倫理観とは(この人も善属性やから……)
夜闇に包まれた山中だった。
火を囲んでいるのは数人の男たち。寒さから逃れようと手をこすり合わせたり、火にかじりついていたりする。
武装した彼らの人相は悪い。美醜とはまた別に、険というのは顔に出るものである。人相見ができる魔法使いが彼らを見れば、相当な悪行をこなしてきたのは容易に判別できるであろう。
近隣に根城を持つ山賊たちである。ひと仕事終えた彼らは、ここで暖を取っていたのだった。
「冷えるな……」
「ああ。女を抱きてえ」
「それより酒だ、酒」
雑談に興じる彼ら。その近くの藪が動いた。視線が集中した先から出てきたのは、山賊たちの仲間。先程用を足しに行ったはずだが、随分と顔色が悪い。
「おう。どうした。そんな悪霊でも見たような顔して」
「……出たんだ」
「うん?」
「出たんだよ!悪霊が!!女が、あっちで、血まみれに……!」
「!?」
すぐさま武装を手に取り立ち上がる男たち。この時代、異界はそこかしこにある。人里を一歩出ればそこは魔境なのだ。悪霊が出ても何もおかしくはない。
「場所はどこだ?」
「あ……あっちだ!」
男たちは、次々と駆け出した。
◇
「……なんだ、あれは……」
「しっ」
傾斜の上。木々や岩陰に隠れながら、男たちはそいつを見ていた。
そう。獣を一心不乱に解体し、邪教の儀式としか思えぬ奇怪な行いをしている、短刀を手にした裸身の女を。
周囲に描かれているのは意味も分からぬ異様な紋様。血で描かれたそれは、女が描いたものに相違あるまい。
だが。何よりも異様なのは、女に首がない、ということ。
間違いない。死霊の類が、邪悪な魔法を行っているのだ!!
腕自慢の男たちも戦慄した。相手はこの世の理が通じぬ怪物である。彼らの首領であればひょっとすれば抗し得るかもしれないが、ただの人間である山賊たちの手には余った。
後退を促し合う男たち。
その時だった。
からから……
斜面を転がっていく小石。山賊の一人が蹴落としたそれに、視線が集中する。男たちのものも。
そして、首のない女の視線も。
女は、胴体ごとこちらを振り向いていた。
両者の視線が絡み合い、そして。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいい!?」
ひとりが、訳の分からぬ叫びを上げながら刃を振りかぶった。かと思えば斜面を駆け下り、女へと襲い掛かる。
もはや限界だった。抑え込まれていた恐怖が湧き上がり、そして山賊たちは次々と刃を抜き放つ。あるいは手にした槍を構え、首のない女へと向け、次々と突進していったのである。
対する女は傍らの太刀を取り、迎え撃つ構え。
血飛沫が舞った。
◇
―――ついていない。
女武者は、たった今切り捨てた賊どもの屍を見下ろしていた。こいつらが人倫に悖る行為を働く悪党なのは間違いがない。何故ならばつい先ほど殺されたのであろう犠牲者たちの怨念。霊。そういったものが、賊たちに絡みつき、憑いていたからである。
まぁ、魂を尋問すれば詳しい事は分かるだろうが、恐らくこの近所にいる山賊であろう。剣士の目を奪ったというものどものはず。
そこで、思い出す。剣士の目を癒すためには新鮮な眼球が必要だ。罪もなき人から奪うわけにはいかぬが、たった今切り捨てた死体から戦利品を調達しても問題はあるまい。状態のよいものを見繕うとしよう。実際に癒すかどうか悩むのは後でも構わぬし。
結論を下すと、女武者は魔法を執り行った。
◇
―――みんな。みんな殺された。ばらばらにされている!!
ひとり生き残った山賊。皆が襲い掛かった際、ただ一人足を取られて女へと襲い掛かれなかった男は、隠れ場所から恐怖の光景を見ていた。つい先ほどまで生きていた同僚たち。彼らの肉体が、首のない女によって解体され、血管の一本に至るまで腑分けされていく様子を。
気が狂いそうだった。だが、口を開くわけにはいかぬ。気付かれれば死ぬ。仲間たちの刃は女に通じなかった。あれを倒すには魔法か、あるいは太陽神のご加護が必要だ。
太陽神に背を向けて生きてきた男は、今ほど夜明けを待ち望んだことはなかった。
恐怖は、夜明けまで続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます