No.53 ネット詐欺師ブチ切れであります?


 時は流れ、放課後。まだまだ暑い日差しの差し込む教室に、椿は一人残っていた。

 

「(現川うつつがわ一夏いちかに残っていろと言われたが、当の本人がいないではないか)」


 待っている時間、スマホをいじりながら椿は考える。HRが終わって十分ほど経つのだが、HR中に同じクラスであるはずの一夏は教室にいなかったのだ。


「まさか、自分で残れと言っておきながら忘れたというのか!?」

「そんな訳ないでしょ。ちゃんと来たし」


 椿の予想ははずれ、教室の後ろ入り口から一夏率いる女生徒グループが入ってきた。スクールカースト制度とは不思議なもので、上位グループの生徒は基本顔が整った人間ばっかりだ。一夏のグループもそうで、一夏ほどではないが皆、顔立ちは整っている。


「それで、一体なんの用なんだ?」

「まぁまぁ、そう結論を急がないで。ちょっと一息つかせてよ」


 そう言って椿を囲むように一人一人席に着く。椿の身長が低いのもあるが、何とも威圧的な雰囲気である。

 が、一夏はそんな雰囲気を壊すように柔和な表情で椿に話を始めた。


「あのさ、五島さんすっごいモテるよね~。今日も昼休みめっちゃ告られてたし」

「ホントだよね~。五島さんマジカワイイ~」

「それ地毛なんでしょ? 羨ましいな~」


 ここぞと言わんばかりに、それぞれが思い思いに椿のことを褒めだした。


「そ、そんな我がモテるなんてありえん!」

「でも、事実めっちゃ告白されてたじゃん」

「それはそうなのだが、我と一度も喋ったことなかった人たちだしなぁ」

「だから、全員フッたんだ」


 その言葉が発せられた瞬間、教室内の温度が下がったような感覚に襲われた。場の空気が一気に変化したのだ。


「い、いやフッたというか。当たり前じゃないか?」

「当たり前?」

「相手のことを全然知らないのに告白されても、すぐには付き合えんだろう。それに、我は誰かと付き合うとしちゃダメなんだよ」


 もちろん今後誰かを好きになることはあるだろう。だが、椿はその人と付き合ったりだとかそういう関係になるつもりはない。自分が犯罪者であるがゆえに、それだけはハッカーを創めた時から決めていたことなのだ。

 だが、椿が犯罪者であると知らない者にとって、先程の椿の言葉はひどく不愉快に感じてしまう。


「は? 何それ。自分がカワイイからって調子ノってるようにしか見えないんですけど」

「それな~、今のマジムカつくわ~」

「私らのこと、舐めてんの?」

「......ちょ、どうしたのだ急に! 何をそんなに怒っているんだ」


 突如として罵倒を浴びせられた椿には、何故一夏たちが憤怒しているのか理解できなかった。純粋に椿が何故かと問いただしてみても、それさえ一夏グループの怒りの着火剤となってしまう。


