第19話 腐王の墓
次の日の朝、祝福されたメシの種は牛肉の赤ワイン煮という微妙なものになった。クレアは喜んだが、俺たちは反応に困ってしまう。大した金にはならなそうだ。
今のところ作った食べ物は、ほとんど売らずに自分たちで食べてしまっている。
「コシロ、話がある」
「どうした」
「最近は王都の方も人が集まってきて、セルッカにいた人たちも王都にどんどん来てる」
「なるほどな。まあレベルを上げるだけなら王都の周りでもできるしな。こっちの方が物も買いやすいし、ランクが低いやつもこっちに移ってるんだろ」
「大きなギルドハウスも埋まってる。今ならまだ借りられないこともない」
「俺は人数を増やす気もないし、別に今のでもいいんだけどな。さすがに風呂くらいは欲しいか」
「私は平気」
「平気ってことは欲しんじゃないかよ」
「一度見てみる?」
そう言われたので、午前中を休みにして、俺はリカとギルドハウス管理事務所に行った。
借りられる物件など、壁には様々なものが張り出されている。
中に入ると職員が一人、椅子に座っていた。
「ようこそおいでくださいました。ギルドハウスの賃貸契約、グレードアップ、備品の管理、何でもお承りしております」
「グレードアップというのは?」
「鍵や備品などを一度に全て向上させることを言います。盗難にも合いにくくなりますよ。5段階までありまして、最上位のものであれば、どんな大盗賊にも解錠は不可能でしょう。椅子などの調度品も、すべて最高級の仕様にアップグレードされます。ベッドの寝心地などは、まるで雲の上で寝ているようでございます」
この世界の商売人はどいつもこいつもやり手に見える。
「それは今住んでいるところで可能なんですか」
「ええ、魔法のようにあっという間にアップグレードされます」
「それにしたらいくらかかりますかね」
「ランク5にしますと、そうですね、お客様の場合はランク1の部屋でございますから、5倍という値段設定になっております」
「つまり、週40万」
リカがぼそりとつぶやいた。
絶対に不可能な値段設定である。というか、リカが借りた一番安いところで週8万もしているということの方に驚いた。ゲームのくせにやたらと世知辛い気分にさせられる話だ。
「じゃあ、鍵のランクだけ一つあげるといくらになりますか」
「週の支払いに、プラス5000ゴールドとなります」
「じゃあ、それだけお願いします」
「一つずつ別々に上げますと、損をする形になってしまわれますが、よろしいのですか」
俺はそれで構いませんと答えた。週8万でも結構きついというのに、なんという話だろう。
これはもう武闘大会に参加するしかない。
武闘大会には賞金500万の他に、グレード4のギルドハウス使用権1年分というのもあったのだ。それと装備品一つが大会で一位になった時の賞金すべてである。
三位までに入ればギルドハウス使用権はついてくる。二位で賞金200万とグレード2のギルドハウス使用権1年で、三位でも賞金50万とグレード2のギルドハウス使用権半年が付いてくる。
これだと、賞金よりもギルドハウス使用権の方が価値があるということになる。ギルド単位での参加となる大会で賞品として出るくらいだから、きっと一人一部屋は割り振れる大きさのギルドハウスだろう。ならばグレード1で借りても数十万はするはずである。
住める人数が多ければ、それだけギルドハウスの効率は良くなるはずだから、ギルドの人数が少ない俺たちは、こういうところで割を食ってしまうのだろう。タクマたちがが大きなギルドに吸収されたというのもわかる話だ。
鍵のランクだけあげて、俺たちはギルドハウスに戻った。そして狩りに行くことにする。午前は休みだと聞かされていたのに、いきなり狩りに行くと聞かされてアイリたちは文句を言ってきたが、それどころではない。
「なんとしても武闘大会で優勝するぞ。そのためにはランクを上げることが重要になる」
「そんなの優勝できるわけないじゃない」
クレアが俺のことを馬鹿にしたように言った。
「じゃあお前には賞金をやらないからな」
「いいわよ。入賞なんて絶対に無理だもの」
「えっ、マジでいらないの」
「そんなの、絶対に無理だよ。だって、もうランク35になってる人もいるらしいよ」
