デュラハンあざとい(甲冑は犠牲となったのだ)

灼熱が、全てを焼き払う。

岩肌がむき出しとなった地下迷宮の通路。そこへ吐きかけられたのは強力な火炎の吐息ファイアブレスである。自然ならざる高熱の主は三頭獣ケルベロスだった。

―――死んだか?

通路の奥を見つめ、獣の知性で思考する彼。

果たして、反撃は来た。

炎の中より飛び出してきたのは、女。身に着けた甲冑がほとんど溶け落ちた彼女には首がない。

咄嗟に火炎を吐きかけようとした三頭獣ケルベロスであったが、果たせぬままに終わる。彼に叩き込まれたのは、強烈な拳であった。

三つある首のうち、中央の下顎を殴り飛ばされた彼は真上へ仰け反る。

脳が揺れる。意識が朦朧とする。動きが鈍る。

みっつのうち一つだけが。

残った頭に突き動かされた三頭獣ケルベロスの反撃は強烈だった。

前脚が、裸身へと襲いかかる。

受け止めた細腕が砕けた。三頭獣ケルベロスは地獄の炎を宿す。すなわち肉体そのものが魔法なのだ。

左腕を完全に破壊された姫騎士。

彼女は、肩口から敵へとぶつかっていく。

魔獣の巨体が跳ね飛ばされた。


  ◇


この時、魔術師は手勢を率いて通路を進んでいた。裏切り者の背後へ回り込む腹積もりである。

それにしても!まさか敵が迫りつつあるこのタイミングで裏切るとは。

速やかに排除する必要があった。幸い、首なし騎士デュラハン最大の急所である首は、もう一人の裏切り者。すなわち奴隷の小僧が抱きかかえているようだ。魔術師には全てが見えていた。地下迷宮の構造を魔法の力で透視していたからである。不幸中の幸いであろう。首さえ確保すれば再び首なし騎士デュラハンを支配することもかなう。敵を迎え撃つには奴の力が必要だ。

彼は叫んだ。

「行け!小僧を殺し、首を奪い取るのだ!」


  ◇


人外の肉弾戦が繰り広げられている、その後方。通路の角に身を潜めていた少年にも、魔術師の叫びは聞こえていた。いつのまにか回り込まれていたのだ。まずい。

とあいえ、姫騎士の胴体へ助けを求めることはできぬ。彼女は今忙しい。それにあんな戦いに巻き込まれたら死んでしまう!

手にしたずた袋から生首を取り出す。した姫騎士の首を。

美しい首だった。流れる黒髪。引き込まれるような瞳。白く、整った顔の表情は不安そうだった。

「…ぅ……!」

「大丈夫。僕が守るから」

分かっていてやったことだった。逃げようと思えば一人で逃げられたのだから。

覚悟を決めると、少年は生首を袋に納めて立ち上がった。さらには迫る敵勢に備えて呪句を唱え、印を切る。

曲がり角から巨体が現れるのと同時に術が完成した。


  ◇


岩肌が掘り抜かれた広間。

外にも近いその部屋へ、絡み合った姫騎士と三頭獣ケルベロス。2体の怪物が転がり込んできた。

力は互角。されど体格に圧倒的な差があった。互角の魔法がぶつかり合えば、結果を定めるのはこの世の理である。姫騎士の胴体が未だに砕かれていないのは、彼女が巧みに敵手の力を受け流しているからだった。

───まずい。

姫騎士は思考する。格闘では不利。されど離れれば焼き殺される。もう甲冑はない。耐えられぬ。

だからこれは我慢比べだった。姫騎士の肉体が破壊し尽くされるのが早いか。それより先に三頭獣ケルベロスの息の根を止めるのが早いか。

抜き手を放つ。魔獣の左の首を貫く。

ようやく一つ。

残る首は二つだった。

反撃がくる。脇腹が裂かれた。痛みはない。臓物などくれてやる!

姫騎士は、内心で笑った。


  ◇


魔術師の命を受け、裏切り者の奴隷を捕らえるべく突入した巨鬼オーガァ。彼が見たのは、折れた鼻に醜悪な面構えをした闇の怪物。すなわち小鬼ゴブリンだった。みすぼらしいボロをまとい、ずた袋を担いだそいつは、たどたどしい口調で通路の奥を指さしている。「あちらに行った」と。

巨鬼オーガァはさして疑いもせず、通路の奥へと進んでいく。そして曲がり角にさしかかったとき。

「その小鬼ゴブリンは偽物だ!魔法で化けているぞ!」

背後から響いた魔術師の声に驚き、振り返った巨鬼オーガァが見たのは、後続の小鬼ゴブリンどもの中へと紛れ込んでいく偽小鬼ゴブリンの姿。もはや見分けがつかぬ!

慌てて戻ろうとした彼は、横手より襲いかかってきたの火焔。すなわち三頭獣ケルベロスの吐息を受けて焼け死んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る