第40話 臨時収入
まずクレアに斬りかかってきた盗賊の男が、空中で爆ぜるようにして血煙まき散らした。これは俺のデストラクションのダメージが大きすぎて、そういうエフェクトが出ているのだ。
俺はクレアの前に出て、忍者の攻撃を受ける。運悪く回避が出てしまったが、都合よく横合いから魔導士の放ってきたファイアーボールの爆炎でリバイバルが入り、忍者の男も血煙となった。
やはりこいつらは素人だ。いきなり戦いになって、俺への対策が全く取れてもいないし、たぶんこちらのシステムも理解していないだろう。
そのままマナ切れを起こしている魔導士の男を斬り倒し、格闘家の男もクレアのチェインリーシュが入ったところを攻撃して斬り倒してしまう。
そして残りの奴らが追い付いてくる前にクレアを建物の隙間に隠した。
そうしておけば、相手には俺がどうやってダメージを出してるのかもわからなくできる。
それで戦闘不能になった奴らのとどめを刺していたら、悲鳴を聞きつけて後ろから追って来ていた一団が俺の前に現れる。
俺を見るなり、そいつらは大騒ぎを始めた。
「てめえ! なにしてやがんだ!」
「見てわかるだろ、とどめを刺してるんだよ」
「た、助けてくれえ!」
「ふざけんな! おい、やらせるな! かかれ!」
聖騎士風の男の言葉に、遅れてやってきた一団が俺めがけて突進してくる。急いで最後のとどめを刺した俺は、そいつらに向き直った。
とどめを刺すのを急いだのは、そいつらの口から俺たちの作戦を喋らせないようにするためだ。
地面に倒れていると、周りを冷静に見られるようになるから、リバイバルからのデストラクションを悟られる可能性がある。
戦っている最中には、そこまで冷静に分析できないものである。
実際、目の前にいる奴らは俺に向かって一斉に飛びかかってくるだけだった。
俺は斬りかかってくる敵の攻撃を利用してHP0、MP0の戦闘不能になり、そこからクレアのリバイバルを受けてデストラクションを撃つだけである。飛びかかって来た奴らは、剣を振りもしない俺の前で、血をまき散らしながら宙を舞った。
俺に注目が集まる中で、二人いた聖職者はリカによって始末される。復活される心配もなくなった俺は適当に攻撃を受けながら、デストラクションを放っていった。
聖職者や遠距離職を守るだとか、誰から倒すべきだとか、そう言ったセオリーを考える気が相手にはまったくない。
全部倒し終わる前に逃げ始めたので、リカに煙玉を使ってもらって視界をふさいだ。狭い路地の中で視界を失えば逃げることもできない。
俺はクレアの手を引いて煙の中に入ると、見つけた奴から倒して回る。反撃してくる奴にはデストラクションで、そうでない奴には背中へ剣を突き立てた。
襲ってきた奴ら全部を倒してから、クレアの方を振り返ると、恐怖で顔を引きつらせたクレアと目が合った。
その顔を見て、ああ、返り血を浴びたかと理解する。
とどめを刺してしまえば返り血も消えるので、俺は倒した全員のとどめを刺して回った。全員しっかりとペナルティータイム中だったので、俺にペナルティーは課されない。
地面に倒れながら、やめてくれと懇願されたが、かまわず全部にとどめを刺して協会に飛ばしてしまうことにする。
「なんで、ここまでするんだよ! なんの関係もねえじゃねえか」
とどめを刺していったら、最後の男がそう叫んだ。
「だから俺になめた口を聞いたからだって教えただろ。何度も言わせるなよ」
「本命のパーティーを裏に隠してやがったのか」
「まあ、そんなところだ」
「くそっ、汚い野郎だ。そいつらがハーレムの奴らかよ」
最後のとどめを刺したら、ちゃんと体に付いた返り血はすべて消えた。それで安心してクレアに向き直る。
ロストを覚悟していたところから、まさか勝てるとは思わなかった。こいつが現れた時は本当に救われた気になったのだ。
それで感激のあまりクレアを抱きしめたが、鉄柱みたいな感触がしただけだった。クレアは迷惑そうに俺から離れた。
「セ・ク・ハ・ラ・よ」
「駆けつけてくれたことに感激したんだよ」
「ピンチに駆けつけたのは、むしろ私」
リカの方を抱きしめたら女の子の感触がしただろうに、近寄っただけで逃げられてしまった。
「さて、それじゃ落ちてるアイテムを拾って帰るか」
