第十六罪
No.48 引き篭もりハッカーは学校に行きたい?
不登校。
それは文字通り、学校に登校していない生徒のことを指す。病気により学校に行けない場合と自分から学校に行くことを拒むという二パターンに大きく分けられる。病気が原因で学校に行けない生徒は、学校に行くことになんの抵抗もない。
だが、自分の意思で学校に行っていない生徒はその逆なのだ。何かしらの学校に行きたくない理由がある。その理由は様々で、『いじめ』や『サボり』などなど。
特に不登校になりやすい時期というのが、中学生らしい。ここ最近ではクラスに一人はいてもおかしくない状況になっているようだ。そんな不登校生を一番に心配するのはもちろん、保護者であろう。親御さんたちは、自分の子供がどうして学校に行きたくないのか追求する。
しかし、思春期真っ盛りの中学生にとって、親という存在は近くにいる他人として考えている。つまり、甘えたいのだが甘えられない、親身になってほしいが頭のどこかで親離れしなければいけないという気持ちがあるのだ。よって不登校生は親にどうして学校に行かないのかと訊ねられても、言葉を濁してしまう。
『いじめ』が原因であれば、なおのこと親には言い難いだろう。
だが、親だってバカではない。自分の子供が『いじめ』にあっていることに、いずれ気付くときが来る。そんな時、親がどのような対応をとるかによって、その子供の今後も変わってくる。
心を鬼にして学校に行けと言うのか、はたまた子供可愛さといじめさせたくなくてそのまま不登校にさせるのか。
俺自身、学校に行くことに対して抵抗があった訳でもない。友達も多いほうではなかったが、いることはいたし、勉強することが好きだったから。そんな俺は恵まれているのかもしれない。
学校に行きたくても行けない人、『いじめ』が怖くて、病気で、つまらなくて、体罰に遭って、授業に着いていけなくて。
だから、学校に行くことに抵抗がない人やむしろ学校に行くことが楽しみだという人は、少しでもいいから不登校の子の気持ちを考えてみて欲しい。そして教えてあげて欲しい。
学校が楽しいところだと。学校に来ないと立派な社会人になれないんだと。
我が家の居候、十四歳にして天才ハッカーである
「みたいな感じっすかね。俺が思う不登校の子へ思うことは」
「ほっほ~ww。結構マジメに考えてるんだねwwww」
「それ思った。神哉自体引き篭もりだから、『不登校の何が悪い!!』とか言うと思った」
「俺は学生の頃はめちゃめちゃ優等生だったんだよ......」
いつものように我が家のリビングにて。本日は平戸さんとサヤ姉の二人と酒を呑んでいる。
何ゆえに、不登校の話をしていたかというと、さっき見ていたテレビ番組で不登校生徒についてのドキュメンタリーがあったからだ。小さい頃に学校にトラウマを持ち不登校になった子が、何とか頑張って学校に行こうと奮闘する内容だった。
いつもはバラエティーを見ながら、ぐだぐだと中身のない話をして盛り上がっているのだが、今日はそのドキュメンタリーを三人静かに見た。
その後、止まっていたグラスを持つ手を動かすのを再開し、自分が思う不登校生についての語り合いとなったのだ。
「やっぱり、一番多い理由って『いじめ』なのかしら」
「それに限ったことじゃないだろうけど、不登校になる要因なんだろうなー」
「よく言うよね。自分はいじめているつもりはなかったんだけど、その人はいじめられていると感じていたって」
いじめている人間はいじめている意識が無い。確かによく聞くな。無意識でいじめてしまっていたのなら、改善のしようがある。だが、悪意があり自分でいじめているという意識があっていじめるヤツは、そうそう更正しないんじゃないだろうか。
「凶壱くんはどう思う? いじめについてさ」
「ん~wwwそうだなぁw。神哉くんみたく、マジメに答えるとするならば......」
サヤ姉の問いに、人差し指を顎に当てて考える平戸さん。すぐにニヤっと笑みを浮かべて話し始めた。
「僕はもちろん、『いじめ』は絶対にしちゃいけないと思うよ。でも、人間が生きている限りなくなることもないんじゃないかなw。人間、自分より下がいないと不安になる生き物だからね。それに、僕が学生だったらいじめられている子を助けてあげられないと思う。どんな人間にも、もしいじめられている子を助けたり庇ったりしたら、次の『いじめ』の標的は自分になるんじゃないかっていう気持ちがあるはずだwww」
