第20話 大会準備


 いつも通り夜までやって、また王都の食堂に向かう。メシの実の種類が増えないので、どうしても同じ食事ばかりになって飽きてしまうのだ。

 しかし今日は昨日よりも安そうな店に入る。メニューの半分くらいはオーダーできないが、高い店でも遠慮しない奴がいるので、こういう店に入るしかない。


 最近では王都の方でも召喚されてきた奴をそれなりに見るようになっていた。タクマなどはまだ来ていないようだが、そう遠くないうちにやってくるだろう。

 もとの世界の人に会えるのは食事の時くらいだから、外食も悪くないかもしれない。

 俺たちが注文を済ませて料理を待っていると、入り口の方から騒がしい声が聞こえてきた。


 そこに居た人物に俺は度肝を抜かれてしまった。音のした方には、見慣れた金髪のショートカットの笑顔があったのだ。店に入ってきたのはモーレットだった。

 俺は探していたのだから声をかけるべきなのだが、言葉を発することもできなかった。

 モーレットには『伝説の狙撃手 モーレット・コシロ』と表示されていた。なんで俺の苗字を名乗っているのか意味が分からない。


 モーレットは俺を見つけたらしく、真っすぐにこちらにやってくる。彼女は後ろに、関羽と呂布のような女を二人連れていた。

 アリス・アンと表示された関羽とクリスティーナ・メイと表示された呂布である。


「今日はこの店で、今夜、股に突っ込む棒でも探すとするかねぇ!」

 と言ったのはアリス・アンの方だ。

「げはは、それがいいや、だれかアタシに突っ込みたい男はいねーかい!」

 食堂にいた全員に向かってそう叫んだのはクリスティーナ・メイだ。

「誰も立候補しやがらねえ。みんな竿が付いてやがらねえんだな」

 そう言って、アリスがガハハハッと笑う。


 その場にいた全員が下を向いて目を合わそうともしていない。

 それはそうだ。話しかけただけで、すぐに殺し合いの喧嘩になりそうな雰囲気と迫力がある。その喧嘩に勝てば犯罪者だし、負ければロストだ。どんな馬鹿でも関わらない。

 絶対に関わってはいけないと一目でわかるのに、なぜかモーレットはその二人を連れて真っすぐに俺の方へとやってきた。クレアたちは、音もなく俺から一つ席を空けて横にずれた。