「じゃあワカナも、賞金は俺が貰ってもいいのか」
「え、う、うん、別にいいよ」
これは、もしかすると悪魔に魂を売らなくても賞金を独り占めできる流れなのではないだろうか。これはことを慎重に運ぶ必要がある。
「リカは?」
「絶対無理」
「ま、まあ無理だよな。だけどさ、もし勝てたら賞金は俺が貰ってもいいか」
「好きにして」
とリカは言った。
「ア、アイリはどうなんだ」
何気ない風を装ってアイリに尋ねると、しばらく考えてから言った。
「もし賞金が出たらケットシーを買いたいわね」
「優勝できると思ってるのかよ」
「思ってないわよ。もしもの話としてだわ」
「強欲なうえに協調性のないやつだな。賞金はみんな俺にくれるって言ってんだから、お前もそれでいいじゃないかよ。がめついんだよ」
「そ、そんなんじゃないわよ。別に貴方の好きにしたらいいわ。でもユウサクは本当に優勝できると思っているように見えるわね」
とアイリが言って、俺は賞金を独り占めできることになった。
「そんなの無理だよ。今日のユウサク君はちょっとおかしいよ。もしかして、レア装備があるから優勝できると思ってるの? だけど、そんなので勝てたら苦労しないよ」
「それで雇いたいとか言ってたのね。良かったじゃない。これで賞金は独り占めできるわよ」
ワカナとアイリがそんなことを言っている。明らかに優勝など無理という感じの言い方である。
「あまり張り切りすぎたら、あとで落ち込むんじゃないの。でも参加するからには精いっぱい頑張りましょうね。悔いを残したらいやだもの」
クレアがいつもの調子で、そんなことを言い出した。突き飛ばして演説でも始めたくなるが、こいつは今回のMVPなので、それはしないでおいてやることにした。
これで優勝すればセクシャルコンパニオンを買えるのだ。
あと俺たちに必要なのはモーレットだけである。モーレットのクリティカルなら、体力初期値の奴を、一撃で瀕死に追い込める。ぜひとも必要な戦力だ。
俺はその日の狩りの間、ずっと必要なものは何だろうかと考えて過ごした。
ここで見落としがあれば、賞金を逃すことになる。
その日の夕食は、また街に出て食べることになったが、高めの食堂ですら食べ物が不足して休みになっていたので、一番高い食堂に入ることになってしまった。メシの実の不足は、王都の食堂にまで現れている。
「おい、ブス二人」
「貴方の目の前にブスはいないわ」
「そうよ、いないわ」
「なんで店で一番高いやつと、二番目に高いやつを頼んでんだよ」
「べ、別にいいじゃない。たまには贅沢もしてみたいもの」
クレアは申し訳なく思っているのか視線を落とす。
「俺たちが食べてるものの値段を全部足しても、クレアとアイリが食ってるものより安いぞ。少しはワカナとリカを見習えよ。大体、お前らにトリュフの味なんてわかんのかよ。ただのキノコなんだろ。400ゴールドのカルボナーラにそんなものが乗っただけで5000ゴールドってなんだよ」
「あ、フルーツタルトいただけるかしら」
俺の話など聞きもせずにアイリが追加注文をする。すると私も私もとみんな高いタルトを注文しだした。これで会計は5万を超えるだろう。今日の稼ぎのほとんどを使い切ったことになる。
こんなメシの実に入っていたのを皿に盛っただけのものが、品薄の影響もあって五割増の値段設定なのだ。
「お前らに悪影響を受けてブスが二人増えたぞ」
「ブスブスって、そういうの良くないよ」
「それしか悪口を知らないのよ。頭まで貧弱なのかしら」
ワカナとクレアが言った。
「飯なんて、弁当で我慢してくれたらタダで済むんだぞ。ケーキなんて庭になってるじゃないか。どうしてわざわざ、こんな高いところで頼むんだ」
「ケーキにも種類がある」
「知ってるよ! だいたいリカは我が家の苦しい台所事情を知ってるのになんなんだよ。種類なんて、種を買ってくれば済む話だろ。そうすりゃ増えるんだからさ」
「種の買取は競争が激しい。もう農作をレベル2にした人は出てきてる」
「マジかよ! まだ全然稼げてねえんだぞ」
「メシの実不足になってから、種の買取なんかに動いても遅かったのよ」
そこら辺の事情を知ってるのか、クレアが言った。
