22日の呪い

@tanukids

第1話 呪いのはじまり

「……強い寒気が南下してきており、今日は各地で初雪が観測されています。この影響で……」


俺はTVの前で一瞬固まった。

窓にバタバタと駆け寄り、カーテンを一思いに開く。

シャーッという気持ち良い音とともに映し出されたのは一面の銀世界。無邪気な坊やたちと違って、30過ぎたおじさんには地獄絵図にも似た景色である。


おかしい。

何かがおかしい。

ダイヤは乱れ、地面は凍り、満身創痍で出社したのはつい昨日のことではないか。もう一度あの惨劇を繰り返せというのか。


疲れてんだな、俺。

もう一度寝たら元に戻るだろ。


そんな誘惑にかられてベッドに戻ろうとすると、置き時計の長針が無情に動いた。いかんいかん。40秒で支度した俺は、ダイニングテーブルに置かれたブレックファーストをそのままに、玄関を飛び出した。





布団に入り今日1日のことを思い返す。

昨日と同じ道で転び、昨日と同じ仕事をし、昨日と同じ小言を上司に言われた。刺激のない日常を送ってきたことは否めないが、ここまで来るとさすがに異常だろう。今の俺に必要なのは睡眠だ。意識が遠退き始めた。




「・・あのー。ちょっといいですかー?」


朦朧としながら声のする方に目をやると、白装束をまとった女が枕元で正座をしている。一瞬ギョッとしたが、表情からは恨めしさが微塵も感じられず、人懐っこそうな瞳がこちらを見つめている。


「ちょっと話聞いてもらえないかなと。私、死んじゃったみたいなんです。」


ついに幻覚まで見え始めたか。

明日こそは病院に言った方がいいかもしれない。

俺はシカトを決め込んで、なんとしてでも睡眠を取ろうとする。



「お願いしますよー。ちょっとだけですからー。ねえー。頼みますよー。」


「・・わかったよ。」


こんな調子ではどうせ眠れるはずもない。

俺は仕方なく女の話を聞いてやることにした。





「死ぬ前のことは全く覚えてなくて。気がついたら何かの行列に並んでたんです。前の人に、どうして並んでるんですか、って聞いたら天国に行くか地獄に行くか裁いてもらうためだって。そこで、ああ私死んでるんだなあって初めて分かりました。」


「ノリ軽。」


「私が裁かれる順番になった時、法廷みたいな場所に連れて行かれました。強面のおじさんと気の強そうなおばさん、あとガリ勉て感じのお兄さんの前で立たされると、まん中に座ってるおじさんが私を睨み付けながら罪状を読み上げて行くんです。6歳の時におかわりしたのにお残ししたとか。」


「◯本新喜劇かよ。」


「全く身に覚えのないことばかりだったので、上の空で聞いてました。すると急におじさんの声が止まって、3人で何かゴニョゴニョ話し出したんです。どうしたのかなーて思って聞き耳を立ててると、ガリ勉が残りの二人に怒られてるみたいで。何やらかしたガリ勉って思ってました。」


「ガリ勉の前に自分の心配しような。」


「しばらくすると、おじさんとおばさんが凄い剣幕で部屋から出ていってしまいました。法廷のドア閉める時もバシーンッて。ガリ勉と二人きりになった時の気まずさったらなかったですね。沈黙に耐えられずに、大変ですねって声掛けたら、メガネをクイッとしたあと、震えた声で被告人は口を慎むようにって。もうなんか、こっちまで泣けてきました。」


「それは、同情する。」


「それからガリ勉が状況を説明してくれました。私の死はこっちの手続き上宜しくないんだとかなんとか。しどろもどろしてはっきりしないところもあったんですけど、要は私が死んだという事実を揉み消したいそうなんです。」


「死後の世界も現世と変わんねえな。」


「で、じゃあどうするかっていうと。死者には生者を呪う力があるようで。その力を使ってなんとか自分を生き返らせろと。普段は力を使った瞬間に捕まって、厳しい罰を課せられるそうなんですが、今回は特別に見逃してやると高飛車に言われました。あっちにとってみれば、直接手を下さなくて良い分好都合なんでしょうね。」


「なるほど。」


「呪う方法も教えてもらいました。対象の名前を3回唱えてから、どうなってほしいかを元気に叫ぶだけ。」


「簡単過ぎてこええわ。」


「まあ呪いの力は生前の関係性によって左右されるそうですから。ある程度の付き合いがなければ、全く効果はないですよ。それはいいとして。一通り説明が終わると、ガリ勉はノッポの看守を呼び出して指示を残し、そそくさと法廷を出ていってしまいました。一方私はそのノッポに連れられ、四畳半ほどの何もない部屋へ。ノッポが言うには、この部屋はしばらく自由に使っていい、誰かは入り口の前で立っているから何かあればドアをノックして呼ぶように、とのことで。いやー、ほんとに参っちゃいましたよ。」


