トクホウ

愛知川香良洲/えちから

α1「警察回り」

 私にとってそれらの事件はつながっているようにしか思えなかったのだ。

 六月、とある高校の校長が屋上から飛び降り。翌月には区内の別の高校で男女が有毒ガスにより死亡、直後同じ高校の女子生徒が地下鉄へ飛び込み。これらは全て単なる自殺として扱われ、報道の興味も詳しい動機が判らないまま他に移ってしまった。しかし、私は違った。新聞記者・妙見 晴香として、この事件の真相を掴んでみたいと思い続けた。そして幸いなことに、それが出来る部署へと異動になったのだ。

 愛東新聞名古屋本社・特別報道部、略して特報部。特定の取材分野を持たず、取材の期間も一律には決まっていない。取材会議さえ通れば後は結構自由に動ける。

 そして取材会議の日。社内の某会議室に記者達が集められた。

「妙見くん、特報部としては今回が初の参加となる。何か取材してみたい対象はあるか? 既存の対象でも、新しい対象でも構わない」

 会議進行は特別報道部長。事件を担当した分だけ、顔面に皺が刻まれている。

 特報部の慣例として、新しく異動してきた記者の最初の担当はその記者の希望によって決められる。大抵は進行中の取材班に加わるが、絶対的なルールではない。

「私は、連続自殺事件について調べたいと思います」

「というのは、六月と七月の、あれか?」

「はい」

 私は頷く。すぐにどの事件か判るのは、さすがキャリアがあるだけある。

「その件については社会部が追跡報道を行っていますが、校長と生徒の間に共通点はなかったと報告が」

 先輩の山里記者が口を挟む。確かに彼の言うことは正しい。もちろん自分も当時事件を担当した社会部担当に聞き込んだ上で、それでも不足があると感じたから提案したのだ。

「正直私としても、記事に出来るだけの新たな収穫があるとは思えない。しかしこれは慣例だ、妙見くんの意思を尊重しよう。ただし当分の間担当は一人とする。もし深く追及できるようであればその時は報告しろ。応援を検討する」

 本来だったら却下されただろう。社内ではそういう扱いなのだと痛感した。しかしどんな形であれ取材は出来る。見返してやりたい、そんな思いは強まった。

 事件取材の基本は警察回りと現場回り。前者から始めたのは一人での担当ということもあり、警察内部に協力者を作る方を優先させたからである。ただし警察官にも守秘義務があるため、有意義な情報を得るということは決してたやすいことではない。

 さらには部署の問題もある。一番情報を多く手に入れられるのは刑事課からだが、刑事課でも担当分野は大きく分かれている。加えて多忙な勤務であり、仕事の片手間に情報を収集してもらうというのは不可能に近い。事件を担当した刑事に会えない限り取材は成功したとはいえない。

 といって全く関係ない部署に協力者を作ったとしても情報は集まらないし、集めにくい。私はこの事件が全て高校関係だということに注目した。だったら生活安全課少年係を当たってみればいい。少年犯罪を担当する部署ならこの事件を調べていてもおかしくはないし、情報を集めてもらうのも不自然ではないだろう。そんな考えがあった。

 取材が正式に決まった翌日、私は事件が起こった高校の地域を所管する警察署へ向かった。まずは公式ルートで集められるだけ情報を集められれば都合がいい。受付で取材許可を求めると、まずは広報担当の副署長と面会することになった。

「えー、愛東新聞さんは今回二〇××年第二三五号事件および二九一号・三二八号事件について取材したいと」

 名刺を差し出し、向こうからも「八雲」という本人の名字を聞いた後、開口一番彼は聞いてきた。どうやら取材許可申請書には目を通していたらしい。なかなか人当たりのいい人物である。

「それは、我々警察の捜査に不備があったと、そう言われたいのですか?」

 不意をつかれ、言葉が出なかった。確かにそれについて調べるというのは、すなわち副署長が述べたような疑いを持っている、ということになる。そして無言というのは、肯定の意を示すことになる。しまった、と後悔した。取材対象にマイナスのイメージを持たれるということは当然、取材拒否されるという可能性も増幅させる。