俺は気を取り直して、地面に落ちたアイテム入りの袋を拾い始める。それで袋を拾っていたら、タクマたちがやってきた。かなり走ったのか、全員肩で息をしていた。
「大丈夫だったのか。あいつらはどうした」
「教会送りにしたよ」
「10人以上いたじゃないか。全部倒したのかい」
ミサトが驚いた顔で言った。
「あんなの何人いても一緒ですよ」
「なあ、それって……」
タクマが俺の拾っている布袋を指して言った。
「あいつらが落としていったアイテムだ。何が入ってるか楽しみだな」
「マジかよ! 当然、俺たちにも分け前はあるんだよな!?」
「はあ?」
この「はあ?」は抗議のつもりだったのだが、タクマはそんなのお構いなしに抗議してくる。金のことになるとうるさい奴だ。そんなのおかしいだろしか言わないロボットみたいになってしまった。
「ミサトさんも欲しいですよねえ! それなりの危険は冒したわけですから!」
「いやー、僕はいいよ。それで恨みを買うのも怖いしさ」
「なに言ってるんですか。恨みなんかもう買ってますよ。これは、それに対する対価ですよ。正当な対価!」
「でも、お前は逃げてただけじゃないか。何もしてないだろ」
「それはお前の指示に従っただけだ。振り返らずに走れと言っただろ」
「そりゃ邪魔だから、何もせずにいなくなってくれくらいの意味だよ」
「なっ、そんな言い方はないだろうが! お前に呼ばれて俺たちは助けに来たんだぞ」
確かにミサトたちを呼んだのは俺だ。そこで仕方なくアイテムを分けようとしたら、ミサトやセイジュウロウはいらないと言い張る。クレアとリカもいらないの一点張りで、返してあげなさいよみたいなニュアンスさえ漂わせている。
俺としてはロストさせられそうになったので、返す気などみじんも起きない。
そこで、俺とタクマとミカの三人で分けることになった。ミカはブスと評されたことが相当気に入らない様子で、辞退する気にもなれないのだろう。
相談した結果、アイテムなども沢山あるので、コウタに売ってもらうことになった。多少の手数料は取られるが、リカに任せてギルドのアイテムと混ざってしまっても面倒だろう。
それはミカがやってくれるそうなので、俺は拾ったアイテムを全部ミカに渡した。ゴールドも入ったままだが、それも後で分ければいいだろう。こちらも俺の個人的な金と混ざるとめんどくさいので一緒に渡してしまった。
「それじゃ、僕らはこれで帰らせてもらうよ」
「そっすね。じゃあな、ユウサク」
それだけ言い残してミサトたちは帰って行った。ついさっきまで、取り分を貰う約束を取り付けるまでは絶対にここから離れないような雰囲気を出していたくせに、何の未練もない様子でタクマも立ち去った。
「アイリたちの方はどうなった」
「熊の毛皮を採った山小屋に行ってるわ。私だけリカにコールで呼ばれたから、今どうなってるかはわからないけど、テレポートのクールタイムが終わったら帰ってくると思うわ」
「あんなところに行ってるのか。なら食べ物なんかも必要なんじゃないか」
「たくさん持ってるから平気だそうよ。アジトを抜け出すときに持てるだけ持ち出したって」
俺たちは一応、アリスたちが籠城していた倉庫をぐるりと見回ってから、その場を離れた。
倉庫周りはしんと静まり返って、人っ子一人いなかった。
近くには犯罪者のいる警告表示が出ているので、さっきの奴らの仲間がまだ残っている可能性もあるが、探し出すのは難しいからあきらめることにする。
それにしても、クリスティーナと何人かはロストさせられているのだから、相当な痛手を被っているはずだ。もしかしたらスラムの支配権が他に移るかもしれない。
アリスたちのアジトに残された物資があるかもと考えて、あそこの奴らがそんなものを残しておくわけないかと考えなおす。
スラムには、今回のことに関わったチーム以外にも、食い詰め者たちがうじゃうじゃいるのだ。どこのチームにも入っていないような奴らも多い。そいつらがみんな持って行っただろう。
俺は帰りがてら、伝心の石をモーレットに使った。
「そっちの様子はどうだ」
「ここなら問題なさそうだ。だけどえらく寒いから、みんなで薪拾いしているところだよ」
「夜の間に凍え死んだりしないだろうな」
「たぶん大丈夫だ。明日になればアタシが熊を取ってきて、着るものくらい作れるからな」
「アイテムはどのくらい持ち出せたんだ」