「ふーん。」



それにしてもよく喋る女だ。半分聞き流している俺の様子を意に介さず、むしろ語気を荒げて話を続ける。



「でね。でね。こっからなんですよ。こんな場所さっさとおさらばするため振り切って呪おう!て思ったら気づいちゃったんです。誰を?ってことに。生きてた頃のこと、全て忘れちゃってるんですから。困ったもんだから、看守さんにガリ勉を連れてくるようにお願いしたら、返事は今は忙しいやら、書類の持ち出し手続きに時間がかかるやら。しまいには、出勤してこなくなっちゃったみたいで。確かにメンタル弱そうだなーとは思ってましたがここまでとは。」


「ゆとり世代なのかね。」


「腫れ物には誰も触りたくないものですから。ガリ勉が居なくなってからはいよいよ自分でなんとかするしかなくなってしまいまして。空っぽの頭を絞り尽くして考えました。そしたら一つ、思い出したんです。

・・山田太郎って名前を。」


「えっ。」


唐突に自分の名前を呼ばれて、俺ははっとした。

女はそんな俺を見つめながら、満足気な顔をしている。


「いい反応ですねー。話し甲斐があるってもんです。

法廷に立たされてぼけーっとしていた時に、「山田太郎の右頬を平手打ちした」って強面のおじさんが読み上げたんです。キラキラネーム隆盛のこのご時世に山田太郎って。しかも平手打ちされてるし。重苦しい雰囲気のなかで、唯一笑わせてくれたあなたの名前だけは覚えてたんですよ。光栄なことでしょう?」


全国の山田太郎さんに謝れ、と心の中で叫ぶ俺。


「呪いの対象はなんとかなったので、あとはその内容ですよね。これも本当に悩みました。自分を生き返らせなきゃ意味がないんですから。ウンウンうなって導きだした答えが、「私の死んだ日から抜け出せなくなる呪い」だったんです。」


「・・なんでだよ。」


「あれ?意外に察しが悪いですね。そんなんだから平手打ちされるんですよ。」


「チッ。」


お前がしたんだろうがと思いながら、せめてものお返しに舌打ちする。


「いいですか。私が死んだ日を繰り返す呪いにかかると、それから脱する方法は私を助けることだけです。私が死ななければ、つまり死者になる未来が変更されれば、死者たるが故の呪いはそもそも存在しなかったことになるのですから。あとは枕元に立ってあなたを脅すだけです。明日が欲しくば私を助けろと。私、天才ですよね。」


俺は自分がどれだけ恐ろしいものに取り憑かれてしまったのか、このとき初めて理解した。




「さて。私のこと、助けてくれますよね?」


「助けるしかないだろ。今日は特に最悪の1日だったんだ。こんな日が未来永劫続くなんてたまったもんじゃない。」


「やた!さすが!平手打ちしてごめんなさい!」


「くどいわ。でも助けると言ってもどこのだれか、どうやって死ぬのかも分からないやつをどうやって助けろと言うんだよ。なんかヒントとかないのか?」


「うーん。何度も言ってますが生前の記憶は全く無いんですよね。ヒントになるとしたら、あなたに呪いを掛けることが出来たという事実、つまり私とあなたには何か接点があったということぐらいですかね。」


「俺はお前なんか見たこともないんだが。」


「そりゃそうですよ。死者には実体がないので、その姿は自分の想像を反映したものです。私には生前の記憶がないので、今の姿はただの借り物ですよ。本物はもっと美しいはずです。」


状況は悪化するばかりだ。


「まあ今日はこれくらいにしましょうか。明日・・フフ、今日もあることですしね。早く生者としてあなたとお会いできることを、楽しみにしてますよ。山田太郎さん。」


女がそう言うと、白い装束と肌はすうっと闇に溶けてやがて見えなくなった。俺の意識も遠退いていく。







「ジリリリ・・」


目覚まし時計の音が、残酷にも朝の訪れを告げる。

俺はのそのそと起き上がり、ダイニングに向かう。

そしてテーブルに無造作に置かれたTVのリモコンに、おそるおそる手を伸ばした。


「・・・強い寒気が南下してきており、今日は各地で初雪が観測されています。この影響で・・・」


さてどうしたものか。

今日が最悪な1日になることは間違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る