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愛知川香良洲/えちから

第1話「プロローグ」

『──番組の途中ですが、ここでニュースをお伝えします』

 名古屋市・栄地区。東海地方最大の繁華街の一つであり、平日ではあるがそれでも人々で賑わっている。

 もう一つの繁華街・名駅(名古屋駅前)から東山公園へ向かう広小路通と名古屋の景観を代表する百メートル道路・久屋大通がクロスする交差点の北西角に立地する街頭ビジョンが、CMから突然地元のラジオ・テレビ兼営局、AMB(愛知無線放送)の臨時ニュースに切り替わった。とはいっても東京キー局からネットされたものだが。偶然歩いていた人達も、ふと立ち止まって注目する。

『本日午後三時、気象庁は東海地域に設置した地盤観測点のうち二ヶ所で異常な値の変化が示されたとして、東海地震注意情報を発表しました』

 そうアナウンサーが伝えるのと前後しあちらこちらで、「同じ」着信音で携帯電話が鳴り始める。一定範囲の対応端末に同報メールを送ることが出来る「エリアメール」というサービスを使用し、名古屋市が早期帰宅を呼び掛けるメッセージを配信したのだ。

 名駅と異なり、栄の鉄道機関は全て地下に存在する。しかも市営地下鉄二本と私鉄線一本のみ。地下街や周辺のビル街から人が殺到し、安全のため間も無くホームへの入場制限がかけられた。溢れた利用者は接続する地下街にまで列を生じ始める。対照的に、地上からは人が消えた。

 午後八時を過ぎた時点で異常値を示す観測点は五ヶ所を超え、次のフェーズに移行する基準を上回った。注意情報発表と前後して招集された判定会でも関連が認められ、午後八時四十六分、気象庁は「東海地震予知情報」を発表。公的機関としては世界初の「地震予知」である。

 午後九時、東京都千代田区永田町・総理大臣官邸。その中にある記者会見場に一人の男性が入ってきて、一斉にフラッシュが焚かれた。「内閣府」という文字が入った作業着姿、時の内閣総理大臣・浜岡 武郎である。彼は中央の会見台に立ち、メディアを通し国民へ呼び掛ける。

「本日午後九時、『東海地震に対する警戒宣言』を発します。これは大規模地震特別措置法に基づくもので、東海地震の対策強化地域における経済活動を制限するものです。先ほど気象庁長官より『東海地震及び東南海地震の想定震源域付近で異常な値が検出されている。これは前兆現象とされるスロースリップが拡大しつつあると考えられる』と報告を受けました。地震発生により東海地方周辺の広い範囲で震度六弱以上の強い揺れを観測する可能性があります。また、太平洋岸では津波が到達すると考えられます。日本全国の皆さん、不要な外出は控えこれから数日のうちに起こり得る巨大地震に警戒して下さい。──」

 愛知県の北西部、一宮市。JR東海道線や名神高速道路という日本の大動脈が市内を境にストップさせられたため、平常の倍以上の人々が溢れかえった。より名古屋に近い所まで運行する名鉄線からの乗り換えも続出したためなおさらである。一宮警察署は交通課や地域課のみならず警備課までも総動員して交通整理に当たり、またJRと名鉄の間でも振替輸送の区間を岐阜まで延長して混雑の解消に努めたが、混乱は深夜まで続いた。

 翌日午前八時二十分、中日本電力御前崎原子力発電所。静岡県の西部、駿河湾と遠州灘を分ける御前崎の、遠州灘側の付け根にある大規模発電施設となる。前々から耐震・津波対策として会社から多額の費用を投じられていたが、繰り返してはならない前例を重く見た政府判断により停止措置が実施されている。ただ作業は慎重に行われているため、出力は落ちきっていなかった。

「現在五万キロワットまで出力が低下しています。タービンに異常なし」

 三号機中央制御室。一・二号機が廃炉されたため発電所内で最古参の原子炉を管理する部屋である。

「了解、そのまま──」

 その時、警報音が鳴り出す。海底地震計が強いP波を感知、気象庁が緊急地震速報を発表したのだ。直後に突き上げるような激しい揺れが襲い、状況監視モニターの画面が途切れる。

 強い縦揺れが襲う中、さらに激しい水平方向の横揺れが加わる。原子炉建屋内で緊急停止基準を越える加速度を観測したことを知らせるアラーム音も重なった。照明さえ何度か点滅し、係員が座る椅子はあらゆる所にぶつかり、ひっくり返る。地震動は、いっこうに止む気配を見せない。

 一方名古屋市中区・中日本電力千代田ビルにある中央給電指令センター。送電支障による需要急落対応のため、揺れが続く中でも懸命な対応が行われている。電力供給が過剰もしくは不足状態に陥ると発電機が送電網から切り離され、大停電の要因となるからだ。少しでも影響を少なくするため、地域バランスを取りながらの人為的な切り離しが瞬時の判断で行われていた。

「愛知県東部、静岡県西部、震度七観測だそうです!」

 気象庁から自動で送られるデータを、近くにいた人間が声に出して伝える。あくまで速報値だが、上がることはあっても下がることはない。

「御前崎、出力二万まで落ちました!」

「ECCS(緊急炉心冷却装置)作動だろう、外部(電源)は?」

「──御前崎系は、一系統以外大丈夫です」

「なら佐久間をバックアップにして、モニタリング継続」

「──需要対供給、一時的に安定したようです」

「そのまま監視、問題なければ順次復旧させる」

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