第16話「第二章」その2
「成瀬本部長より室伏中隊長へ、報告事項了解。緊急の際はそちらの判断で動くよう改めて確認する。以上通信終了」
愛知県警察本部内、巨大生物対策本部の設置された会議室本部長を引き受けている成瀬警備課長代理は自分の部下を集め今後の作戦を練っていた。
「岐阜の機動隊は名古屋高速から清須経由で入れればいいな。滋賀は東名阪の名古屋西料金所を前線拠点に使用する」
「東は名古屋インターから名二環を経由し瑞穂運動場でしょうか」
そんな話をしている所に、スーツ姿の男性がやって来て成瀬に何やら耳打ちする。彼は公安一課の人間。公安警察は「警察庁警備局長の指示通り」動いていた。
「ああ、了解。あの『自衛隊嫌いで有名な』国家公安委員長が自衛隊出動に反対してると」
「あまり公言しないでくださいよ、監視対象に関する機密情報ですから」
「彼らなら問題ないよ、私の部下だ。そしてもう一つも了解した。それはちゃんと伝えておく」
「頼みますよ、これがバレたら警備局長のクビが飛ぶんですから」
「ああ、彼か。今までで一番馬があった記憶がある」
「知り合いですか?」
「元上司だ」
「なるほど」
公安課員はスッ、と影になるように去っていく。
「……成瀬課長代理?」
部下の一人、金城 篤人が声をかけると、成瀬は一度ため息をつき言う。
「国家公安委員長が指揮権を警察庁に移すよう『指導』したようだ。まだ正式なものではないが、やがて上から指示が来る。しかしこれは『愛知県内だけの事件』、つまり警察庁自体に関わる必然性はないし今までも県警に任せていた。まあそれは責任回避の意味合いもあるがな」
「ということは逆に、それが明らかになった以上形だけでも警察庁指揮になると?」
「しかし警備局長は事前にこの情報を送ってきた。とすれば、それは都合が悪いことという証明だ。現に『もう一つの件』については県警指揮の上で成り立つことだ」
「もう一つってー、何ですかー?」
成瀬の部下その二、内野 宏隆が間延びした口調で聞く。
「これは本当に機密事項だからな。ここでは伝えられない」
「わかりましたー」
「それで、どうするんです?」
成瀬の部下その三・三浦 綾が尋ねると、
「なら指揮権を移さなければいい」
成瀬の回答は簡潔明快。
「ということで本部を移すことにした。その前に作戦だけ決めておきたいんだが」
「はい!」
「ええ、了解です」
「了解、ですー」
「まず前提として、一番守りやすいのは名古屋城外堀を使ったラインです。それなら金山と同じように、要点警備で対応可能です」
「しかしそこまで下げるということは、名古屋中心部の大半を犠牲にすると同義。それは避けるべきかと」
三浦、金城がそれぞれ言う。
「まず、三の丸地区まで下げるのは何としても避けたい。万が一突破されると災害対策本部の機能が失われるからな。加えて外堀はまだ名鉄の所有地だし史跡でもある。あまり大胆なことはしたくないな」
「そうなるとその手前の何処かで抑えることになるわね」
成瀬の「上から予想される」意見を基に、警備プランが組まれていく。
「あのー、名駅と栄ー、大須と金山は守りたいですー」
そんな中発言したのは内野。
「なるほど、その理由は?」
「えーと、そのー」
「早く言いなさいよ」
成瀬の確認に三浦の強い口調が重なる。
「……名駅西口にはアニメイトとメロンブックスがー、久屋大通駅の近くにはとらのあながー、大須にはゲーマーズとまんだらけがー、金山駅北にもアニメイトがー、あるからでー」
「それは、どういう基準なのかな?」
「全部アニメ関係の店ですよ。まったく、公私混同は慎めとなんど──」
「いや、いい意見だ」
成瀬は金城が内野を責めるのを止める。部下三人の誰もにとって、それは意外だった。
「課長代理、何か考えが?」
三浦が聞く。
「名駅から桜通を西へ、そして金山から大津通りを北へ。その二本の道路は、栄の北側で交差するな?」
「はい、それは確かに」
本部長席に置かれた地図(国土地理院発行・一万分の一地形図のコピーを貼り合わせたもの)に成瀬がサインペンで線を引く。その線は名古屋の市街地で巨大な「L」を描いた。
「そしてその直下や近くには、地下鉄がある。補給には都合がいい」
「でもそれだったら、鶴舞線や東山線でも良いのでは?」
鶴舞線は桜通線の丸の内駅から伏見通りを南に下がり、大須付近で東へと進行方向を変える。一方東山線は鶴舞線と伏見駅で交差する、名駅から池下までを東西に貫く錦通り直下を走る。同じ考え方で防御線を引けば、上前津駅(大須商店街の最寄り駅の一つ)から金山駅までの名城線と合わせより内側に設定することも可能である。
「確かにそれは言える。ただ、最終防衛線として考えるには最適なラインだ。桜通線は新しい路線だから被害も少ないだろうしな」
「名城線は? かなり前に開通した区間ですよ?」
名城線は名古屋で二番目に開通した路線であり、特に市役所~栄間は歴史が古い。
「大津通り直下に通ってる区間は少ないからな。ラインの外側だから復旧も可能だ」
「……それで、問題は無さそうですね」
金城は納得したように言い、他の部下からも異議は出ない。
「自衛隊の施設大隊に委託して防御帯の工事をしてもらうことにする。実際の前線は『支援施設』の損傷次第だ」
「では交通局の知り合いに掛け合ってみます」
金城は言う。
「ああ頼む。まあ後で県庁に行く用事があるけどな。──今重要なのは尾頭橋の負担を分散させることだ。笹島は鉄道と名古屋高速に囲まれた地帯で地の利があるから、管区とSATを使って対処する。これにも異存はないな?」
「つまり機動隊にも見せ場を作ろうと?」
「ああ。大阪府警の応援にはSATを混ぜてもらっている。愛知県警所属の隊と合わせれば、笹島だけならその火力で足りるはずだ」
大阪府警はSATを二部隊持っている。だからこそ動かせるのであって、国家公安委員長の提言する離れ業とはレベルが違う。
「前線は、いつまで持たせれば?」
金城が聞く。成瀬はすぐに答えを返す。
「警視庁(機動隊)が到着するまでだな。新東名経由で入るから時間はかかる」
東名高速道路・中央自動車道はそれぞれ静岡県内や山梨県内で全車線が通行不能となっている区間があった。特に東名高速は由比付近で津波を被る危険性もある。ごく最近開通した新東名が活躍するのは必然的だったが、余震の影響もあり速度は抑えられてもいる(当然だが、一般車は通行止めなので渋滞はない)。
「政府の『緊急事態宣言』は自衛隊派遣まで警備局長が抑える。警察庁の指揮権限はそれが根拠だからな。さて、──」
成瀬は咳払いをして、空気を切り替える。
「──本部移転の方だが、どの辺りがいいかな」
「愛知県図書館はどうでしょうか。大会議室もありますし」
早速金城が提案したが、成瀬は首を横に振る。
「県警本部に近すぎるな。県の施設だってこともマイナス要因だ」
「では国際センターでは? 堀川の監視には最適かと」
「しかし、安直すぎる。──内野、どうだ?」
「そうですねー、ここなんてどうでしょうかー」
内野は地図上である一点を指差す。そこは桜通久屋西交差点の北西、中区丸の内三丁目のとあるビル。
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