マリネ

元とろろ

第1話

「晩御飯、マリネだった」


 違う。言いたかったのはそうじゃない。


「マリネは好きでしょう?」


「ええ、好きよ。美味しかった」


 マリネも、ね。

 暗い部屋の中、シャーリーの顔は見えない。それでも彼女には私の考えも表情もわかるみたい。私だって、あなたがいつも通りに優しく笑ってくれるのはわかってる、けど。

 私は察して欲しいんじゃない。言葉で伝えたい。


「ねえ、スシって作れる?」


「スシ? スシが食べたかったの?」


「うん」


 それは本当。食料品の買い物は普段任せきりにしているくせに、私がライスビネガーを買ってきた理由。


 でも、これももっと早い時間に言うべきだったこと。今言いたかったことじゃない。


「じゃあ作り方を調べてみるわ。お酢はまだ沢山あるから、明日はスシにしましょうね」


「うん。シャーリーはスシのお魚、何が好き?」


「ううん、トゥーナは何が好きなの?」


 多分、今は困った笑顔。シャーリーは何でも好き嫌いなく食べる。何でも美味しく作れるから。


 それは食べ物に限ったことじゃない。これが好きだとか、あれは嫌いだとか、シャーリーはあまり話さない。


 今までにあなたが好きだと言った物。マリネだとか、メインクーンだとか、カメリアだとか。


 全部、前に私が好きだと言った物。


 私達、本当に気が合うってこと? それともあなたが合わせてるだけ?


「私はね、ツナが好き」


 あなたの気持ちを確かめられず、また先に答えてしまう。


「私もツナは好きよ。明日はツナを買って来ないとね」


 温かい手が私の頭を撫でる。もう遅いから眠りましょう、という合図。


「スシは素手で作るって知ってる?」


「ビニールの手袋くらいはつけるでしょう?」


 本当に暖かい手。瞼が重くなる。


「ううん。素手」


 口に出せるのはこれが限界。


 変わった料理。知らないコックなら気持ち悪い作り方。あなたの手ならそうじゃない、なんて。


「私も、ツナが好きよ」


 それが私に合わせた答えなら、きっと私の言葉はまた察されたのだ。

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マリネ 元とろろ @mototororo

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