「久しぶりだな、ユウサク」

「あ、ああ。そうだな」

「これがボスの男だってのかい。ずいぶんなヒョロスケじゃねーか」

「よしなよ、クリスティーナ。ボスの男にそんなことを言うもんじゃねえ」

 呂布を捕まえてクリスティーナじゃねえよと思うが声には出さない。

「あんまり優男だったから驚いたのさ。別に悪く言ってるわけじゃねえ」

「ユウサク、アタシがやりたかったことは終わったぜ」


 もうこの時点で、俺はモーレットが何をしていたのかわかってしまった。NPCの山賊か何かのグループ抗争に首を突っ込んでいたのだ。


「終わったってのは」

「こいつらにケンカを売った阿呆共は、全部アタシが教会送りにしてやったのさ」

「そうだよ。ボスの鉄砲玉に当たりゃ、どんな奴らも一発でおねんねさ。なあ、アリス」

「ああ、馬鹿どもが面白いように地面に転がりやがったな」


 俺がセルッカのスラムで命を狙われたのも全部、その抗争が原因だろう。抗争中で金がないから、あんなに熱心に殺人強盗まがいの追剥をやっていたのだ。

 しかも、どうやらモーレットはセルッカのスラムを仕切る盗賊グループの親玉に収まったらしかった。


「よく犯罪者にならなかったな」

「専門の奴らがいるのよ。そのために飼ってる殺し屋がな。とどめはそいつらが刺すんだ。ボスが惚れた男のくせに、そんなことも知らねえのか」


 クリスティーナに惚れたと言われて、モーレットは少し顔が赤くなった。もっと照れなければいけない事が他にあるように思える。


「というわけでよ。話した通り、アタシはこれからユウサクたちのところに行かなきゃなんねーんだ。そっちのことは任せたぜ」


 モーレットがそう言ったら、関羽と呂布の二人はそんなのねーよとか我慢しなとかやっている。

 NPCの抗争に首を突っ込んだあげく、この二人にセルッカのスラムのボスを委譲したということらしかった。よりによってこんなのをと思わなくもない。


「じゃあアタシらは、股の穴をしごく棒だけ見つけて今日は帰るよ。この男も悪くねーけど、ボスの男じゃしょうがねえ。違うのを見つけることにするさね」

「それがいい。ボスの男に手を出せば怖えからな」


 アリスとクリスティーナはそう言うと、隅の方で大人しく食事していたコウタの襟首を掴んで、お持ち帰りしていった。


「なかなか面白い奴らだろ」

「い、いや、俺の知り合いが連れてかれちゃったんだけど」

「やめろって言っても、あれだけはやめねーんだ。それに王都の男を楽しみにしてたから、止めるのもわりーだろ。へへへ」

「へへへ、じゃないだろ。お前はあんなのに憧れて、そういう言葉遣いをしてたんだな」

「そ、そんなんじゃねーよ。アタシの、この喋り方は生まれつきだ」

「そんなわけあるか。もうちょっと付き合う人間は選んだ方がいいぞ」

「そんな言い方はないだろ。カラッとしてて気のいい奴らだよ」

「それは無神経ってやつだろ」

「そんなんじゃねーよ。久しぶりに会ったのに小言が多いぞ」

「大体、どうやって苗字なんか変えたんだ」

「これは、周りでこういうのが流行ってたんだよ。好きな男の名を名乗るんだ」

「すぐ、そういう影響を受けるんだな」


 そこでウエイターが俺のところにやってきて、チキンライスは品切れになってしまったと言った。そのチキンライスはさっき俺が注文した奴だ。

 そしたら、モーレットがウエイターに銃を突き付けて、アタシの男になんてこと言ってやがるだとか言い出したので取り押さえる。


「別に、そんな食べたい物でもないって。やめろよ。それよりお前も注文したらどうだ」

「そうか。じゃあ一番高いやつ出してくれ。ユウサクの分もな」

 ウエイターははいぃと言って奥に逃げて行った。

「おい、なんでそんな金があるんだよ」

「そりゃ喧嘩売ってきた奴らの金を奪ったからさ」


 そんなサブクエストみたいな方法でも金が稼げるのかと驚いた。

 俺が呆けたような顔でモーレットの顔を眺めていたら、そんなに見るなよと言ってモーレットは顔を赤らめてみせた。


「ちょうど武闘大会に出るのに探してたんだ」

「ああ、今度はユウサクの力になるぜ。アタシに任せときなよ」

「頼もしいな。それでクレアたちは賞金はいらないって言ってるんだよな」

「じゃあ優勝したらアタシらで山分けだな!」

「いやいやいや、どうしてそうなるんだよ。賞金の取り分は俺にくれないかって話だ」

「チェッ、そんなのズリーぞ」

「まあ、優勝する確率なんて低いしさ。既に金持ちなんだから、お前もそれでいいだろ」

「ふーん、まいっか」


 これで俺の計画はここに成った。みんなは優勝できないと思っているだろうが、俺は優勝を確信している。これで細かい金稼ぎなど必要ない。あとは優勝のために特訓あるのみだ。

 俺は出てきたうな重を掻っ込みながら優勝のための算段を練る。


「それで武闘大会はいつなの」

「あと一週間だな」


 俺はクレアにそう答えた。

 あと一週間もすれば、セルッカにいる奴らも、大体こちらにやってくる頃だろう。だから、参加者はそれなりに多くなるものと思われる。

 まずは必要なものをリカに買いそろえさせて、あとは練習あるのみだ。

 俺は帰りながら必要なものをリカに言い渡して、揃えてくれるように頼んだ。


 ギルドハウスに着くと、さっそくモーレットはクレアから、付き合う人は選びなさいなどと言われていた。しかし、これに関してはモーレットも折れない。彼女はあの二人をかなり尊敬しているような節さえ感じられる。仕舞にはクレアも説得は無理だと折れてしまった。


