No.80 やっと会えましたね?
我が家に忍び込みサヤ姉、イクミ、藍衣せんせー、師匠を拷問している犯罪者狩りを目的としている宗教団体。
俺はリーダーの青年に指名され、もう一人彼杵が付いてきている。
「自分の家に帰ってきたってのにこんなに落ち着けない気分なのは初めてだ」
「私もです。神哉くんちは憩いの場所だったのに」
我が家の玄関前。曇り空の下、雨がポツポツと降り出してきた。
「入るぞ」
「はい......」
彼杵に一声かけ、ドアをゆっくり引いて開ける。
そして中に入った瞬間、先程病室で聞いたあの声が聞こえた。
「よ~こそ! 高天原神哉さん。そして付いてきた東彼杵さん!」
「何がようこそですか! ここはあなたおうちじゃないでしょ!」
「そう怒らないでくださいよ。俺たちはこんなに友好的に接しているのに」
フード青年は悲しそうな顔をしているが、目は楽しそうに笑っていた。
「お前たちの目的は分かってる」
「......なに?」
俺の言葉に驚いた様子の青年。
「お前らは犯罪者を狩ることが目的なんだろ?」
「......」
青年は無言。俺はそれを肯定ととらえて続ける。
「犯罪者を狩ることで真の平和を目指している。違うか?」
「......」
「でもよ、お前らのやってることも犯罪なんだぞ。自分たちのこと棚に上げて、平和なんて作れるわけねぇ」
ここ数ヶ月の間らしい。真の平和を望む宗教団体が存在し、世界中で犯罪者たちを狩っているという噂が流れたのは。
こいつらもきっとそうだ。だが、こいつらのしていることだって犯罪の一つ。それなのに俺たちだけが痛い目に遭うのはどうしても気に食わない。
どれほどまでその宗教としての信仰心があるのかは知らないが、ここはそれを気付かせることで和解を申し出るしかない。
「ふっ......、フハハハ!」
「な、何を笑ってんだ!」
「いや、俺たちがその宗教だってのは大間違いだぜ? そのくせにお前らのやってることも犯罪とかすまし顔で言っちゃっててさwwww。すげぇ面白いんだけど」
腹を押さえながらゲラゲラ大爆笑する青年。
大間違い、ということはこいつらは俺の考えていた宗教じゃない?
「あー面白い! 俺たちはよ、そんなご大層なご立派宗教なんかじゃない。もっと崇高な目的があるんだよ!」
「崇高な......目的?」
「あぁ、そうさ。俺たちの目的、それは......」
そこまで言うとリビングのほうから四人の男女が出てきた。
フード青年の横に二人ずつ並び、そして。
ひざまずいた。
「
「......ふぇ? えぇぇ!?」
突然自分に
彼杵も意味が分からないようだ。もちろんのことだが俺も意味が分からない。
「ど、どういうこと......?」
「そのままの意味でございます。彼杵さま、あなたは過去の記憶を失っていますね?」
「何でそのことお前らが知ってるんだ!」
「チッ、今はあんたと話してるんじゃないんだよ。
青年が横で傅く筋肉質の男、春昌さんとカズをボコった男が立ち上がり俺に近づいてくる。
「今は
「ぐっ......!」
万津は俺の胸元を掴み、地面に叩き付けた。
早岐という名のフード青年も床で仰向けになって身動きが取れない俺に歩み寄ってくる。
「俺が大事な話をしてるんだ。あんたみたいなゴミクズ以下のしょっぼい犯罪者は黙ってろよ!!」
「ぐはっ!」
「神哉くん!!」
早岐の蹴りが俺の腹に入る。
「危害は加えないって、言っただろ......?」
「あぁ、だけど気が変わった。
「了解です」
メガネの男が奥の部屋に姿を消した。それを見送ると早岐がまた話し出す。
「彼杵さま、我々は過去の彼杵さまに感動を覚え集った者たちです。どうか、記憶を蘇らせ我々を先導していただきたいのです!」
「私の過去に感動? 意味が分かりません! 早く神哉くんを離して!」
「いいでしょう。おい、万津。彼杵さまを神船の装置に拘束しろ」
「任せろ」
万津は俺から手を離し、彼杵を肩に担ぎ上げた。ちょうど神船もたくさんのコードがのびた椅子を押して来ており、彼杵をその椅子に拘束する。
神船が彼杵の頭にヘルメットのような帽子を取り付ける。
「や、やめて! 何するんですか!!」
「神船の作った電気ショックを脳に与える、いわゆる電気ショック療法の装置です」
「お、おい! お前それで何する気だ! まさかそれで記憶を戻すなんていうんじゃないだろうな......!