「なるほどな......」
「だからねwww、全員がいじめられるような『負の要素』を出さないようにして、その他の人間が一人一人の『
平戸さんは俺の考えていたよりも、それらしいことを言った。らしい、というのは平戸さんが感情を持たないために実際はそんなことは微塵も考えていないからだ。この人は、感情が無いけれど人の深層心理は知り尽くしている。
変な話というか矛盾しているような気もするが、素の無意識の状態で人が何を思い何をしたいのか感じ取れるのだ。サイコパスは人の心に入り込む術に長けていると聞くが、このことなのかもしれない。
「サヤ姉は? 俺、サヤ姉の学生時代のことよく知らないな」
「そうね。確かに彼杵ほどではないけれど、あたしも自分の昔話はしないからね」
おぉ、サヤ姉も感じてたんだな。彼杵が過去のことを一切話したがらないこと。
「聞きたいな~、サヤちゃんのピチピチJKだった頃の話~www」
「今でもピチピチと言いたい所だけど、そうもいかない歳ね。オッケー、分かったわ。話してあげる」
自分の肌をさすりながら、サヤ姉が悲しそうに言った。ま、今年でまた三十路に近づくからね。
「あたしが、高校生の時ね。クラスで『いじめ』があったの。暴力とか嫌がらせとか、そんなんじゃなくてね、もうひたすらに無視するのよ。気弱な感じの背の低い男の子だったわ。あたしはそんなことより、人身売買のための人間のことしか頭になかったんだけどね」
そこで言葉を区切り、くいっとグラスを空にした。グラスを置いて、また話し始める。
「その男の子のことに全然興味なかったし、喋ったこともなかったからさ。普通にしてるだけでいじめている連中の一員みたいになっちゃったの。結局あたしも怖かったのよね。凶壱くんの言うように、次はあたしがいじめられるんじゃないかって」
「ふ~んwww」
「そんな時、あたしの仲の良かった友人とまではいかない女の子がいたのよ。バカみたいに正義感が強くてね、教室の真ん前で『この子のことをいじめるのはやめなさい!』って言った。で、次の日はもちろん、その女の子がいじめられるようになったわ。......あたしは心の中で葛藤してた。次はあたしがあの子を助けてあげる番、でも助けたら次いじめられるのはあたしの番だってね。結局、何もしなかったわ」
「なるほど......」
「でもね、この話にはまだ続きがあって......」
そう言って、酒を注ぎ足すサヤ姉。俺と平戸さんにも注いでくれた。
「今度は昨日までいじめられていた気弱な男の子が、自分を助けてくれた女の子をいじめる側についたのよ。あれはあたしも驚いたわね。『あぁ、やっぱ人間って自分のこと一番なんだな』って」
「......ひどい話だな」
「いや、空気おっもww。僕もっとサヤちゃんのお色気話が聞きたかったな~www」
相変わらず空気の読めない人だ。いや、あえて空気を読んでいないのかもしれない。いやいや、待て待てこの人はなーんにも考えずに生きてるような人間だ。場の空気を読めるはずない......うーん、平戸さんの謎は深まるばかりだ。
「しっかし、俺もこんなこと考える歳になったんだなー」
「夏には二十三でしょ? ツバキちゃん的には、自分のことを師匠と慕うお兄さんが、おじさんになっていく感じなんじゃないwww」
「師匠も歳はとりますからプラマイゼロっすよ」
「そーいえばさ、ツバキちゃんって今年の春から受験生よね」
「え? もうそんな歳!?」
「だって去年十四歳だったわよ? 今年は中三じゃない」
マジかよー。師匠もう受験生なのか。
あれ、でもさ......、
「出席日数って足りてるのかな......?」
俺が純粋な疑問を二人に投げかけた瞬間、リビングのドアが大きな音をたてて開いた。見てみるとそこには、
「師匠。なんすか、その格好......」
「見て分からんか、神哉よ。我、決めたぞ」
「な、何を?」
嫌な予感しかしなかったが、一応訊いてみた。
すると師匠は、ニヤリと不敵に笑い、中学校の制服のスカートをヒラヒラさせながら言った。
「我、学校行く」
次はあの師匠が学校に!......行けるのか?
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