「ほとんど残してきちまった。襲われたときは、みんな服すら着てなかったんだ。今頃、あそこに住んでる奴らで山分けされちまってるよ」
「襲った奴らは金目当てじゃなかったんだな」
「前に盗品を盗まれたって騒いでた奴らだから逆恨みだろーな。前にアタシらの潰したチームと手を組んで襲撃してきたんだ」
それは俺とタクマで盗みに入った奴らだろうか。もしそうなら、少なからず俺たちにも原因があったわけだ。
「なるほどな。事情は分かったよ。アイリは薪拾いなんかやらさせられて怒ってないか」
「もちろんブチギレてるよ。アタシにばっかぐちぐち言ってきて耐えらんねーよ」
「じゃあ薪拾いが終わったら、こっちに返してやってくれ」
「それで、そっちはどうなったんだ。クレアが呼ばれたみてーだけど」
「倉庫の外にいた奴らは、俺が倒しておいた」
「ははっ、さすがだな。それじゃ、アタシもアリスたちのペナルティーが明けたら、そっちに帰るよ。それまでは守ってやる奴が必要なんだ」
それで通信は終わった。モーレットが帰ってくるまでもうしばらくかかりそうだ。そろそろ狩りを再開したかったのに、タイミングが悪い。
もしかしたらアリスたちが復讐だといきり立って、モーレットの帰りがさらに遠のくという事態も十分に考えられる。
そうなれば狩りの再開は、さらに伸びることになるだろう。
「なにも心配ないでしょ」
「ああ、どこかで飯でも食っていくか。腹が減ったよ」
「ギルドハウスに用意したのがあるわよ。もうさめてるけどね」
「こんなに働いたのに、冷や飯を食わされるのかよ」
「文句言ってもしょうがない」
冷や飯を食べ終わる頃になって、アイリたちも山から帰ってきた。やはりアリスたちはやり返すぞと意気込んでいるらしい。
ギルドの物を盗んだ奴らも合わせてスラムの大掃除をする気でいるようだ。だけど襲った奴らだって相当の痛手を被っている。そいつらの資金は俺たちがほとんど巻き上げてしまったのだ。
そんなことを考えながら風呂に浸かっていたら、タクマから連絡が入った。コウタの試算では一人頭200万ほどにはなるらしい。
だから残りの足りない分を貸してくれとしつこく言ってくる。俺は適当に聞き流して、のぼせないうちに風呂から上がった。
その後はニャコとクウコを相手にしてから眠りについた。
次の日の朝は、血相を変えたタクマに起こされた。
「50万くらい貸してくれたらメエちゃんが買えるんだよ! だから頼む! この通りだ。金を貸してくれ!」
「コウタだってそんな簡単にさばけないだろ。ものを全部売るには時間がかかるんだよ」
「安くてもいいから、とにかく早く売ってくれと頼んだんだ」
「勝手なことをしてくれるよな。あれはもともと俺一人で倒したようなもんだぞ」
「そうじゃない。スラムで暴れてた奴らからぶんどった品だって伝えたら、なるべく関わりを知られたくないから、コウタ自身の買取にさせてほしいと向こうから言ってきたんだよ。寝かしといて後で売るんだとさ。それで今日には金が作れるって言ってたんだ。金はあと50万そこそこあればいいんだから頼むよ!」
「まあ、そのくらいなら融通してやらないこともないけどな」
「マジか!」
「それで、昨日の奴らの話は聞いてないか」
「ははっ、それなら、またお前の評判が悪くなるだけで済みそうだぜ。お前がアリスたちのバックにいると知れ渡って意気消沈しているらしい。それに俺たちのギルドもついてるからな。こう見えて、意外と大きいギルドなんだぜ」
「ふざけるなよ」
「なんだ、評判を気にしてるのか。そんなことお前は気にしないと思ったよ。だけど俺たちのギルドのおかげで事が収まった部分も大きいんだぜ。もう、あんまり無茶はするなよ」
「お前みたいにくすぶってる奴なんて、いくら集まっても数にならないだろ。大体、俺が無茶しなきゃならなくなる原因はいつも俺じゃないしな」
「まあいいや。それじゃコウタをせっつきに行こうぜ」
「こんな朝っぱらからかよ」
「なに言ってるんだ。市場が一番賑わうのは、みんなが狩りに出る前のこの時間だぜ」
俺はタクマに急かされながらリビングでサンドイッチをひっつかむと外に出た。楽しそうにスキップしながら鼻歌を歌っているタクマを横目で見ながら、俺はあくびを噛み殺した。
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