 アイリたちも説得に加わっていたが、どうしてもモーレットはわからない様子だった。むしろお前たちもあいつらと付き合ってみろと言う口ぶりである。

 俺は金策の当てが付いて、気持ちが落ち着いたのでシャワーでも浴びて寝るかと考えた。


「そうだ、ユウサク。男も知らねーのかって、アイツらにからかわれて恥ずかしーんだ。今夜あたり相手してくんねーかな」


 その言葉に、皆の視線がモーレットに集まった。

 まだ悪に染まり切れていないのか、モーレットは顔が赤くなっている。


「どーなんだよ。いやなのか」

「やります!」

 とっさに俺はモーレットの手を取ってそう叫んでいた。

「そ、そーかよ」

「だ、駄目よ! そんなの駄目に決まってるじゃないの。貴女、悪い考えに染まりすぎよ。話があるから、ちょっとこっちに来なさい!」

 クレアがそんなことを言ってモーレットを部屋に連れて行こうとする。

「なんだよ。こんな女すらまだものにしてねーのか。そんなんじゃ、アタシの男としてふさわしくねーぞ」

「ものにするって何よ。私はこんな貧弱にものにされたりしないわ。何を言ってるのかしら」


 モーレットはクレアによって連れて行かれてしまった。

 あぶないあぶない。俺は何をがっかりしているんだ。こんなところで手を出したら人生を棒に振るのだから、これでよかったのだ。

 俺はシャワーを浴びて自分の部屋に入った。今はもっと集中すべきことがあると自分に言い聞かせて、俺は眠りについた。




 モーレットが帰ってきてから一週間目の朝だった。

 俺の厳しい特訓により、クレアたちは若干やつれた様な気がする。しかし特訓の手ごたえは感じられているので問題ない。

 腐王の墓でコボルトたちを相手に練習を繰り返していたので、あれからランクが2も上がった。ちゃんと格上の敵を相手していれば、一週間に一つしかランクが上がらないということもないらしい。


 俺は33、クレアは35、アイリたちとモーレットは32になった。ダイアのせいでクレアだけは1しか上がっていない。そろそろダイアを連れまわすのはやめさせるべきだと思った。

 クレアはランクが一番重要な職業なのだ。あんな犬がそれを犠牲にするほど役に立つとは思えない。

 モーレットの装備もかなり良くなっていたので、幸先がいい。


 大会への出場手続きも済んで、あとは明日の試合を待つばかりである。

 今日一日だけは、みんなに休みを言い渡して何も予定はいれていない。必要なものもリカがすべて揃えてくれた。俺は大会が開かれる王都の闘技場を下見に行くことにした。

 四角い闘技場の周りに観客席が付いたアリーナのような場所だった。闘技場に立つと、現在地が表示される場所に『闘技場(特殊ゾーン)』と表示されている。


 戦うために何らかの特殊な効果を付与しているのだろう。闘技場を見た後で、賞品の一つであるギルドハウスにも行ってみた。

 参加意欲の向上のためか、ギルドハウスは公開されていたので中に入ることもできた。王都の横を流れる大きな川を一望できる大浴場付きの、素晴らしいギルドハウスだった。

 そこそこの大きさの畑と庭もついている。


 ギルドマスターの部屋には、どでかいキングサイズのベッドまで備え付けられていた。このギルドハウスを使えることになったら、俺がこの部屋を使ってもいいのだろうか。

 グレード4とは思えないほどに施設は綺麗で、置かれているのも上等の物のように見える。

 ギルドハウスを見てやる気が出てきた俺は、適当に王都を散歩しながら帰った。


 王城の近くも通ったが、天眼を持っている今だからこそわかる。とてもじゃないが入り込める余地などないだろう。そのくらいトラップや警報機が敷き詰められていた。

 やはり金策は武闘大会でやるのが正解だったようである。

 ボスの討伐にしても、氷結の洞窟を除けば、王都周辺の迷宮は段違いの難易度になっているから、討伐も難しかっただろう。

 ギルドハウスに帰ると、クレアとリカが畑をいじっているところだった。


「何してんだ」

「あまりお金にならない作物を抜いてるところ。コシロも手伝って」

「もう植える場所がないから、農作のレベルが上がる前に作ったのは抜いちゃうことにしたの」

 クレアは間引くことに後ろめたさを感じているような言い方だった。

「ずいぶん種が集まったんだな。だけど明日はギルドハウスを移すから、種だけでもってた方がいいんじゃないか」

「そんなの入賞できたらの話じゃないの」

「ギルドハウスを移しても、植えたものも移動する」

「マジかよ」


 リカの言葉に俺は呆れてしまった。もはやゲームであることを隠しもしていないような開き直りに感じられる。鍵のグレードを上げた時も、作業員が来たわけじゃなく、いつの間にか変わっていただけだった。


「売っても金にならないだろうし、自分たちで消費するだけだろうから、これからはある程度収穫してストックが出来たのも植え替えるようにしようぜ」

「せっかく生えてきたのに、抜いちゃうなんて悪い気がしないかしら」

「畑が狭いんだからしょうがないだろ」


 見ればラーメンやタルトにチーズケーキなど、作物の種類は増えている。しかし、その種類は明らかに植えた者の嗜好が反映されているようにも思えた。そうだとするならばクレアの農作をLv3にするか、他の奴をLv2にするか悩ましくなってくる。