確かに、三か月も先行してたやつらがいるんだから、遅すぎたってことは事実だろう。それに、ランク先行組はダンジョンなど行かずにフィールドで狩りをしてたんだから、メシの実やノミの竹も生えていた場所でやっていたのだ。
経験値を一人になど集めなくても、小まめに拾っていた奴はレベルを上げていてもおかしくない。
「NPCに売るだけでも結構な額になるから、メシの実栽培は人気」
「そうだ。食堂に頼んで種を集めるのはどうだ」
「それはもう大手がやってる」
「私たちのギルドマスターは頼りないわね」
「アイリ、お前は口を開けば嫌味が出てくるのな。……ブスって言われたこと根に持ってんのか」
「そんなわけないでしょう」
目の端を吊り上げて怒っている。普段の不機嫌そうな顔と怒った顔は違うのだなと思った。
「経験値を一人に集めるのは悪くないと思ったけど、上手くいかないものね」
農作のレベルが上がった時は嬉しがっていたクレアも残念そうな様子である。三か月出遅れているハンデは思ったよりも厳しい。ギルドに一人でも農作のレベル2がいれば、そいつに植えさせて収穫は他のメンバーに任せるということもできる。
メシの実の値段はすぐに下がってしまうだろう。もともと王都は人口が多いのだ。召喚によってやってきた千人くらいの需要などすぐに吸収されてしまうだろう。
「商売は情報が全てだからさ。思いついたことが、みんな大手ギルドに先回りされてるんだよな。メンバーが多いから一人くらい思いつく奴がいてもおかしくないんだよ。しょうがないだろ」
「私は、毎日このくらいのご飯が食べたいわ」
高いご飯に、アイリは満足げな様子だった。
「大会で優勝したら、ギルドハウス代が浮くから、週に二回くらいは、こういう飯を食えるようになるぜ」
「優勝なんて無理に決まってるじゃないの。でもアイリのメテオストライクはかなりのレアよね。もしかすると、もしかすることもあるのかしら」
「私はその男のせいでMPが少ないの。二回は同じ魔法が使えないわ」
「私も回復魔法を一周しただけでMPがなくなっちゃうよ」
「まだそんなことを言ってるのかよ。本当にわかってないな」
攻撃力が低い魔導士を見たことがないから仕方ないのかもしれないが、アイリとワカナはまだそんなことを気にしている。そこら辺のことを分からせるためにも、大会出場はいい機会になるのかもしれないなと俺は思った。
5万を超えるような支払いを済ませて、俺たちはギルドハウスに戻った。日課のために、俺はいつも通り早めに寝ることにした。
二日ほど砂漠地帯を回って、やっと地下迷宮への入り口を見つけた。ランクも全員一つずつ上がっている。入り口を見つけただけで、この日は切りあげることにして、食堂で晩飯を済ませて眠りについた。
夜中に一旦起きて、外に出てから再度侵入する。今日はシャワー室の窓から侵入した。そしてリビングに置いてあるチェストを開錠して外に出るのだ。
この日は、途中でワカナが起きてきたので心臓が止まるかと思った。半分寝たような状態で起きてきたから、アラートオーブの反応も弱かった。弱かったというより、反応が出なかった。相手が自分より覚醒状態でないと反応しないのだろう。
俺はテーブルの陰に隠れて飲み物を取りに来たワカナをやり過ごした。もし見つかっていたら、俺よりもワカナの方が驚いただろう。すでに鍵のグレードは3になっている。グレード2は早々にクリアして次の日に替えておいた。グレード3のチェストも最初はてこずったが、二度目ともなる二時間ほどで難なく開くことができた。
チェストの開錠に成功すると、俺の窃盗がLv2になった。そこで天眼のスキルを得る。壁の向こう側にあっても人の動きがおぼろげな輪郭で見えるようになるし、設置された警報やトラップも目を凝らせば見えるようになるスキルだった。しかし暗闇の中でしか効果がない。
天眼を得てからわかったことだが、狭いギルドハウスというのは防犯性能が極めて高い。逃げるまでの時間が稼げないし、窓の数も少なくて済む。まあ、昼間はギルドハウスを空にしているので意味はない。
まだ天眼を得ているような冒険者はほとんどいないだろうから、早いうちに気が付いてよかった。
俺はもう一セットこなしてから二度目の眠りについた。