記憶喪失の人間に電気ショック療法を施しても無駄だ! むしろその逆で記憶が消えて―――」
「んなこと分かってるよぉ~! 私たちは彼杵さまに過去に戻って欲しい。だったらジャマになるものは何か?」
「記憶喪失になった後の記憶! つまりあんたたちゴミクズ犯罪者たちと会ってしまった記憶がジャマになる。だから記憶喪失になってからの記憶を消しちゃえばいいんだよ!」
黒衣の女と厭らしい笑みを浮かべる女が俺の言葉を遮って言った。
こいつらは記憶喪失になった後の彼杵の記憶を消すことで記憶喪失になる前の彼杵に戻るって言いたいのか!?
そんなの......。
「あまりにも無茶苦茶だ!! 成功するはずがない!」
「それはどうかなぁ? 失敗するという根拠もないだろ。我々は一刻も早く過去の彼杵さまにお会いし、そして我らのリーダーになっていただきたい。ならば策を講じている暇などない! やれ、神船!」
「ま、待て!」
まずいまずいまずい!
このままじゃ彼杵がヤバい!
こいつらは本気で彼杵に電気ショックを与えれば現在の記憶が消えて過去の記憶が戻ると思ってやがる。
それにこいつらの彼杵への異常な信仰心は一体何なんだ。過去の彼杵に感動したということは過去の彼杵のことを知っているということ。
出来れば話は聞いておきたいが……。
いや、今はそんな悠長なこと考えている場合じゃない。一刻を争う。
「さて、彼杵さま。電気ショックが頭に走る瞬間痛みを感じるでしょう。ですが、それも一瞬です」
「ひぃっ! さ、触らないで!」
早岐が彼杵の頬を撫でながらニッコリ気色悪い笑みを浮かべる。
「それが終わればあなた様は過去のあなた様に生まれ変わる。いえ、過去の彼杵さまの復活なのです!」
「い、いや! 私は昔のことは思い出したいです。でも、神哉くんたちと出逢えたことを忘れたくはない!」
「残念ですが彼杵さま。もう遅いですよ。神船、スイッチを入れろ!!!」
「待て、ヤメろ!」
俺は彼杵の頭の電気ショックのスイッチを入れようとする神船を止めようと駆け出したが、万津に前を立ち塞がれる。
チクショウ! もう間に合わねぇ!