「マジウザいんだけど。何、とぼける気?」

「あ~ムッカつく! 最初は仲良くしといて、後から一気に攻めるつもりだったけど。もういいや」

「なっ! じゃぁ、さっき我のことを褒めてきたのも考えがあっての話だったのか!?」

「当たり前じゃん。あんた分かんないの? 自分が三年の女子勢に嫌われてんの」

「え......」


 そんなこと椿には知るよしもない。学校に来たのは今日が初めてなのに、何故嫌われているのか。


「クラスの男子どころか、他クラスの男子たち皆が今日一日あんたの話で持ちきりだったのよ。『カワイイ』だの『天使~』だの、ウッザ」

「だが、それで我を追い詰めるのはおかしいだろう!」

「バカじゃないの? あんたが学校来たからこうなったんでしょうが」

「五島さん、昼休みに一夏の友達に告白されたでしょ。それ、私が好きな人だったんだよ!! ヒドイよ、もう私あいつに告白出来ない」

「......ひ、ひどい? 我が?」


 余りにも理不尽な暴言に椿は困惑する。その女生徒は泣き崩れ、グループの一人が背中をさする。まるで、さも椿が悪いみたいな空気になっていた。


「そのうえさぁ、あんた正弥まさやに色仕掛けでもしたの?」

「は?」

「正弥があんたに優しく気遣う意味が分かんないって言ってんのよ。彼女の私がいるってのに、今日はあんたばっかり気にしてたんだし。あ~も! マジムカつく!」

「イタッ!」


 ついに一夏は椿に手を出した。思いっきり振りかぶった掌は、椿の頬に直撃する。小柄な椿はそれだけで、教室の後ろのスペースまで吹っ飛んだ。

 一夏たちはゆったりと席を立ち、椿の元に歩み寄る。一夏が倒れる椿の胸元を掴み、無理矢理起こす。そして、これまで聞いてきた中で一番に低い声でこう言った。


「人の男奪ってんじゃないわよ、このドロボウネコが。殺されたいの?」

「殺すなどと、簡単に、言うな......」

「はぁ!? マジ意味分かんないんですけど。だいたい、何なのその喋り方。一人称『我』とか爆笑だわ」


 一夏が言うと、周りに立っている女生徒たちも下品に大口を開けて笑った。ことごとくバカにされる椿のメンタルはすでに崩壊寸前であった。


「あんたみたいなヤツはね、永遠にお家に引き篭もっとけばいいのよ」

「我の事情も知らんで、我に指図するな!!」

「何なの~。超強気じゃ~ん。どーする、一夏~?」


 終始ニヤニヤと笑っている女生徒が、一夏に笑いかけた。人一人を追い詰めているような表情ではなく、アリを踏みにじって遊ぶ無邪気な子供の顔。それがひどく恐ろしく感じて、椿は鳥肌が立った。


「脱げ」

「え?」

「服、全部脱いで。写真に収めてあげるわ」

「な、お前は何を言って、」

「さっさと脱げよ!!」


 今度はまた違う女生徒に顔をはたかれた。一夏ほど強くはなかったが、それでも椿の心身ともに傷付くことに変わりない。

 椿は涙を堪えながら、制服のボタンに手を掛けた。


「......」

「あら、えらく素直じゃない」

「そうだ、もう脱ぐとこから動画撮っちゃおう! で、ラインのグルチャにでも送れば男子皆喜ぶんじゃない?」

「ヤダもう、喜ぶってどーゆーことよー」


 キャッキャと黄色い声を出しながら、楽しそうにスマホで椿の脱衣を動画に撮りだす。

 上半身が露になり、スカート、下着と順々に脱いでいく。

 そして全裸の状態になり、椿は涙を目に溜めながら胸と股間を腕と手で隠す。


「ちょっと、何隠してんのよ」

「手、どかせよ!」

「うっわ、めっちゃ真っ白じゃん」

「毛も全然生えてないし。何かムカつくわ」


 何をしてもムカつくというこの女たちに、椿はこれからどうなるのかという不安で壊れてしまいそうだった。そんな震える椿を見て、一夏はニヤリと笑い言った。


「ん~、今度はオナニーしてよ」

「そ、そんなの無理だ!!」

「はぁ、何言ってんの? あんたに拒否権とかないんですけど」

「......」


 椿が覚悟を決めて自分の下腹部に手を持っていった時だった。

コツコツコツ

 と遠くから足音が聞こえてくる。その足音が徐々に近づいてくることに覚り、一夏たちは急いでカバンを持ち教室を出て行こうとする。


「この動画、拡散されたくなかったらもう二度と、学校に来ないで」


 一夏はそう冷たく言い残し最後に教室を後にした。

 椿は足の力が抜け、ペタリとその場に腰を下ろす。


「う、うぅ......」


 一夏たちがいなくなったことで安堵感が生まれ、椿は嗚咽を漏らした。その勢いは止まらず、恐怖と絶望で出来た涙が溢れ出てくる。


「......うぅっ、ふぇぇぇーーん!」


 



 師匠がたどたどしくつっかえながら話してくれた内容は、とてもひどいものだった。余りにも理不尽極まりない。


「つ、ツバキちゃん......」


 彼杵が何て声をかけていいのか分からないのか、師匠を呼んで抱きしめた。


「我はっ......グスっ、学校に行っちゃダメなんだよな......」

「そんな事ないよ! そんなこと......」


 彼杵も師匠につられて涙を流した。元々涙脆いヤツだったが、確かにこの話は聞いているこっちも耳が痛い。そんな全員どうしたら良いのか分からない状況で、ただ一人飄々としているヤツがいた。


「でもさ~ww学校行ったら動画ばら撒かれちゃうんでしょww? だったらもう学校行けないでしょ。ね? 神哉くん?」

「......」


 師匠に同情するよりも、俺は師匠をそんな目に合わせてヤツらに復讐する事しか考えていなかった。

 こんなに怒りの感情が沸いてきたのは産まれて初めてかもしれない。


 次はネット詐欺師が学校へ!?

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