夢、記憶装置

 夢と記憶の断片が脳内に散らばる。ふいに音がする。変な音だと僕は思う。そうだった。僕はまだ夢の中にいた。過去という夢の中に。


 ヴァーチャルリアリティーの装置を頭につける。視界を覆い、ヘルメットの顔側だけみたいなやつだ。ベッドに横たわる。緊張で電源を押す手に汗がにじむ。僕はそっと電源を入れた。


 装置が作動し始める。そしてスイッチをゆっくりと慎重に押す。瞬間目の前には過去の映像が広がる。そして意識は過去の世界へと埋没していく。


 どうして僕はこんなに嫌われるのか。学校に行く前に部屋の中でそんなことを考えた。部屋で制服を着て、親がアイロンをかけた白いワイシャツに細い手を通す。華奢な体つきは生まれつきで、いったい親のどちらに似たのか、そんなことはどうでもいい。


 リビングへ行くと、母親が朝食を作っていた。僕は階段を下りて行き、洗面台へ行った。鏡に映る顔に嫌悪感を感じた。毎日自分の顔を見つめるたびに気分は落ち込んだ。僕は念入りに顔を洗った。家族の誰も使っていないタオルを引き出しから出して、顔を拭いた。


 リビングへ行き、僕はテーブルに座り、母親が作った朝食を食べた。お椀に乗った白いご飯を口へ運び、橙色に焼けた鮭の切り身を箸で割った。鮭を口に運ぶと脂が乗っていた。


 朝食を食べ終わると、温かい緑茶を飲みほし、鞄を持って玄関に行った。去年家族で新築を買ったので、この家はまだ新しかった。


 僕は学校の近くの駅前で買ったスニーカーを履いて、玄関の扉を開けた。外の空気は冷たく、僕は襟元まで首を縮ませた。家の前のガードレールにはポリ袋に入ったごみが置かれていた。僕はその横を通って道路を横切り、駅へと続く道を歩いて行った。日差しはまぶしく、冬の寒さがまだ残っていた。


 校舎の三階の階段を上る。僕の隣を髪を染めた生徒たちが大きな声で笑いながら通り過ぎていく。僕は鬱屈した気分を抱えながら廊下を歩き、教室の扉を開ける。教室の中は賑やかな話声で誰もが楽しそうに騒いでいる。僕はこの高校に通ってもう丸二年が経ち、このクラスでは一年以上過ごしてきたが、いまだに馴染むことはなかった。


 周りの誰もが敵に思えた。時折僕に話しかけてくる人もいたが、僕は彼らに冷たく対応した。だから彼らもそれ以上僕に話しかけてくることはなかった。


 僕は教室の後ろの方の自分の席に座り、顔を机に伏せて、目を閉じて時間が経

つのを待った。すると僕の近くにいた男四人のグループの一人が、僕を馬鹿にするようなことを言って、彼らは笑った。僕は不愉快な思いをしながら、先生が教室に入ってくるのを待った。


 先生が教室に入ってくると、クラスの生徒たちは皆急いで席に戻った。先生は出欠を取り、学校に来ていない生徒を確認すると、すぐに授業を始めた。内容は生物学の授業で僕は興味なく机の上でシャープペンシルをいじっていた。黒板には白い文字がたくさん書かれていて、気づくと、それらの文字は消されていた。僕はノートを取る気にもなれず、ただ授業が終わるのを待っていた。


 昼休みになると、僕は素早く家から持ってきた弁当を机の上で食べた。味は特においしくもなかったし、別にまずくもなかった。全部食べ終えると人のいない教室へと向かった。この教室は普段は化学の実験室になっていて、実験のある時にしか、この教室を使うことはなかった。


 僕が実験室の扉を開けると、中には六つの大きな黒いテーブルが置かれていて、机の間には流しがあった。壁には薬品の入った瓶が並べられていて、ガラスの扉で鍵がかかっていた。窓の外は校舎の建物の壁が見え、校庭であそんでいる人たちの声が遠くから聞こえてきた。僕は実験室の奥の方のテーブルに座り、ポケットに入れていた文庫本を取り出した。この前の日曜日の休みに近くの本屋で買った小説で、僕が昔から好きな作家の最新作だった。


