492神猫 ミーちゃん、ケーキより餡子です!

「まあ、妬みもありますわ。今回の東辺境伯の反乱で一番勲功があったとはいえ、破格の褒美をもらったのですから」


「多くの貴族は日和見だったからな、褒美をもらえると思うほうがおかしいのだが、プライドが許さないのだろう。まあ、うちもその日和見貴族の一つだが」


「ネロ卿が南の領地をもらったから、次は自分が東辺境伯と思っている貴族も多いだろうね」



 甘い考えだ。兵も出さずに日和見していただけなのに、東辺境伯なんかになれると思っているのだろうか?


 それに、東辺境伯の領地を得るということは、ロタリンギアとの矢面に立たされるということを理解しているのだろうか?


 まあ、理解していないんだろうな。


 そもそも、東辺境伯領の一部は俺が買い取ってもいる。残りはそんな馬鹿どもに任せられないので直轄地になる。残念!


 これからルミエール王国の貴族はどんどん減らされ、ヒルデンブルグ大公国のように中央集権政治に移行していくだろう。貴族として胡坐をかいていられるのは、そう長くはない。


 その時は、俺は喜んで領地をお返しするけどね。



「そういえば、ネロ卿が連れていた子猫はとても気品に溢れていましたわ。噂どおりの可愛らしい子猫でしたわ!」


「陛下の前だというのに物怖じせず、凛とした姿だった。猫とはいえ、敬服する」


「気づいていた人もいるけど、レーネ様のネックレスとお揃いだったね」


「王宮御用達の職人にミーちゃん用に作ってもらったところとてもよく仕上がり、王妃様がレーネ様に似合うかもとお気に召したご様子だったので献上しました。ヴィルヘルム産の黒真珠です」


「ヴィルヘルム産の真珠は有名ですが、黒真珠というのは初めて聞きました。黒なのにとてもシックで美しいネックレスでしたわ」



 そう黒真珠。ミーちゃんは黒真珠王なのだ。おそらく、今でもヴィルヘルム支店にはヴィルヘルム中の黒真珠が集まっていることだろう。恐ろしや……。



「ヴィルヘルム産の真珠というだけでも高価なのに、あれだけの代物だ、相当値の張ったネックレスなのだろう?」


「え、えぇ、まあ、それなりには……」



 捨て値で買ったなんて言えない。そんなものをレーネ様が身に着けていたなんてしれたら、レーネ様の名に傷が付いてしまう。



「ネロ卿持ちの商会……」


「神猫商会です」


「「「神猫商会……ぷっ」」」



 三人でハモるなよ! 喧嘩売っているのか! 神猫商会に何か文句でもあるのか!



「し、失礼しました。それで、神猫商会では黒真珠のネックレスを取り扱っているのですか?」



 アルの問いにマリーがうんうんと頷いて、俺の答えを待っている。黒真珠に興味があるのか? 周りを気にすれば、意外と聞き耳を立てている人が多いな。



「黒真珠自体は取り扱っていますが、ネックレスとなると職人に頼むので、受注生産になりますね」


「では、売っていただけるのですか?」


「構いませんよ。お気に入りの装飾職人がいるのであれは、黒真珠のみの販売もいたします」


「ぜひ、お願いします!」



 おぉ、凄い食いつきだ。ミーちゃん、黒真珠売れるかも!? ミーちゃん、してやったりの顔が脳裏に浮かぶ。


 そんなやり取りをしていると食事タイムが終わり飲み物を飲み歓談していると、第二イベントの準備が始まる。お誕生ケーキイベントだ。


 レーネ様の前には真っ白なホールケーキにここからでははっきりと見えないが、メレンゲ細工の猫が飾られているように見える。


 おそらく、シュークリーム作りに応援に来ている宮廷料理人が、メレンゲクッキーから考え出したのではないだろうか。いろいろな形にして焼いた記憶がある。さすが宮廷料理人。技術に関してはどん欲だ。


 そして俺たちの前のテーブルには高く積み上げられたシュークリーム。見事なクロカンブッシュだね。招待客も驚いている。こんなの見たこともないだろう。


 俺と宮廷料理長の策がまんまと嵌った形だ。予定調和というところかな。


 レーネ様のところではニーアさんがケーキにロウソクを立て火を点けている。窓にカーテンがされ薄暗くなる中、レーネ様が大きく息を吸いふぅーっとロウソクの火を消すと周りから拍手が起こる。


 この演出は俺が提案した。ただ、ケーキを食べるのではつまらない。ロウソクの火ってなんか素敵だよね。レーネ様も楽しんでくれただろう。


 レーネ様が切り分けられたケーキを頬張ると、満面の笑みがこぼれる。俺たちにも給仕がクロカンブッシュを取り分け配ってくれる。



「これはどうやって食べるんだ?」


「初めて見るお菓子だね」


わたくしは知っていますわ! これはシュークリームといって、レーネ様が開いたお菓子屋さんで売られていますわ!」



 マリーは『パティスリ プランセス レーネ』に行ったことがあるようだ。そこ、神猫商会の本店なんですけど……。


 紙ナプキンで優しく掴み、クリームが飛び出ないように慎重に頬張る。ウェルはものの見事に手がクリームだらけ。アルとマリーは上品に食べている。性格が現れるね。


 そういえば、ミーちゃんがレーネ様の横で皿に載った黒い物体を、一生懸命にそれでいて至福の表情で舐めているけど……あれ、餡子だよね? 今日の夜のデザートはなしだな。


 ぴくんっと顔を上げてキョロキョロするミーちゃん。まさか、俺の考えを察知したのか!?


 ミーちゃん、餡子のことにかけては敏感だからな。


 あり得る……。



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