最終罪

No.81 記憶を失くした原因は?


「あ、神哉。彼杵そのぎちゃんは?」

「まだ意識は戻ってないけど死にはしないってさ。腹縫って輸血してるよ」


 カズが春昌さんのいる病室に入った俺に訊いてくる。それに対して俺は先程医師に言われたとおりのことを話す。


「そっか。よかった~」


 彼杵が無事だと聞いて一番に声をあげたのは現川うつつがわ一夏いちか早岐はいき正弥まさや率いる謎の集団に属していたのだが、最後の最後では彼杵を早岐の魔の手から救ってくれた俺たちの恩人だ。


「ホント自分が情けない。彼杵を守るって言ったのに......」

「神哉さんそう落ち込まないで。相手はそうとうな狂人でしたから。彼杵さんも怒ってないですよ」


 春昌さんが優しい声音で笑う。そう言ってもらえて俺の気は少し楽になるが、彼杵の容体が楽になるわけではない。彼杵が目を覚ましたらどんな顔すればいいんだろう。

 俺がそう思考を回していると、カズが現川に話しかける。


「それで、君が彼杵ちゃんの過去を話してくれるんだっけ?」

「うん。ボクは正弥たちほど彼杵さんに思い入れがあるわけでもないし、五島ごとう椿つばきと話しをしてボクは君たちのほうに加勢したくなった」

「ツバキさんとお話? あなたはツバキさんの拷問を担当していたのでは?」


 春昌さんがベットの上から現川を見上げて首を傾げる。確かにこの病室のテレビで見たとき現川は師匠の拷問をしていると言っていた。


「あぁ、それはウソだよ。正弥たちには拷問してることにしてたけど、ボクは個人的に五島椿と話がしたかっただけなんだ」

「個人的に......?」

「そこは深く掘り下げないでくれ。なに、我が初めて学校に登校したときの話だよ」

「うん、そゆこと。そんなことより、今は彼杵さんの話でしょ?」


 俺個人としては師匠と現川の二人が何を話したのか、それと現川がボクっになっているという二件について深く掘り下げていきたいところではあるが。

 今は彼杵の話が重要だろう。


「でも、サヤ姉とイクミと藍衣せんせーの三人はいまここにいないしなぁ」


 この三人が受けていた拷問は俺と彼杵が我が家に到着する前に終わっていたようで、俺たちがかけつけたときにはぐったりと疲労困憊していた。

 無理に病院に運ぶよりも我が家で寝かせていたほうがいいと判断し、置いてきたのだ。

 ちなみに俺のピンチにかけつけてくれた犯罪者たち(人身商人、ひとさらい、スパイ、弁護士二人組、強盗団、詐欺師夫婦、架空請求業者先輩&社長)は救急車が来る前にそそくさと帰ってしまった。

 早岐たちは雲仙と対馬が運んでいたのを見るに、おそらくオークションに出されるのであろう。


「それを言うなら凶壱さんもいないぜ」

「あ、そっか。あの人どうしたんだ?」


 少し目を放した隙にフラッといなくなってしまう。まず何を考えてるか一切分からないような人なので、どこに行ったのか推理することも出来ない。


「凶壱さんって、誰だい?」

「ん、あぁ。なんて言ったらいいかな。かなり頭イっちゃってるサイコパスだよ。我が家に集まるメンツの中で唯一犯罪者じゃないんだ」

「ふ~ん。そんな人がいたんだ」


 現川は訊いてきたくせに興味のなさそうに気の抜けた返事をした。


「ま、仕方ない。平戸さんスマホ持ってないから連絡のしようがないし」

「そっか。んじゃ、話を始めようかな」


 現川はぽんと膝を叩き、椅子から立ち上がった。


「彼杵さんの過去、といってもボクが知ってるのは正弥たちがどうして彼杵さんにあれほどまでに心酔していたのかってことなんだけど」

「それの理由が彼杵の過去と繋がってるってことなのか」

「そういうことになるね」


 現川が窓際に移動し窓に寄りかかる。


「まず第一に彼杵さんは記憶喪失になる前、つまり女子高生のころは犯罪者じゃなかった。でもある事件を境に泥棒を始めることになるんだ」

「ある事件?」

「うん。今二十歳だから、ちょうど二年位前かな。彼杵さんの家は下町の小さな町工場でね、従業員も収入もそんなに多くなかったけどそれなりに安定していた家庭だったそうだ」


