No.83 戻ってしまった?


 彼杵の意識が戻らず今日で早五日が経った。

 春昌さんの病室に居にくくなって逃げ出したわけだけど、それから一度も外に出ていない。何度か着信が入ったりもするが、今は誰かと話す気分にもなれない。


 彼杵の意識が戻ったらメールをしてもらうように病院には言っている。故にかかってくる電話はいつも我が家にたまっていた犯罪者たちということになる。


 俺はこの五日間ひたすら考えていた。何故俺は彼杵の記憶喪失の原因が俺にあると分かって笑っていたのか。


 いくら考えても分からない。俺は彼杵を記憶喪失にさせてしまったという反省をこめて話したはずなのだ。それなのに俺は笑っていた。

 平戸さんのように。


 現に俺は彼杵を記憶喪失にさせてしまったことに一切の罪悪感を感じていない。ここまですっきりした気分でいられている自分が怖いくらいである。


 ホントに俺は平戸さんと似ているのかもしれない。俺が認めたくないだけであの時は平戸さんに手を出してしまったが、あの状況で笑みがこぼれるなんてやはり俺もサイコパスな部分があったのか。


 いやそれはおかしい。サイコパスは自分自身のことをサイコパスだとは思っていないし思わないのだ。だったら俺がサイコパスであることはない。


 つまり、俺はただただクズ人間だったというわけだ。

 どうしようもない社会の敵。いや、敵じゃないな。ゴミだ。存在するだけで周りから嫌われる。

 人としての思いやり。他人の感情を理解しようとする心が俺には欠けているのだろう。


 架空請求業者だった時は自分がクズであることは自覚できた。でもどうして一人でネット詐欺を創めてからの方がクズさが増してしまったんだ。


 だけど俺は確実に彼杵を守ると言っておきながら怪我させたことに関して責任を感じていたはず。ホントにどんな顔をして皆の前に立てばいいのか分からなかったのだ。


 あの時の感情は俺が俺自身の本当の内面を隠すために作った自分を騙すための嘘だったのかもしれない。だとしたら俺は二重人格という可能性も無くは無い。

 あー待て待て。これこそ自分を守るために付いている嘘のようなものじゃないか。


 ダメだ。自分で自分が分からない。怖い......。


 考えている内に何度も恐怖にかられ、俺はいっそ自殺でもしようかと考えたほどなのだが。結局それさえも怖くて死ねなかった。


 ヘタレな俺は自分自身からも責任からも犯罪からも、逃げられないのだった。




 高天原たかまがはら神哉しんやが自宅にて悩みに悩みまくっている時。

 大村春昌の病室にたまり場のメンバーが集まっていた。


「ダメだ。あいつ電話でねぇ」

「そっか......」

「なぁぁ~! 神哉死んでないよなぁ!? もしそうだったら......」

「ツバキちゃん落ち着きなよ♡♡高天原くんが自殺なんてするわけないわ♡♡」


 取り乱す五島ごとう椿つばきの頭をポンと叩いて西海さいかい藍衣あおいがなだめる。


「そうよ。あのヘタレ神哉、あたしたちに会うのが怖いのね」

「神哉さん、五日前はだいぶ混乱してましたから無理もないんじゃないですか?」

「んなこと言ってる場合かよ。神哉のヤロー、彼杵ちゃんはどうするつもりなんだって話だ」

「アハハ。じゃあ皆で神哉くんち行けばいいんじゃないの?」


 諫早いさはや沙耶さや大村おおむら春昌はるまさ佐世保させぼ和人かずひとの会話に人工的に作ったような笑い方で意見を言う平戸ひらど凶壱きょういち


「ずっと気になってたんだけどさww。何で電話しかしないのw? いつもあの家をたまり場にしてるように神哉くんちに行けばいいじゃないか」

「いや神哉が一人になりたいって言ってたし......」

「ふ~ん、一人になりたいって言ってたの分かってるのに電話はかけるんだw」

「そ、それはっ」

「さっきサヤちゃんが神哉くんが僕たちに会うのが怖いんだって言ってたけどww。君たちも神哉くんに会うのが怖いんじゃないのお~ww?」


 平戸はニヤニヤと楽しそうに口をゆがめる。


「は? 俺たちが怖がる理由がないじゃないか」

「あるよ。元々仲の良い関係だった人間同士がこうして会うのを避けたがる理由」

「......」


 皆が無言で平戸の言葉を待つ。


「それはこれまで築き上げてきた関係が壊れてしまうんじゃないかという不安感。つまり仲違いするんじゃないかと君たちは怖がってるのさwww」

「俺たちは神哉とその程度の関係性じゃない! 自分の内心をさらけだせる家族みたいな関係なんだ!」

「はっwww家族ぅww? 和人くんが勝手にそう思ってるだけじゃなくて? 神哉くんはそうは思ってないかもしれないじゃないかw。少なくとも僕は君たちのことを家族だと思ったことはないなぁwwww」

「あーそうかよ。俺たちはあんたと違って神哉の気持ちが分かってあげられるんだ。今はそっとしておいた方がいい」

「分かってあげられるってwww。和人くん何様なのww? アホのくせしてでしゃばって、それで結局声荒げるだけの無能じゃないかwww」

「あぁ!?」

「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いてくだサイ!」


 危うく佐世保が平戸を消しかけないほどの威圧を壱岐いきイクミが止めに入る。


「また私たちが仲間割れしちゃいけマセン! 神哉さんも彼杵さんも会ったときにギスギスしていたら気まずいデス!」

「はっ! 知ったことかよ。もう会わねえかもしれないしよ」

「ちょっとカズ!?」

「うぅぅ......、我が、我があの時神哉を止めていればぁ......」


 病室から逃げるように出て行った神哉を止めることが出来なかったと悔やみ涙を流す五島。

 皆このとき気付き始めていた。

 

 もう前のように仲良くすることが出来ないんじゃないかと。


 誰が言葉を発することもなく、静かな時間が流れた。誰かが悪いわけでもなく、誰かを責めたいわけでもない。不毛な時間だった。


 その時。病室のドアが乱暴に開かれた。ドアを開けたのは走ってきたのか、息を切らす現川うつつがわ一夏いちかだ。


「皆さん! 彼杵さんが!」

「おや、朗報かな? それとも訃報ふほうかなwww?」

「......それが、どっちとも言えないんだ」

「どういうことですか?」


 現川の煮え切らない態度に春昌が問いかける。


「彼杵さん、意識が戻りました。......だけど、記憶がなくなっているようなんです。ここ数年間の」


 ここ数年間。現川がそう言葉を濁したのはわけがあった。


 あづま彼杵そのぎの記憶はたまり場に集まるようになる前にまで戻っていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る