「そうですね……、では一度、対象部署の方に確認を取って参りますのでお待ちください」

 失敗した、と思った。マイナスイメージの記事を書かれると知りながら取材を受けるなど、非があったということが公の事実になっていない限りそうめったにあることではない。公の事実があったとしても取材を拒否されることはままある。建前だけでも取材対象に不利にならないようにしないと成功は難しい。

『警察署──公式ルートでの取材、失敗』

 自分用の取材ノートにそう、書き込んだ。これは私のミス。致命的なミス。特報部に配属されたという心の油断から生まれたミスだった。

「失礼しました。えー、取材要望がありました刑事課強行犯係および生活安全課少年係に確認したところ──継続した取材についての保障は出来かねるが、取材自体については構わない、そう回答がありました」

「え?」

 驚きのあまり、つい声が出てしまう。

「あの、警察批判になる記事を書くことになるかもしれませんが、大丈夫なのですか?」

「新たな真実が判明するような、そんな杜撰な捜査を我々はやってきた覚えはありません。そして新たな真実が明らかになったとしても、それを糧によりよい捜査にしていく、それだけです」

 さすが、と言えるだけの強い自信。それだけの自信が持てるだけの、しっかりした捜査を行ったということだ。それでも動じないというのはなかなか度胸があり、舌を巻かざるを得ない。

「取材の話は各課を通してありますので、そちらへ行ってもらえれば」

「あ、はい、解りました……」

 終始圧倒されていた、ということも認めざるを得なかった。

 刑事課に向かい、副署長から取材許可を受けた件を話す。幸いなことに事件の捜査を担当した刑事は在室中で、課内の応接室で取材をさせてもらえることになった。

「私、愛東新聞の妙見と申します」

「あ、強行犯係の本山です」

 凛とした女性刑事といった印象で、職務上の秘密などは引き出しにくいというのが直感だった。

「今回は六月と七月に起こった自殺について、詳細な話を聞くことが出来ればなと取材を申し込んだのですが……」

「関連性があるのではないかと、そうおっしゃりたいのですか?」

 先に言質を取られ、無言で肯定するしかない。

「こちらとしても時期が近いということもあり慎重に調べたのですが、関連性を認める決定的な証拠は見つかっておりません」

「決定的な、というと?」

「同じ区内の高校、ぐらいしかない状況です。同じ高校の生徒が自殺した二件については関連が濃厚ですが」

「はい」

「先に自殺したカップルの男子生徒に、後に自殺した女子生徒が想いを寄せていたようです。また、そのカップルの片割れをいじめていたという情報も」

「なるほど」

 社会部からあらかじめ取材情報を入手していたので、驚きはない。ただ詳細な情報は掴めていないという面もあり、話を聞けるというのはありがたかった。

「ただこの話はあまり書かないで頂きたいのですが、先に自殺した女子生徒の方でよくない噂が回っていまして……」

「それは、どのような?」

 話があったということは聞いているが、内容までは把握していない。

「彼女は、殺人事件の被害者遺族なんです。四年前の事件、ご存じですか?」

「……ああ、あの事件ですね。親子四人のうち、三人がサバイバルナイフで殺害されたという」

 あれは全国報道でも大きく取り上げられた事件だった。その生き残りである少女が真っ先に疑われた。彼女の力で全員を刺し殺すことは出来ないと、よく考えれば判ったはずなのに。愛東新聞を含むマスコミも例外ではなく、事件発生時の所在を話そうとしなかった少女について執拗に追及した。結局は別の容疑者が逮捕され世間の興味も薄れたのだが、学生の間では大きなしこりとして残ってしまっていたらしい。

「被害者であるにも関わらず世間から被疑者として疑われた少女。誰からの支援も受けられず人生は崩壊してしまいました。当時中学生、しかも保護者と呼べる人はいない。まともな働き口は見つからず、彼女は黒く染まっていったようです。私達警察が彼女の生活を把握したとき、学校にもほとんど通っていないような状況だったのです。ただ勉強はしていたようですが」

