寝起きは狂暴です(もっとねたい)

狂戦士が目覚めたとき、そこは暖かな天幕の中だった。

天井はごく低い。三人も入れば一杯になるだろう。

彼は、体にかけられていた毛布を脱ぎ捨てた。下から現れたのは傷一つない肉体。

「ここは…」

己は追っ手と戦い、重傷を追ったはずなのだが。と不審に思った彼は、やがて気づいた。

荷物が。連れていた幼子がいないと。

慌てて天幕から飛び出した狂戦士。彼がまず目にしたのは、曙光が漏れ出始めた山並み。

向かいにあるもう一つの天幕。そしてこちらへと歩み寄ってくる、小脇に己の生首を抱えた女だった。

───不死の怪物!!

瞬時に相手の正体を察した男はだから、突進した。相手に余裕を与えれば殺られる!!


―――RUUUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!


絶叫とともに膨れ上がった狂戦士の肉体。その突進は、女海賊を吹き飛ばすのに十分な威力を備えていた。直撃を受けた女海賊は3メートルも跳ね飛ばされ、大地に転がったのである。

恐るべき威力。

狂戦士とは魔法使いである。彼が自身にかけた狂乱の魔法は、女海賊が宿す偽りの生命に匹敵する魔力を秘めているのだ。

トドメを刺すべく、狂戦士は女へと組み付いた。


  ◇


───なんだこいつは!?

奇襲を受けた女海賊は面食らっていた。己がダメージを受けたことよりも、力負けしたという事実の方が衝撃は大きい。

組み付いてきた男は昨夜助け、手当てした熊皮の男。女占い師が引き出した加護によって傷はすっかり癒えている。厄介な。

幸い相手は、転がった生首を無視し、女海賊の胴体だけを狙ってきている。頭をつぶされる心配はなかった。

それにしてもなんという狂乱ぶりか。人間ではなくこれでは野獣ではないか。

だから女海賊は、敵を獣として扱うこととした。困惑を見せればつけ込まれる。死に物狂いで戦わねばならぬ。

砂浜で繰り広げられる激しい格闘戦。目がぐるしく上下が入れ替わり、攻防が交わされる。

両者の力は互角。

されど、軍配が上がったのは女海賊の方だった。死にぞこないアンデッドのスタミナは狂戦士ベルセルクをも凌駕するのだ。

馬乗りとなり、狂戦士の首を締めあげることしばし。

あれほどに荒れ狂っていた熊皮の男は、やがて意識を失った。


  ◇


「いやはや、大変でしたな」

「…ぅ……」

女海賊を労っているのは交易商人である。

天幕の中から出てきたのは彼だけではない。船員の若者や、女占い師らも起き出していた。

特に、ローブの女占い師は疲労の色が濃い。昨夜、狂戦士の負傷を加護で癒したからである。今日の出発は少々遅らせようとなったほとだった。

そして今話題となっている狂戦士。彼は、縄でぐるぐる巻きに縛られ、転がされていた。また暴れ出さないようにという用心である。咆哮の魔法を使われぬよう、猿轡も噛ませる念の入れようだった。

「まぁ……失礼ながら、この男が襲い掛かって来た理由もわかる気はいたしますな」

「…ぁ……」

交易商人の言葉に女海賊は不服そうな表情。されど事実ではあるので強くは反論しない。誰だって寝起きに不死の怪物が近寄ってきたら殺されると思うだろう。

当人は見張りの交代のために天幕へ人を呼びに来ただけだとしても。

「で。子供の方はどうですかな」

「今もすやすやと寝ています。大人しい者です」

今度は女占い師へと尋ねる交易商人。

男が連れていた幼子は、離乳食の時期を終えてすぐの年頃。ひとまず寝かしつけていたのは女占い師である。

何にせよ、男が起き出せば、事情を聞かねばならない。細心の注意が必要であろうが。出発はその後である。

一通り決まると、女海賊はへと入った。地面にぽっかりと開けられた穴へと。

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