 僕は意識を小説に向けた。しばらくしていると僕は本に没頭した。目で文字を追っていき、ストーリーを想像していると僕は自分の置かれている現実を忘れることができた。


 僕の頭の中には一人の主人公がどこか知らない遠くの街へ一人で行って、そこで暮らし始める情景が浮かんでいた。その主人公と僕とはどこか共通しているところがあり、僕は彼に興味を持った。彼が街で知らない人達と出会い、そこで様々なことを経験して成長していく姿は僕がこの境遇から抜け出したいという思いを強くさせた。


 僕は今でも親の力なしには生きていけないし、僕が社会に出たところでできることは限られている。今は少しでも勉強していい大学に入り、その先の人生をよいものにしていきたいけれども、僕はそんな方向からは逆行しているような気がした。

 

 僕が本から目をそらし、時計を見つめた時、教室の扉が急にガラガラと音を立てて開いた。そこにはこの高校のセーラー服を着た女子生徒が一人いた。彼女は教室に入ってくると、扉を閉め、僕の方へ歩いてきた。彼女は背が高く、黒くて艶のある長い髪が揺れていた。


「ここ、勝手に使わないでくれる?」と彼女は僕に向かって言った。


 僕は黙って席を立ち、教室を出ていこうとした。すると彼女は後ろから僕に向かって「待ってよ」と言った。


 僕は彼女の方を振り向き、彼女の目を見つめた。


「何か用?」と僕は彼女に訊いた。


「あなたって確か隣のクラスで、いつも一人でいる人でしょ?」


 僕は黙って教室の机を見ていた。


「掃除はさぼるし、態度は冷たいし、君って周りから評判よくないよ」


「知ってるよ」と僕は言った。


 彼女は何かを言いたそうにしていたが、僕たちはそれ以上お互いに話すことはなかった。彼女は実験室の奥の方に置いてあったビーカーをスポンジで洗い始めた。水道から水が落ちる音とスポンジでビーカーをこする音が部屋の中に響いていた。僕は彼女の後ろ姿をしばらくの間眺めていた。教室に戻ってもすることはないし、この場所に行くことができなくなってしまったら、昼休みに時間を潰す場所がなくなってしまう。僕はただどうすることもできずその場所に立っていた。


 彼女はビーカーを洗い終えると、棚にそれらを並べた。水滴のついたビーカーは外から差し込む日差しで輝いていた。


「私、化学部なの」と彼女はハンカチで手を拭きながら言った。


 僕は彼女に話しかけられてどう返事をしたらいいかわからなかった。どうせ彼女も僕のことを嫌っているような気がしたし、さっきの言動に傷ついてもいた。


 彼女は僕の方へ歩み寄ってきて、近くの椅子に座った。彼女の細くて長い脚がスカートからのぞいていた。僕は彼女から目をそらし、携帯で時間を確認したり、窓の外に目をやったりしていた。


 彼女は座りながら僕の方を見ていた。僕は気まずさを感じながら時計の方をちらちらと見ていた。時計の針はとてもゆっくりと回転しているような気がした。秒針は滑らかに六時まで行ったかと思うと、今度は十二時のところまで行き、また六時のところへと行った。


「あなた化学の授業取ってる?」と彼女は僕に訊いた。


「取ってるよ」と小さな声で僕は言った。


「化学っておもしろいと思わない?」


「全く」


「そう」


 彼女は見た目に反して、そんなことに興味を持っているのが以外だった。大体この世の中の何人が化学に対して興味を抱いているのだろう。僕らの年頃なら流行りの歌やドラマでも見て、そんなことについて話をするのが普通だった。きっとクラスでは彼女もたくさんの友達に囲まれながらそんなことを話しているのだろうと思った。


 僕と彼女はそれ以上話すこともなく、お互いに昼休みが終わるチャイムが鳴るのを待っていた。しばらくするとチャイムの音がして、僕たちは教室を後にした。彼女は教室を出るとき、扉に鍵をかけた。普段は開いているのに変だなと思った。


