No.59 何故何故何故何故何故何故?
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
いくつもの路地を曲がり、息切れしながらも全力疾走で目的地を目指す。
目指す先は、もちろん師匠の学校。実は俺の母校でもあるのだが、まさか二日連続で向かうことになるとは。同窓会なんぞ行くつもりも無かったし、二度と足を踏み入れることはないだろうと思ってたんだけどなぁ。
しかし、数分走っただけでここまで疲れてしまうなんて予想できなかった。
「クッソ! 俺も体力の衰えがハンパじゃねえ!!」
喋ることで余計に体力使ってしまうのだが、そんなことに気付きもせず。ただひたすらに師匠の身を案じていた。
ギリっと歯を噛み締め、ポッと言葉を漏らす。
「俺の周りにゃ、犯罪者しかいねえのかよ......」
それは遡ること三十分ほど前。
藍衣せんせーの言った『今すぐ学校に走った方がいい』というところから始まる。
「どういうことすか? 走ったほうが、いい?」
「えぇ、その学校って街と反対方向にあるあの中学校でしょう♡♡」
「そーですね。ここらの地区はそこが校区内なんで」
「そこでね、私スクールカウンセラーやってたの」
「え!?」
スクールカウンセラーというのは、生徒の悩みを聞いたりして少しでも精神状態の向上を図る職だ。
藍衣せんせーは元心理学者でもある。学校から呼ばれて副業的な感じだったのだろう。
「でもね、丸一年経って新学期になったときに、私は学校から追い出されたわ」
「追い出された?」
そのちょっと乱暴な物言いに、彼杵が首を傾げる。
「校長が替わったのよ。前の校長が定年で♡♡」
「はぁ。でもそれの何が藍衣せんせーを追い出す理由になるのか分からないんですが」
「あなた、まだ分からないの?」
呆れたように額に手をやりため息をこぼす。こういう呆れるみたいな人間らしいところが出る感じ、やはり平戸さんほどサイコってないな。
「その新しくやって来た校長ってのが、高天原くんが昨日会った菰田なのよ♡♡」
「あ、なるほど!!」
はいはい、そういうことね。話が繋がったわ。やっと理解できた。
確か菰田校長はそのスクールカウンセラーも担当していると言っていた。それで藍衣せんせーは必要がなくなったから、追い出したってことだな。
............なんか、おかしくないか?
「何ですかそれ。その校長が藍衣せんせーの仕事を取る意味が分かりません」
「うん、俺も思った。校長って役職があるってのに、なんでカウンセラーまで引き受けたんだ?」
校長先生というのはあれで意外と忙しい。いや忙しさで言えば教頭の方が忙しいようだが、出張だったりいろんな決定事項を出したりだとか責任は全て校長に回ってくるのだ。
はっきり言って気が重いだろう。
そんな中、何故自分から一つカウンセラーという仕事を取ったのか。
「理由は一つ。菰田は、人さらいだからよ♡♡♡」
「はあ!? 菰田が、ひとさらい!?」
藍衣せんせーの言葉に口を大きく開けて驚いてしまった。
ちなみに、人さらいとは人身売買のための人間をさらってくる犯罪者の事である。人さらいがさらって来た人間を買い取り、売る仕事は人身商人と呼ばれる犯罪者が行うのだ。
「校長直々に解雇って言われちゃってね、変に思ったから調べてみたの♡♡私もそれなりに裏の業界じゃ顔が広いからさ」
「で、調べてみた結果が人さらいだったと?」
「そうね♡♡♡それもさらう人間は生徒ばっかりなのよ♡♡」
「カウンセラーとして生徒に接近して、さらうってことですか」
「たち悪いわよね~♡♡♡カウンセラーやっていれば一対一で話すからさらいやすいんでしょうね」
おい、ちょっと待て。
ということは昨日のアレも!?
