第18話「第二章」その4
名古屋市中区丸の内三丁目、桜通久屋西交差点の北西角に立地するとらのあな名古屋店。同人誌を中心にアニメ関連の書籍やメディアを扱うこの店の前に数台のワンボックスカーが停まっている。うち一台は外にコードが延びており、店内へと引き込まれていた。
「準備、完了しました」
店内、七階フロア。営業時は休憩スペースとして解放されている空間であるが、ここには無線など警備に必要な資機材が多数運び込まれている。成瀬本部長(警備課長代理)が内野に提案され、また最終的に決定したのがここだった。内野の人脈で使用許可が取れ、無事本部の移転は成った訳、だが。
「にしても何よ、ここ……」
免疫のない三浦は顔を歪ませている。このフロアにも少なからずアニメ関連のポスターは貼られており、コードを引っ張るために階段を上がる途中四階付近で「さらに過激なもの」を観てしまったので彼女には「不気味な店」として印象づけられていた。
「まあ逆に本庁から目も付けられにくいしいいじゃないか。ある程度の視界も確保できる」
成瀬は言う。確かに、ここからは桜通の様子がある程度見える。ベターなチョイスとは言えた(ただしミッドランド・スクエアやテレビ塔など、市内の高層建築物にも見張りは配置している)。
「それはそうと、県知事と何を話していたんです?」
金城が聞く。ここに来る途中、県庁本庁舎六階に設けられた災害対策本部に寄ったのだ。成瀬は永田知事とどこかへ行ってしまい、部下達はその会談の内容を知らない。
「ああ、ここなら大丈夫か。実は警備局長から『秘策』を与えられていてね」
「秘策、ですかー?」
「自衛隊を出動させる、秘策さ」
「──へ?」
「そんな方法、あるんですか?」
「それはー、不可能だったんじゃー」
部下は三人とも驚く。
「いいか、自衛隊を出動させるには幾つか方法がある。まず現在進行形で行われている災害派遣。しかし現在の事態に対応させるためには火力が足りない。防衛出動は緊急を要する場合を除き総理大臣の命令がいるし、原則として事前に国会の承認が必要。となると今の政権下では難しいと考えられる」
「と、なると……」
「別の方法がある。今回使用するのは『治安出動』だ」
「治安出動……?」
三浦は初耳らしく、首を傾げる。
「『一般警察力を超えた事態』に対し、総理の直接命令か『県知事の要請』で出動が可能だ。県知事要請なら県議会への報告だけで済むから、政権には影響が小さい」
「しかしー、武器は使えるのですかー?」
「警察官職務執行法を準用するから、対処に適切な武器が使用可能だ。SAT並みの火力は当然認められるし、それ以上の投入も充分に考えられる」
「成瀬警視はそれを県知事に?」
「ああ。今頃は公安委員会を集め形式上の助言を求める手はずを整えているだろうよ」
「それには県警本部長も呼ばれるのでは?」
「キャリア組の結束の高さは、お馴染みだろ?」
納得したように金城は黙る。愛知県警の本部長は国家公務員第一種で採用されたいわゆるキャリア官僚であり、しかも出世の常道といえる警備公安警察のポストを歴任しているため人脈は充分にあった。
「こちらはこちらで、やれるだけのことはやる。──警備本部より笹島へ、状況は?」
成瀬は無線のマイクに向かい、こう呼び掛ける。しばらく空いた後、応答があった。
『笹島より警備本部へ。部隊の準備は完了、これより配置に着きます』
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