 僕達は二人で並んで階段を上って行った。時折上から生徒が降りてきて、僕らとすれ違った。僕はその度に気まずい思いをした。


 教室に着くと、僕たちは別れ、僕は友達のいないクラスへと戻って行った。僕が席に着くと、一人の男子生徒が僕の方へやってきた。


「さっきお前と一緒にいたやつ隣のクラスの玲華だろ?」と彼は言った。


「名前なんて知らなかった」


「あいつ雑誌のモデルしてるらしいぜ。クラスの中でも特に持てるらしいし」


 僕は彼女の顔を思い出してみた。確かに初めてみたときから印象的な顔だった。小顔で綺麗にバランスが整っていて、モデルをやってるとしても不思議ではなかった。


「お前どうやって知り合ったんだよ?」と彼は続けて言った。


「たまたま話しただけだよ」


「ふーん」


 そう彼は言って、僕の顔をじっと見ていた。僕は彼から目をそらし、視線を机に落とした。


「俺、中田って言うんだ。よろしくな」と彼は一年以上同じクラスだった僕に言った。


「僕は斉藤だから」と静かに僕は言った。


「知ってるよ」と彼は大きな声で笑い自分の席に戻って行った。


 僕は内心少し浮かれた気分で次の授業を受けていた。女の子と初めて話したのも初めてだったし、このクラスで自然に会話したのも初めてだった。僕は中田のことを知っていたが、彼は派手だったし、僕とは縁がなそうな気がしていた。僕はノートを机の上に広げて、熱心に黒板の文字を写していった。


 帰り鞄を持って廊下を歩いていると、後ろから中田がやってきた。


「これから部活なんだ」と彼は言った。


 僕たちは下駄箱まで一緒に歩いていき、そこで別れた。靴を履いて外に出ると、午後の日差しが照りつけていた。グラウンドにはサッカーボールを蹴っているサッカー部の人たちがいて、その奥では野球部がストレッチをしていた。僕は校門までの道をグラウンドの運動部を眺めながら歩いていた。


 校門まで行くと、そこに男女の四人のグループがいて、男二人が女二人に熱心に話しかけていた。どこかで見た顔だと思ったら、昼休みに会った玲華がそこにいた。彼女は僕に気付くと親しげに手を振った。僕はどうしたらいいかわからず軽くうなずいた。彼女は僕の方までやってきて、僕の腕をつかんで、歩き出した。僕は彼女にされるがままに付いていった。後ろから男二人が大きな声で玲華を呼んでいたが、彼女は構わず僕を連れて駅の方へと行った。


「さっきの人たちしつこいのよ」と彼女は言った。


「知り合いなの?」


「私の友達の昔の先輩なの」


 確かに彼ら二人は制服を着ていなかった。後ろを振り向くと男二人ともう一人の女は校門の前からいなくなっていた。


 僕たちは駅までの道を歩いていた。彼女は時折僕に兄弟はいるのかとか、どこに住んでいるのかなどを訊いた。僕はその度に戸惑いながらもできるだけ平静を装って答えた。


 駅に着くと、そこには同じ学校の生徒がたくさんいた。コンビニエンスストアの前で話している人もいれば、ファミリーレストランに入っていく女子生徒のグループもあった。


 僕たちは改札を通り、駅のホームへ行った。次の電車が来るまではまだ五分ほど時間があった。僕は何を話したらいいかわからず、しばらくの間、お互い無言だった。電車が向こう側からやってくるのが見えた時、僕は彼女に話しかけた。


「雑誌のモデルやってるの?」と僕は訊いた。


「知ってたの?」と彼女は驚いたように言った。


「友達が教えてくれたんだ」


「高校一年生の頃、街でスカウトされたの」


 彼女はそう言ってにっこりと笑った。電車はホームまでやってきて、大きな音を立てながら止まり、ドアが開いた。彼女はその電車に乗り、僕は逆方向の駅なので、ホームに立っていた。ドアが閉まり、彼女は僕に手を振っているのが窓越しに見えた。僕は手を肩の前まで上げて、ぎこちなく彼女に手を振りかえした。電車はゆっくりと動き始めて、彼女の姿は見えなくなった。僕は彼女の乗った電車が速度を増して遠ざかって行くのをホームから眺めていた。