「あ、神哉くん!?」
「うふふ~♡♡♡いってらっしゃ~い」
藍衣せんせーのお見送りの手振りを見たのが最後、俺は我が家から勢いよく飛び出していた。
どこかも分からない暗い部屋で、わたしは縛られていた。
気味の悪い卑しい顔で菰田はわたしに触れる。
「この美しい白髪、白い肌、青い目!」
「や、やめろ! さっ、触るな!!」
「良い感じに嫌がってくれるねぇ。商人が来るまで時間もあるしなぁ、一発くらいヤっといても価値は落ちねえだろ」
おっと、こりゃホントにマズイようだ。
菰田はベルトを緩め、ズボンを下ろしたところで、わたしは今更ながら恐怖で震えだしたのだった。
「お前みたいなエロい女の子とヤれるなんて、人さらいやっててよかったなぁ」
「ひぃっ、寄るなぁっ! 殺すぞ!!」
下半身丸出しの状態で、黒々しいモノをわたしに突きつけて来る。逃げようにも足も手も縛られていて何も出来ない。無様にも足をモゾモゾ動かして後退するが、すぐに菰田が迫ってきた。
「逃げられるとか思うなよ~? 今日の日のために、俺が何日溜めたと思ってんだよ~」
「や、やめッ。こっち来るな!!!」
「そのなっがい髪でシコってもらおうかなぁ」
ペチペチとモノをわたしの頬に当てる菰田。強烈な悪臭に頭がおかしくなりそうだ。
「それとも、手か口か......。よし、口開けろ」
「はっ!? イヤだ、イヤだイヤだ!! 気持ち悪いぃ!!」
「おいおい、どこ行くんだよ~。逃げられねえって言ってんだろぅ?」
ベットから転げ落ちてイモムシのように必死で逃げる。だがすぐにねっとりと粘つくような不快な声がわたしを追ってくる。
「ほら、どこ行くんだぁ?」
「うわぁぁぁ! もうくるなぁ」
おそらく相当惨めで情けない姿だっただろう。半泣きになって犯されそうになっている女子中学生の構図なんて見た事無い。
刹那、逃げるわたしはガツンと何かにぶつかった。つまるところ、ゲームオーバーだ。
「残念~行き止まり~~。さぁていい具合に反ってきたし、味あわせてもらうよぉ」
「ヤメ、ヤメテぇ! ごめんなさい、許してよ! もうヤメテよぉ、助けて!!」
「哀れよのう。......だけど、売買されればこんなの毎日だと思うぜぇ?」
イヤだ、もうイヤだ。どうしてわたしが。何で、理解できない、したくない。
ターゲットにされるようなヤツは他にもいたはずだ。
いや、むしろあの女のほうがこんな目に遭えば良かったんだ!
どうしてこうなった。わたしは何を間違えた。
犯罪者だから? 不登校だから? 生意気だから? 社会の敵だから?
人に迷惑をかけてきたから? 社会に必要とされる存在じゃないから?
アルビノだから? ネット依存症だから? 体力が無いから?
背が低いから? 目が青いから? 見た目がこんなだから?
マナーがなってないから? 礼儀が分からないから? モラルがないから?
何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故? 何故?
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「我の、何が悪いんだよぉ」
「悪いのは、お前の運勢だと思うぜぇ?」
「いや、師匠は何にも悪くない。悪いのはお前だ、よっと!!」
「ぐぁ!?」
「............ふぇ??」
突如何が起こったのか分からなかった。
先程まで余裕かましていた菰田が、突然うめき声を発して倒れたのだ。
いや、その少し前に聞こえた声。
聞き慣れたツンツンしていながらも優しい雰囲気の声音。
「神哉!?」
「師匠。......良かった。無事で、ホント良かったぁ!!」
暗い部屋に目が慣れてきて、見えたのはやはり我が居候している家の家主。
そして我の元弟子。いや、我の中ではいつまでも自慢の愛弟子だ。
我は神哉に抱きつき、神哉を何度も何度も呼んだ。
「神哉! 神哉ぁ!! 神哉神哉神哉ぁ!!」
「はい、俺はちゃんといますよ」
「怖かった、怖かったよぉぉ!!」
「ねぇ、師匠?」
「グスっ、......なんだ?」
「俺を弟子にしてくれませんか?」
「っ!!!」
「一番弟子は辞めさせられたそうじゃないですか。二番目は、俺にしてくれませんか?」
「............あぁ、もちろんだ。あ、いや違うな」
我はあの日のことを思い出す。あの日、一番弟子だった男が始めて我が店にやって来た日。
あの時はこんな感じで弟子を取ったんだ。
たった一言。めんどくさかったから、テキトーにこんな風に。
でも今回は違う。心をこめて、笑顔でこう答える。
「いいよ!!」
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