ゲスの極み徴収官

ちびまるフォイ

ゲス代徴収官がやってきた

「ちわっす。ゲス代の徴収に来ました」


「ああ、ガス代ね。3000円くらい?」


「いえ、ゲス代です」


「はっ?」


聞き間違えじゃなかった。

目の前に立つ男の名札には『ゲス代徴収官』としっかり書いている。


「あなたの今月のゲスい行動をお金に置きかえて……しめて2万円ですね」


「にまっ……ええ!?」


「それもこれも、ゲスいことするあなたがいけないんですよ。

 小学生の持ってるカードが欲しくなったからって、ウソをついて奪うなんてゲスです」


「どうしてそれを!? 墓場まで持っていくつもりだったのに!」


「ゲス代徴収官は、あなたのどんなゲスい行動も見逃しません」


男はふんと鼻を鳴らして手を伸ばした。


「はい、今月分」


納得はいかないものの、国からの派遣と来れば俺も弱い。

毎月少ない給料でやりくりしている財布のみぞおちにボディーブローしかけるように

毎月のゲス代はじわじわと家計を圧迫し始めた。


「まずいな……今月はもやしとパン耳生活に切り替えるしかないぞ」


預金通帳の絶望的な桁数を見てがくぜんとした。


「いや、待てよ? いっそ逃げてしまおうか。どうせあいつに迷惑はかからないだろう」


「……なーーに逃げようとしてるんですか」


ゲス代徴収官は窓からにゅっと顔を出す。


「い、いつのまに!? というかここ2階だぞ!?」


「前にも言いましたが、私はあなたのゲスい考えなんてお見通し。

 逃げようたってそうはいかないですからね」


徴収官は手元のノートを見て俺のゲス行動はもちろん、ゲス発想まで把握している。

思いついたが最後すぐに捕まってしまう。


何もかも把握しているゲス代徴収官が怖くなり、俺は家を飛び出した。


「ああ、でも今の俺の行動も把握してすぐに追いつかれるんだろうな……」


まるでいつも監視されているような不安に駆られる。

行き先も決めずに、ただとぼとぼと町を歩いていた。



――ゲス代徴収官はいつまでも来なかった。



「……あれ? おかしいな?」


てっきり、俺の居場所なんてすぐにわかると思っていた。

もしかしてゲス代徴収官にはわかっていないのか。でもなんで……。


「そうか! 落ち込むことはゲスいことじゃないからか!」


奴が検知できるのはあくまでもゲスい行動。

道にガムを吐くとか、道を譲らなかったとかどんなに小さいゲスでも見逃さない。


でも、こうして町を行き先も決めずにふらふらするのはゲスいことじゃない。

むしろ誰かに救いの手を求めるようなときだ。


「わははは! やったぞ! これであの守銭奴から逃れられる!!」


嬉しさを全身で表現していると、ぽんと肩をたたかれた。

まずい。ついに気付かれてしまったか。


おそるおそる振り返ると、立っていたのはゲス代徴収官ではなく、ガラの悪そうな男だった。


「え? 誰?」


「誰ってひどいなぁ、人の女に手を出しておいて」


男の後ろからは未成年らしき女が顔をのぞかせる。


「あんた、まだこの子は未成年ですぜ。これは犯罪ですぜ」


「ちょっ……待て待て! 話が見えない!」


「このことバラされたくなかったら、誠意を見せろやコラァ!!」


「えええええ!?」


なんて強引すぎる展開。

初対面の人にここまで強引な手口が通用するわけないだろ。

でも顔が怖いので暴力ではない解決法を提案した。


「さ、裁判! 裁判しましょう!!」


裁判がはじまると、俺は身の潔白を証明した。


「この人たちとは初対面なんです! 全然知りませんよ!!」


必死に自分が童貞であることを訴えるのに対して、

相手側の証言はすでに裁判を見越していたかのようなものだった。


「○月×日に、ふたりがホテルに入るのを見たんだぜ」


「ひっく……ひっく……私は……嫌だって……言ったのに……」


どこから入手したのか俺の私物も証拠品として出してくる。

女も泣きの演技がうますぎて、裁判官の涙をさそう。



「判決、少女がかわいそうなので、有罪とする」



「おかしいだろ!! 異議あり異議あり~~!!」


ろくに証拠も出さずにただ口だけで反論する俺と、

つじつまの合った証言を行う相手とで戦況は絶望的だった。


「意義あるなら、もっともらしい証言をしてください」


「それは……えっと……」


証拠なんて何もない。

初対面であるという証拠なんてどこにもない。


もうだめだ……。




「ちょっといいですか」


「お前は……ゲス代徴収官!?」


裁判所になぜかゲス代徴収官がやってきていた。


「私はこの人から毎月ゲス代を徴収しています。

 今回のようなゲスい行動をしていれば、ゲス報告がはいるはずです」


徴収官はいつも手に持っているゲス項目ノートを見せた。


「この通り、この男はどうしようもない人間ですが

 この女性との交流はいっさいありません」


「で、でたらめだぁ! あんたが消したんだろ!」

「そうよそうよ!」



「……なんなら、あなた方のゲス項目も見せましょうか?」


徴収官の殺し文句で、詐欺師と女は口を閉ざした。

俺は無罪で終わった。


帰り際に、徴収官を呼び止めて感謝した。


「ありがとう。あんたのおかげで助かったよ」


「そうですか」


「……あんた、本当はいい人なんだな。

 ゲス代徴収るからいい印象なかったけど、それは違ったみたいだ」


「いい人……?」


徴収官はその言葉を聞いてにこりと笑った。



「こうして借りを作っておけば、あなたは逃げないでしょう?

 だからわざわざ助けたんですよ」



徴収官の笑顔に俺は確信した。



「こいつが一番ゲスだよ!!」

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