 彼女が去った後、僕はホームで電車が来るのを待っていた。近くにある踏切の音がして黒と黄色の縞模様の遮断機が下りてくるのが見えた。車はその手前で止まり、徐々に列ができた。買い物袋を提げた主婦がその横の細い道に並んでいて、その後ろには自転車に乗った二人の小学生の姿があった。僕は線路の向こう側を眺めていると、徐々に銀色の電車の車体がこちらへと近づいてきた。


 僕は玲華のことを思い浮かべた。彼女の横顔や風に揺れる黒髪が鮮明に頭の中に蘇ってきた。今までの僕の高校生活は毎日が同じことの繰り返しのようで、どうして僕は学校へ通わなければならないのか自問する毎日だった。それが今ではそんなことが嘘のようにすら感じられた。


 電車は僕の前で大きな音を立てながらゆっくりと減速していき、ちょうど僕が立っている前にドアが来るように停止した。


 扉が開くと僕は電車に乗った。車内は外から差し込む日差しで薄明るく、中にはまばらに人がいた。電車はゆっくりと鈍い音を立てて動きだし、徐々に加速していった。僕は手すりにもたれかかり、しばらくの間電車の窓から外の景色を眺めていた。一駅ごとに電車停止し、その度に数人の人が入れ替わった。その中には老人の姿もあれば、若い女性の姿もあった。


 僕の家の最寄駅まで着くと、僕は電車を降りた。古い駅の階段を上り、改札で定期券を出してそこを通った。駅の外に出ると、その周りにはパックに入った寿司を売る店や花がいくつも並んでいる花屋やトイレットペーパーやミネラルウォーターの入った段ボールが並んでいるドラッグストアがあった。


 僕はその横を通って行き、大通りへと出た。ドイツの高級車や大きな運送会社のトラックが信号が変わるのを待って並んでいた。信号が青になるとそれらはいっせいに動きだし、また赤になると車の列ができた。道路沿いを進んでいくと普段親が買い物をしているスーパーが右手に見え、その少し先には昔よくいっていた小さな洋食店があった。僕はこの街で生まれ育ったので、それらの光景は昔から変わらないものだった。


 家に着くと、玄関は鍵がかかってなかった。僕は扉を開け、中に入ると、リビングから母親とだれかの話し声が聞こえた。僕が部屋に上がっていく途中、母親の知り合いと思われる中年女性が僕に挨拶をしてきたので、僕は会釈をして自分の部屋に上がって行った。


 部屋の中は昨日来ていた服や文庫本が床に散らばっていた。僕は制服を脱いで、クローゼットの中にたたまれておいてあったジャージを取り出して、それを着た。ベッドの上に寝そべりながら僕は昼休みに読んでいた文庫本を途中から読み始めた。


 僕が小説に夢中になっていると陽が暮れ始め、窓の外はオレンジ色の太陽の光に包まれていた。僕はカーテンを閉めて、文庫本を机の上に置き、リビングへ向かった。リビングには部活から帰ってきた妹が運動服のままソファに座り、テレビを見ていた。


 僕は冷蔵庫からお茶を出して、コップに入れて飲んだ。しばらくの間テーブルの自分の席に座り、妹が見ているテレビを後ろから眺めていた。


 七時を回るころ、僕は部屋に戻り着替えを持って風呂場へ行き、そこで服を脱いで、洗濯機の中へ入れた。僕は裸になってシャワーを浴びた。温かいお湯が体に当たり、僕は全身がほぐれるような気がした。石鹸で体を洗い、風呂にお湯を張って、僕はしばらくの間浸かった。


 風呂を出ると、バスタオルで体を拭いた。着替えてリビングへ行くと、ちょうど母親が夜ごはんを作っていた。僕は部屋で本を読みながら夕食ができるのを待った。


 八時過ぎに僕はリビングで家族と食事をとった。


「最近部活で忙しそうだけど、もうすぐテストでしょ? ちゃんと勉強してる?」と母親は妹に訊いた。


 妹はテレビの方を見ながら口を動かしていたが、めんどくさそうに「やっているよ」とつぶやいた。僕の妹は中学生で僕とは年が三つ離れていた。妹と僕は長い間同じ家で過ごしてきたが、小さい頃とは違って今ではお互いに話すことも少なくなっていた。


