シティアドベンチャーやりたかったんや(何故こーなった)

―――そうだ。わたしは、化け物。

女騎士は考える。

ここ数日、楽しくて忘れていた。自分が化け物なのだということを。浮かれていたのだ。ひと皮向けばこの通り。恐れられ、石持て追われる化け物にすぎぬ。

街路では衛士たちが行き交っている。もちろん彼らの刃は女騎士には通じない。されど女騎士は彼らを傷つけるわけにはいかなかった。それに神官たちも出てくるはずだ。彼らの神聖なる武器セイクリッド・ウェポンは女騎士を傷つけられる。不浄の者に対するほどの威力は発揮しないにしても。

家屋の隙間から、外を見る。

死霊術師たちとははぐれてしまった。しかし彼らは人間だ。大丈夫。自分の身の安全だけを考えればいい。

だがどうすればいい。魂の姿を見せる魔法は月の魔力を源としている。月齢に応じて違う姿を見せる月の力を借りるのだ。効果を中断するだけならともかく術そのものが破れると、月が一度沈み、そしてまた昇ってくるまでかけなおせない。

それにしても、何故魔法が解除されたのだろう。あの魔力。背後で炸裂した魔法が原因なのだろうが。

分からない。誰かが、魔法を消した?だが何故?こちらの事を知っている?

女騎士は途方に暮れた。


  ◇


衛士隊本部。

怪物が出たとの通報を受けたここは、慌ただしく人が行き交っていた。街中に死にぞこないアンデッドが出現したとなれば大問題だ。速やかに対処しなければならなかった。

しかし部下たちを指揮する本部長は、報告を聞き怪訝な顔をした。知人が―――老婆が宿泊している宿。そこで火事が起き、そして死にぞこないアンデッドが出現した、と。彼女はなんと言っていた?行方不明になった魔法使いの弟子は死にぞこないアンデッドだと言っていたではないか?

世間一般で信じられている風説と異なり、死にぞこないアンデッドと言えども必ずしも邪悪な存在ではないということを彼は知っていた。人の類の魔法使いが作り出すものは陽光に焼かれないではないか。

状況が分からない。分からなかったが、対処しないという選択肢は彼にはない。

本部長は事態の把握に努めた。


  ◇


4階の高みに存在する執務室。突如として雨が降り始めた外を眺めている大賢者に対して、衛士隊からの使者が訪れていた。使者の装束を纏った彼らは、港町の首脳部の間を行き来し、連絡を伝え合う重要な存在だ。

「ほう。で、問題の死にぞこないアンデッドはまだ捕捉できていないのだな?」

「はっ。捜索中であります」

「分かった。報告は次から秘書官に伝えればよろしい」

使者を下がらせると、大賢者は考え込んだ。

やはり衛士隊や神殿の戦士たちでも無理か。まあ最初からそこまでは期待していない。街から奴らを追い払えればいいのだから。これだけの騒ぎになれば、奴らもしばらく港町へは入れまい。それで十分だ。魔法解除ディスペル・マジックの呪符一枚で済んだのだから十分な戦果と言えよう。この隙にこちらは目的を果たさせてもらおうか。

大賢者は呼び鈴を鳴らした。すぐさま秘書官の若者が飛んでくる。

「しばしこの階には誰も入れるな」

「はっ」

秘書官が退去し、誰も上がってこないことを確認すると、大賢者は漆黒のローブを手に取った。それを羽織り、顔を深く隠すと、大賢者は呪句を唱え、印を切る。万物に宿る諸霊への助力を求めたのだ。

詠唱が終了した瞬間、彼はその場から消え失せた。


  ◇


途方に暮れ、家屋の隙間に隠れている女騎士。その肩が、後方より突如掴まれた。

「!?」

「俺だ。探したぞ」

見れば、そこにいたのはびしょ濡れの死霊術師だった。老婆はいない。

「……ぁ」

「ああ。分かってる。とりあえず街をでなきゃならんが、アテがある。行こう。

それとな」

「……ぅ…?」

「お前さんは化け物なんかじゃない」

「…ぁ………」

「さ、行くぞ」


  ◇


外は酷い雨。これでは明日の出航は難しいかな。

港の倉庫内。携帯火縄を確認しながら、船乗りは考える。

外はすっかり夜。船員の青年も、娘も、荷物の合間に空けた空間に横になって眠っている。交易を終え、入手した品物を積み込んで出発する予定だったのだけれども。

突然、入り口からずぶ濡れの衛士が入って来た。

「失礼する。怪しい者を見なかったか」

「うん?怪しい……特に。何かあったのかな?」

「ああ、怪物が出たのだ。気を付けて」

「分かった」

衛士はすぐさま飛び出していく。船乗りは、衛士の後ろ、入り口から顔を出し、左右を確認し、衛士たちが遠くへ行くのを見て。

「……もういいみたいだ」

「―――すまん」

船乗りの言葉に隅の荷物の陰から出てきたのは、先日救った魔法使い。そして、その横。奇怪な鎧を身に着け、自分の頭を小脇に抱えている女性。匿ってほしいと言われた時は驚いたけれども。まあ骨の魚が動くのも似たようなものではある。

「乗せるのはいいけれど、明日出航は難しいと思う」

「いや。これは魔法の雨だ。朝になる前に止む」

「そうなのか。ならだいじょうぶかな」

「ああ。迷惑ばかりかけるな」

「気にしないでほしい。困ったときはお互い様だから」

「違いない」

二人の男は笑い合った。


  ◇


水神の神殿。その一室。

そこにいるのは籠に入った赤子。世話役を命じられた見習い。そして黒猫。

窓の外では豪雨。雷まで降り始めた。雨は水神の恵みとはいえ、これでは死にぞこないアンデッド退治に駆り出された戦士たちも大変だ。

そんな事を思いながら、見習いは赤子を見つめる。

風が吹き、雨も室内へと吹き込んで来た。

慌てて籠を動かし、雨に濡れぬようにする。赤子は大変だ。ちょっとしたことでも死んでしまう。

「みゃ~」

「うん。なあに?」

猫が、部屋の入口。窓とは反対の方からこちらを見ていた。

「みゃ」

「うんうん。そうだね、もっとそっちに動かした方がいいね」

この猫は時々、凄く賢い。まるで人間みたいに思う事もある。

苦笑した見習いは、赤子に向き直ろうとして。

「―――え?」

音はなかった。

ただ、背後から彼女の首筋に回された短剣が、静かに引かれただけ。

見習いは、何が起きているか理解する暇もなく絶命した。

その対面。猫の瞳に映っていたのは、見習いの向こう。窓側に立っていた一人の男。漆黒のローブを纏った、邪なる魔法使いの男のみ。

彼は短剣の血を几帳面に死体の衣でふき取り、そして懐にしまうと、部屋の隅に置かれた籠を大切そうに抱き上げる。

そのまま魔法使いは、呪句を唱え、印を切り、そして秘術を発動させた。

瞬間移動テレポートの秘術を。

後には、黒猫と死体だけが残された。

「みゃ~」

雷鳴が鳴り響く。

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