第十三話 流血の神殿

アイドルみたいなもん(即物的すぎるたとえ)

流血神。すなわち地下に住まいし流血の女神とは、大地の奥底に眠る邪なる神性である。闇の神々の一柱たる彼女の教義は、流血と恐怖。破壊と殺戮。絶望と悪徳。これらに彩られた血生臭いものであった。それ故に、彼女を奉じる者は多い。闇の種族だけではない。人間の中にすら、彼女をひそやかに崇め奉る者は後を絶たぬのである。いや、人間だからこそかもしれぬ。人の間に紛れ住む彼ら流血の徒は孤独である。その行いは罪そのものであるがゆえに。だが、この女神はそんな彼らを肯定するのである。導き、援助すら与える。邪悪なる加護という援助を。悪しき者どもの最大の理解者。それこそが、地下に住まいし流血の女神とも言えよう。

その寝所は大地の奥深く。物理的な意味ではない。観念的な意味での地の底、滴る流血が最後に行きつく場所こそが、彼女の住まう場所であった。

それ故に、女神を祀る神殿は地の底に築かれた。深ければ深いほど、広大であればあるほどよい。

その意味では、広大にして深淵なる大空洞。そこに女神の聖地たる大神殿が築かれたのは、不思議でもなんでもない。むしろ自然の成り行きであった。人の類に対しては、いや、ごくわずかな闇の聖者を除く闇の者どもに対しても秘されていたこの聖域は、太古の昔、それこそ神話の御代から維持され、拡大し、権勢を誇っていたのである。

今、その聖地を土足で踏みにじらんとする者どもの姿があった。


  ◇


魔力を帯びた刃。三本ものそれが、深淵の闇を照らし出す。

そこは地下深く。女戦士の案内で地下へと潜った一行は、多数の障害を退けながら先へと進んでいた。

最前列はふたりの首を持たぬ女。中段を戦棍で武装し、銀髪の生首を抱えた女神官と黒衣の少年、猫の姿をした女剣士の生首。そして最後尾を踊る剣リビングソードが固めている布陣である。少年が手にしている長剣には光明ライトの魔法が付与され、明々と周囲を照らし出している他、前衛組の武装は、闇を切り裂く霊光を放っていた。

三人が横並びになっても戦えるであろう空間。天井も高いそこで、死にぞこないアンデッドの女たちは、迫る雑兵ども。乾燥死体マミィ屍人ワイトを主力とする、不浄なる怪物どもを薙ぎ払っていた。

甲冑を纏い、魔力を帯びた剣で完全武装した首なし騎士デュラハンを止められるものはいない。拳足、あるいは爪や歯しか死者を殺せる武器を持たぬ不死の怪物程度では、甲冑を貫けぬのである。おまけに彼女らは凄まじい剛力を誇り、俊敏で、知性があり、そして何より疲労しない。陽光の下でも動ける死にぞこないアンデッドとしては紛れもない最高峰の化け物が、首なし騎士デュラハンであった。

それでも時たま、彼女らの合間をすり抜けてくる敵もいたが。

きらめくのは銀光。少年が振るった小剣は、苦も無く屍人ワイトを切り捨てる。

これに遊兵としての踊る剣リビングソードも加わればもはや死角はない。彼女は他の者をすり抜けて移動できるからだった。ほとんど魔法を使う機会もない女神官としては楽なものである。万一前衛が傷ついた時は治癒の加護を与えるつもりではあったが。

「それなんて言ってるんです?」

生首組がにゃあにゃあと「…ぁ……」で会話しているのが気になった少年が、女神官へ問うた。

「ああ。『首だけで動き回れるだなんて便利だな』『そちらも秘術を学べばいい』だそうだ」

「へぇ……」

「まぁ、私の友人より縦横無尽に形状変化シェイプ・チェンジの秘術を使いこなしている魔法使いはおそらくいないだろうね」

女神官と少年はともに苦笑。とはいえ周囲を見回す瞳に油断はない。

「しかし妙ですね。連中、雑兵を盾に押し出して、後ろから魔法で攻撃してくるものとばかり思ってましたが」

「同感だ。嫌な予感がする」

その場合の対策も考えてはいたのだが、今のところ使う必要がないのが不気味すぎた。

やがて、敵を一掃し終えた一行は、奥への前進を再開した。流血神の神殿。女戦士の娘と、そして奪われた魔導書が納められた書庫がある場所へと。

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