 僕は学校でうまくいっていないことを母親には話していたが、妹には知られないようにしていた。


「今日、クラスの女子と一緒に帰ってきたんだ」と僕は母親に言った。


「へー。その子とは仲がいいの?」


「今日たまたま知り合った」


「これから仲良くなるといいわね」


 食事を終えると、僕は部屋に戻った。僕は深夜になるまで部屋の中で本を読んで過ごした。夜の一時になると、僕は部屋の電気を消して、ベッドの中に潜り、目を閉じた。


 翌朝、僕は目覚め、いつもと同じように昨日脱いで床に置きっぱなしにしていた制服のズボンを穿いて、クローゼットから母親が洗濯した白いワイシャツを着た。シャツにはしわがなく、アイロンをかけた後のようだった。僕は昨日読んでいた本と授業で使う教科書を机の棚から取り出して鞄に入れた。


 リビングで母親の作った、わかめと豆腐の入った味噌汁をすすり、温かい炊きたてのご飯を口に含んだ。目玉焼きにソースをかけて白身から食べ始めた。


「今日の夜ちょっと用があるから、代わりに夕食作っておいてくれない?」と母親は僕に言った。


「かまわないよ。いつもみたいにカレーでも作るから」


「お願いね」


 僕は朝食を食べ終えると、鞄を持って玄関まで行った。玄関の扉を開けると外の日差しが降り注いでまぶしかった。


 僕は駅までの道をゆっくりと歩いていた。途中小学生のグループが仲が良さそうに道を歩いてきて、彼らとすれ違った。大通りにはおじさんが立っていて、彼らが渡れるようにしていた。そんな光景を横目に見ながら僕は歩道を歩いた。灰色のタイルのマンションの柵に、一匹の小鳥が立っていて、その鳥の鳴く声が聞こえた。向かいの一軒家の庭に白い猫が入っていくのが見えた。


 駅の近くに着くと、飲食店やコンビニやドラッグストアの看板と建物が見えて、サラリーマンの姿や学生の姿が多くなった。駅の階段を上って行き、改札で財布から定期券を取り出して、そこを抜けた。


 ホームに行って電車を待っていると、向かい側に電車が到着して人が降りてきた。彼らのうちの何人かが僕の後ろの列に並んだ。電車がやってくると僕はそれに乗って、電車は駅を出発した。ガタンゴトンと大きな音と共に電車は次の駅へと向かった。


 学校の近くの最寄駅に着くと、僕は電車を降りた。違う車両に乗っていた同じ学校の制服を着た生徒が数人降りてくるのが見えた。僕は彼らの後ろから駅の階段を上って行った。


 駅を出ると、制服を着た生徒の数が増え、友達と話しながら学校に向かう人もちらほら見えた。


 歩いていると、いつもとは感じ方が違うことに気付いた。普段は学校に近づくにつれて憂鬱になっているか、時間に間に合いそうもなくて急いでいるかのどちらかだった。でもいまは時間に余裕があったし、急がなくても始業時間には間に合いそうだった。こんな風に余裕をもって学校に来ることができたのは入学して以来なかった。僕は玲華のことを思い出し、彼女と今日会えることを期待していた。きっと彼女が僕の暗い高校生活を変えてくれると思った。


 学校の校門を抜けると、期待と不安の入り混じったような感覚を感じた。僕は校舎へと続く道を歩いていき、下駄箱で靴を脱いで、上履きに履き替えた。廊下を歩き、階段を上って行くと、人の話し声が大きくなっていった。教室や廊下からは違う学年の生徒の話し声が響いていた。


 階段を昇り終え、僕は教室までの廊下を歩き、教室へ着くと、ゆっくりとドアを開けた。僕が教室の中に入っても、誰も僕には気付かなかったし、そんなことよりも友達と話すことに皆夢中になっていた。僕は後ろの方の自分の席まで歩いていき、鞄を机の横に掛けて、椅子を引いた。鈍い音を立てて椅子は後ろに下がり、僕はそこに座った。


 ガラッとドアが開いた瞬間に僕はヴァーチャルリアリティーから目覚めた。そしてベッドから起き上がると目の前には玲華の姿があった。


「ずっと君を探していた」


 僕はそう言った。


「私と一緒にいれば救われると思ったの?」


 彼女はそう言って笑った。

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