次の日は、起きてすぐリカに頼んで、チェストと扉の鍵だけグレード4にアップグレードしてもらった。ごれでギルドハウスの使用料は週10万である。
グレード4にしたら俺でも開錠はできなくなってしまった。もちろんギルド員なので、ノブを触れは勝手に鍵が開くのだが、どんなに鍵穴をいじっても反応がない。
鍵がダミーなのか、ここからは実戦で経験を積めということなのかわからない。
この感じだと、実戦経験なしに王城に盗みに入るのは不可能そうだ。
次の日はアイリのテレポートで昨日発見した砂漠の迷宮に挑む。帰れなくなることも考慮して、リコールスクロールも用意しておいた。
迷宮に踏み入れてすぐに、コボルトという鎧を着て剣と盾を持った二足歩行の犬が現れた。こいつの攻撃がやたらと強くて、クレアのHPも容赦なく減る。どうやら魔法戦士の職業スキルを使ってくるようだ。
それにジャイアントスパイダーやジャイアントアントまで出てきた。
「リカ、コボルトは一匹だけにしてくれ。二匹はやばい」
「了解」
そう言ったリカは、次に二匹のコボルトを引いてきた。
「おい」
「ついてきちゃった」
仕方なくクレアにメイヘムを使わせずに、俺がもう片方のターゲットを取った。死ぬかなと思ったが、魔法耐性が高く攻撃を避けられる俺の方が、むしろクレアよりも余裕があるくらいだった。
鎧を着ていても防御面は大したことないので、簡単に倒すことができた。
「まだ早かったんじゃないかしら」
「天下広しといえども、あきらめの速さでアイリにかなう奴はいないな」
「ホントね」
クレアが俺の意見に同意して笑った。
「私は客観的に見たことを言ってるだけだわ」
「リカ、二つ以上引いたときは隠遁でも煙玉でもいいから、一回ターゲットを切ってくれよ」
「さっきのは隠遁のクールダウン中に見つかっちゃっただけだから、次は平気」
この口だけ忍者がヘマをやらかしたら、ここでは死者が出る。もうちょっとリカをゲームに慣れさせてからの方がいいかと一瞬の迷いがあった。
しかし慣れさせるのに適した場所が思い当たらない。
「ランク30でいきなり移動速度が上がったから、まだ慣れてないの」
「じゃあ、奥には行かずに広くなってるところを探して、慣らしから行くぞ」
砂岩をくり抜いて作ったような通路が少しだけ広くなっている場所があったので、そこで狩りをすることに決めた。狭い場所だと後衛からの見通しが悪くなって、戦いにくいのだ。
「こいつらは知力が低いからアイリも本格敵に攻撃してくれ。フロストノヴァの凍結で固めるなり、魔法の連打で倒すなりしてクレアの負担を減らさないと無理だ」
「あんなのに斬られたら死んじゃうわ」
「メイヘムが入ってたら滅多なことじゃターゲットは変えないだろうし、魔法抵抗も低いからお前のところに行く前に倒せるはずだ」
「はずだって。間違ってたら死んじゃうじゃないの」
「そういうことになるな。だからダイアもちゃんと使えよ。足止めにはなるから」
「そう」
俺の言葉に一瞬だけ間をおいて、アイリが言った。
「ランクが遅れるのが嫌なら、俺がランク上げを手伝ってやるよ。アイリは範囲狩りができるから簡単に追いつくはずだ。一応、ワカナも攻撃魔法を使ってくれるか」
「わかった」
コボルトは慣れるまで難しい相手だった。
魔法戦士は特殊な魔法攻撃スキルがあるので、最初の数発だけ滅茶苦茶な火力が出るのだ。しかも多少離れていても届くので、本当に対策がしにくい。
コボルトが使ってくるのは魔法戦士と全く同じ技だった。
アイリが遠慮なく魔法を使い始めたので、効率の妨げになる虫系のモンスターも簡単に倒せているから経験値効率はかなりのものになった。コボルト自体の経験値が高いこともあって、ランク30になってからここまで経験値が入ったことはない。
ダンジョンは、腐王の墓と表示されているので、ボスはマミーか何かだと思われる。たぶん、召喚系か呪い付与のボスだろう。手ごわそうだから後回しにしてしまえばいい。ランク30台ならロストの危険もそれほど変わらないはずだ。
それに、どうせロストするならレアアイテムを使ってレベル上げをしてからの方がいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。