 こんなにデザートばかり増えているのだから、クレアが農作をLv3にしても高級デザートばかりが並ぶということになるのではないだろうか。


「もうちょっと、まともな食いもんが出てくるように念じながら植えてみろよ。定食屋とかコンビニ弁当の人気メニューとかさ。お前は、いつでも甘いものの事ばかり考えてんだな」

「そ、そんなわけないじゃない。たまたま偏っただけよ。変な言いがかりはよしてくれる」

「だけど明らかに偏ってるよなあ、リカ」

「確かに」

「いつの間に買収したのよ」

「誰が見たって明らかだろうが。いいからケーキばっか生やすのはやめてくれ。うな重とか、幕の内弁当とか、そういうのを思い浮かべながらやってくれよ」

「努力するわ」

「ヒレカツとか、ちらし寿司とか、シュウマイ弁当とか、焼肉弁当とかだからな。頼むぞ」

「そういうのが好きなのね」

「嫌いな奴がいるか」


 手伝いもそこそこにギルドハウスに入ると、アイリとワカナがテレビを見ていたので、俺も一緒になって見た。当然、話題は明日の武闘大会のことをやっている。

 もしかして戦うところはテレビで中継されたりするのだろうか。

 去年の大会の様子も放送していて、優勝したチームの中にアンの姿もあった。優勝したチームがロイヤルガードの職に就いているということなのだろうか。


 何度も優勝したから永久名誉勝利者となったそうなので、アンが今年の大会に出ることはないそうだ。あのアンが優勝できるくらいなら、やはりたいしたことはない。

 ライバルはやはり、異世界からやってきた勇者たちのチームであるようだった。

 当日の午後に開催される個人戦の話も出ていて、去年の優勝者が話をしている。


「聞いたかよ。個人戦で優勝してるのは魔導士だぜ。やっぱり最強じゃないかよ」

「でも、私は魔法を使える回数が少ないわ」

「このインタビューを受けてる魔導士の話を聞かなかったのか。攻撃力の高さが鍵だったって話してただろ。モーレットと戦うところ想像してみろよ。魔法のクールダウンが明けるまで、あいつの攻撃を受けてられるか。二発か三発も撃たれたら終わりだぜ」

「そうでしょうね」

「ところで、なんで今日はみんな高校の制服なんか着てるんだ」


「ワカナとモーレットに装備と服を直してもらってたのよ」

「そういやリカの制服も新品みたいに直ってたな。俺もお願いしようかな」

 俺は着ていたものをワカナの前に積み上げた。インベントリに入っていたものも全部出した。

「やだぁ」と言ってワカナが顔をそらした。

「なあ、アイリ。お前のローブを貸してくれないか。そしたら下着も直してもらえるんだ」

「キャア! な、なんて恰好してるのよ」

「そんな驚かなくてもいいだろ。ローブを貸してくれよ」


 俺はアイリから受け取ったローブを着た。服の上から着るものだから、サイズは問題なかった。そして、教会の生地で作ったトランクスを脱いでワカナに渡す。昨日の夜に洗ったばかりだから汚れはないだろう。


「こんなのセクハラの一歩手前だよ」

「仕事の依頼だよ。俺のも新品同様にしてくれよな」

「無神経なのよ。気にしないであげて」

「このローブ、甘いにおいがするよな。香水なんてないだろ。どうなってんだ」

「ちょっと、嗅がないでよ。そういう香りの石鹸が売ってるの」

「なるほどな」

「ねえ、それよりも真面目な話があるんだけどいいかしら」


 いつもよりも改まった調子でアイリが言った。

 かなり深刻な様子だったので、俺は驚いた。


「なんだよ」

「私はもとの世界に帰りたいの。今すぐとは言わないけど、いつか帰りたいわ。貴方には魔王を倒すことが出来るの」

「そんなの簡単だろ。ゲームってのはクリアできるように作られてるもんだからな」

「誰にも倒せなかったらどうするのよ」

「そんなに心配しなくても俺たちなら倒せるって。むしろ、この世界が楽しくて魔王を倒したくなくならないか不安なくらいだ」

「家族よりもゲームが大切なんて貴方くらいのものね」

「私も結構楽しいよ。帰りたくないとは思わないけどね」


 アイリはまだ俺の考えに不安があるようだった。それも明日までの話だ。

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