ふぁ……」

妹が欠伸をする。昼夜逆転した彼女らにとっては昼こそが眠りの時間である。見計らったように、剣士も顔を出した。

「おや。おねむだねえ。さぁ、行こうか」

「はーい」「うん」

子供たちが剣士に駆け寄る。彼らの頭を撫でてやってから、剣士は女武者へと向き直り、そして告げた。

「おやすみなさい」

剣士たちに連れられた兄妹が奥へと姿を消したのを確認すると、女武者も着衣を脱いで畳み、風雨にさらされぬように武装ごと片づける。太陽が完全に昇ってしまう前に眠りたかった。庭の隅に設けたへと足早に向かう。生首はここしばらく埋めたままだった。自分も無精になったな、と内心苦笑。まあ、ここにとどまっている限りは問題ないが。

庭を横切る。その途中。

足が、つんのめった。

―――え?

を向けた女武者の足は、穿たれていた。そこには何もないにも関わらず、まるでが突き立ったかのように穴だけが開いていたのだ。

それで終わらなかった。

肩が。脇腹が。胸が。

全身が傷ついていく。ひとつひとつは小さいが、着実にそれは女武者の運動能力を奪っていくのだ。

大地に転がり、体中を20か所近く穿たれた時点でようやく、女武者は見えない敵の存在に気が付いた。このままではやられる!

完全に動けなくなる前に、彼女は霊力を集中。両手を打ち合わせる。

強烈な柏手かしわでの力は、敵勢を覆い隠す魔法を破った。そう。退力を備えた鶏の血を塗りたくって身を隠し、霊力を宿す桃の木から作られた木槍で武装した、三十人近い仮面の男たちの姿を露わとしたとしたのである。

奴らの首領であろう。猿の仮面をつけ、五本の刃で武装した魔法使いは告げた。

「手を休めるな。肉片になるまで槍を突き立てよ」

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