 彼杵の家が町工場だった、という新事実にそこそこ驚く。だが現川のいうある事件とやらが俺はどうも聞いてはいけないような気がしてならなかった。


「父親が工場長。母親のほうは毎晩従業員のぶんまで夜食を作るような優しい人で、一人っ子だった彼杵さんは両親からたくさんの愛情を受けて育てられていたんだってさ」

「そんな円満な家族に事件が起こったというわけか......」

「あぁ。一人の従業員が部品の発注ミスで工場に高額の借金をつけてしまったんだ」


 町工場。 

 借金。

 従業員のミス。

 俺はどうにも思い当たる節があった。


「普段どおりの工場の儲け具合では借金を返せるはずも無く、工場長つまり彼杵さんの父親は闇金から金を借りてしまったそうだ」


 闇金やみきん

 政府に貸金業者としての登録をしていない貸金業者のことである。

 本当に簡単に金を借りることが出来るが、そのリスクはえげつない。一度借りればどんどん返す金額が膨れ上がり、最後に待つのは人生の終焉だ。


「工場からは借金取りから逃れようと従業員がいなくなり、工場を動かせなくなった。余計に払うことが出来なくなったんだ」

「それがある事件ですか......」


 春昌さんが窓に寄りかかる現川を見つめて呟いた。現川は鼻から深く息を吐いて腕を組む。


「もちろんそれがショックで記憶喪失になったわけじゃない。彼杵さんの記憶喪失の原因は精神的ショックではなく外的ショックによるものだ」

「というと?」

「毎日借金取りに脅かされる両親を見て親孝行しようと思ったんだろうね。彼杵さんは高校を辞めて盗みを働くようになった」


 彼杵が盗みを働いていた理由。それは親を助けるためだった。


「で、そんな親を救うという目的で犯罪を犯すいわばアンチヒーローのような彼杵さんに憧れていたのが」

「早岐たちってわけか」

「そーゆーこと。全員未成年なんだけど、皆それぞれ親に恵まれていないというかなんというか......とにかく、正弥たちはあのメガネのやつが作った彼杵さんのファンサイトで知り合ったらしいね。で、いつか彼杵さんに会いに行こうと計画していたところで彼杵さんは事故に遭った」

「事故ってことはそれで記憶が?」

「うん。ある日彼杵さんは足を滑らせ屋根から落ちてしまったんだ。その時に頭を打って脳にダメージがいったんだろうね」

「なるほど。つまり早岐たちが彼杵さんに元の記憶を思い出させようとしていたのは、記憶がなくなる前の彼杵さんに憧れていたからというわけですね」


 春昌さんがここまでの情報を頭の中で整理するように天井を見ながら言った。それにカズが続く。


「屋根から落ちた外的ショックで彼杵ちゃんは記憶を失くしてしまったってことか」

「そ。可哀想な話だよ。親を救うために犯罪を犯した挙句、記憶をなくしてしまうなんて」


 現川は目を閉じて首を振った。

 

「ツバキちゃんはこの話もう聴いてたのか?」

「うむ。我は神哉家で先に聴いた。なんでも彼杵の両親は既に借金を返済して工場を動かしているそうだぞ」

「だけど、ご両親のなかで彼杵さんは死んだことになっているけどね」

「どうしてですか? 確か行方不明になった人が死亡したとみなされるのは七年間失踪している場合じゃ......?」


 春昌さんが現川の発言に疑問を感じたようで、問い詰めた。


「法律上はね。でも普通二年間も行方が知れなかったら死んだと思うだろ」

「そう、ですよね......」

「だったら彼杵が目を覚ましたらその工場に連れて行こう! きっと彼杵も何か思い出すかもしれない! なぁ神哉!!」


 カズは興奮気味に俺に詰め寄ってくる。

 

「ん、おい。神哉? どうしたんだ?」


 だが俺は何とも言えない。

 やっとこさ口を開いて放った言葉に、病室にいた全員が目を見開き驚いた表情を見せた。


「彼杵を記憶喪失にした原因を作ったのは俺だ......。俺が工場に借金を負わせて闇金を手配したんだ」

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