と俺がそう諦めた刹那。
神船がスイッチを押した瞬間に室内が真っ暗になった。
「まさか、ブレーカーが落ちた!?」
ブレーカーが落ちるほどの電気とは、どれほど強い電流だったのだろう。
「万津! ブ、ブレーカーを付けろ!」
万津に命令を出すが、返事はない。
「おい! どうしたんだ!? 万津? 心野? 母ヶ浦? 神船?」
早岐の呼びかけに仲間たちは一切反応を示さない。
ま、それもそのはずだ。
こいつの仲間たちはみんなこの一瞬の隙にやられたからな。
「な、何だよこれ!?」
「おいおい、みんな。遅いって。マジで焦ったじゃん」
「悪いのぉ。なかなか出てくるチャンスがなかったんや」
「…………助けに来てやった……感謝しろ」
相変わらずエセっぽい関西弁を話す人身商人、雲仙とそのペア人さらい、対馬。
サヤ姉の人身売買の際に知り合い、その後も幾度と顔を合わせてきた。
「もぉ〜、ゴットさん人使いが荒いですよぉ〜。任務外でこんなに汗かくなんて……」
こののほほんとしたほんわかオーラのおバカ女はMI6新人スパイ、ガブリエル・ライリー。
俺を未だに日本の凄腕スパイだと思い込んでいるおバカさんだ。
「ちょっと松浦先生! 男でしょ、抑えてくださいよ!」
「女乃都の体重で十分だろう。私は乗るなら女性がいい」
「はぁ!?」
オールバックで真っ金金の派手なスーツを着ているのが違法弁護士、松浦綾平。
そして寝癖みたいなアホ毛を頭に立てている普通のポンコツ弁護士、女乃都マヤ。
二人ともカズの裁判騒動で知り合った。
「俺たちも落ちたもんだな。友人の頼みでひょいひょい助けに来ちまうなんて」
と口髭をいじりながら後ろの部下たちに言うのは、平戸さんと初めて会った時に起こった強盗事件の強盗団ボス。
いつ見ても小者臭がすごい。
「俺と菜奈実にいたっては友人でもなければ仕事仲間でもないぞ?」
「バカ、多良見! ここは友達ってことでいいんだよ!」
みたいな結構傷つく会話をしているのは詐欺師夫婦の多良見と大瀬戸菜奈実。
こちらもカズの裁判騒動で知り合った。
「俺と社長は元社員のよしみだからな! 高天原、だいじょぶか?」
「腹を蹴られるぐらい、私の子供の頃はよくあったけどねぇ」
最後に優しくしてくれたのは俺が架空請求業者だった時の先輩と社長。
辞めた今でも仲良くしてくれている。
「な、なんで急に!? 意味がわからねぇよ!」
早岐は突然現れた犯罪者に仲間を抑えられ驚きを隠せないようだ。
腰を抜かしてへたり込んだ。
「いいかフード青年。こいつらはお前らの言うようにゴミクズ犯罪者かもしれない」
「……あぁ、お前らなんて彼杵さまの足元にも―――」
「でもな、こうして束になればお前たちガキンチョは一発KOだぜぇ?」
俺は調子に乗って早岐を苛立たせるような口調にした。
しかし、ついさっきまで優位に立っていたが一気に窮地に立たされた人間の感情とは侮れないもので。
早岐は突然立ち上がりポケットからナイフを取り出した。
「うああああああああ!!」
「え? ちょ、私!?」
「やっべ。彼杵、逃げろ!!」
だが、俺の祈りをこめた叫びが叶うことは無かった。
正気を失った(元々イカれていた)早岐はナイフの先を彼杵に向けたまま突進。勢いそのまま彼杵の腹にナイフは突き刺さってしまった。
「彼杵さま、俺と死んでください!!」
「た、助け、て......」
「彼杵!」
彼杵は腹から血を流し地面に倒れこむ。そのうえから早岐が彼杵を仕留めるべくナイフを振りかざす。
ダメだ、彼杵は流血がひどくて動けそうにない。後ろの皆は対馬が小型銃を構えているが、今撃っても間に合いそうにない。
絶体絶命と思ったその時。
「正弥、あんたやり過ぎよ」
「グァッ......!」
早岐の後頭部に金属バットが叩きつけられた。早岐は呻き声を上げナイフを落とし倒れた。
早岐を叩いて彼杵を救った人物を見て、俺は驚き声を大きくする。
「
「......うん。君は誰?」
「現川よ、彼は我の弟子だ」
「あぁあなたがそうなんだ」
現川一夏はどうでもいいといった様子で鼻を鳴らす。
「あ、そんなことより彼杵! うわっ、出血の量がヤバイ!」
「安心しろ。今救急車を呼んだ」
師匠が彼杵の傷にタオルを巻いて少しでも流血を防ごうとする。
「ごめんなさい。ボクが正弥たちを正気に戻していれば......」
「現川?」
「正弥の代わりにボクが彼杵さんの過去を話してあげるよ。きっと正弥たちがどうしてあそこまで心酔していたのかわかるはずだから」
彼杵の過去。
それを意外なところから聴けることとなったのだった。
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