 事件は人生を狂わせる。その一端にマスコミも噛んでいる。報道に携わるものとして反省するべきで、しかしなかなか改善も難しいような事例だった。

「学習の遅れなどもなかったので公立高校へ入ることが出来ましたが、やはり同年代では噂も広まっていたのでしょう、彼女は孤立していました。それを救ったのがもう片方の男子生徒だったようです。何故彼女と関わったのか、今となっては判りません。どうして二人で、密室で有毒ガスで、死を選んだかも」

 もうこれだけで一本記事が書けるように思えたが、「書かないでほしい」とも言われている。最初の事件についても聞こうと、私は話題を切り替える。

「それで六月の事件、校長が屋上から飛び降り自殺をした件についても伺いたいのですが」

「そうですね、現場はこちらも進学校に分類されます。動機不明の自殺、遺書も見つからなかったので事件の可能性も視野に捜査を進めたのですが、他殺だという証拠は見つかりませんでしたね。自分で飛び降りたというのは確かなようです」

 誰かに突き落とされたということがあれば抵抗痕などが残るはず、それが遺体からは見つからなかったということらしい。

「あ、あとは『七不思議』というのがありましたね。噂が存在したということを見ればこれも共通点かも」

「その『七不思議』ってのは、どんな?」

「あまり事件には関係のない内容なので詳しくは……」

 その七不思議の中に、ヒントがあるかもしれない。こちらも取材ポイントにしておく。

 すると突然のブザー音。

『愛知本部より千種へ。管内地下鉄茶屋ヶ坂駅BTにて男性二名がけんかをしているとの通報。繰り返します、──』

「あ、ちょっと捜査の方がありますので失礼します」

 事件の一報が入り取材は中止となった。しかしそれでもかなり情報は入ったのでおおむね成功と言ってよい。

 次に向かったのは生活安全課。薬物犯罪や少年事件・ネット犯罪など、風紀上の取り締まりや許可などを取り扱う。少年係は特に少年犯罪の取り締まりが中心だ。

 刑事課と同様、副署長から話は通っている。こちらの担当は「宇治」という名前らしい。

「そうですね、捜査は刑事課が中心だったのであまりお話出来ることはないですが、よろしいですか」

「構いません」

 ここで話を聞くよりも、内部協力者になってもらえるよう誘導する方がメイン。どうやったらうまく出来るだろうか。

「六月の自殺については成年の件なので、少年係としてはあまり関わっていません。おそらくは刑事課で聞いた情報の範囲内だと思います。翌月の自殺については少年係も関わっていますし、個人的に知り合いだったりもしますが」

「個人的な知り合い、というと?」

 おそらく先に自殺した少女と、だろう。刑事課で聞いた話の中にそれを匂わせるものがあった。

「薬物対策係にいた頃、ですね。薬事法違反で合法ドラッグのバイヤーを集中的に取り締まったことがあったのですが、その時の顧客リストに、先に自殺した少女の名前があったのです」

 彼女の生活を把握したというのは、その時のことなのだろう。

「彼女の人生はひどいものでした。家族がみな殺されて、犯人と疑われ、頼りに出来る人もいない。──殺人事件についてはご存じですよね?」

「先ほど刑事課で伺いました」

「犯罪被害者支援制度を利用してまともな生活が出来るようになったのはその後ですね。あの時警察署に来ていなければどうなったか……。一応警察官として彼女を気にするようになりましたが、まさか自殺に発展するとは……」

「兆候などは、判らなかったのですか?」

「私が見ている中では、ですね。むしろ改善の方向に近づいていましたし」

「というと?」

「一緒に死んだ男子生徒と、付き合い始めたようです」

 なるほど、今まで孤立していたのに交流を持つ人物が現れたというのは、改善のベクトルとみなされてもおかしくない。

「その男の子については何か特徴などは。三件目で電車に飛び込んだ少女が好意を持っていた、ということは聞きましたが」

 一瞬聞かれるのが嫌そうな顔をしたが、すぐに戻して答える。

「まあ、普通の男子生徒だったようですね。悪い噂も特にはなかったようですし」

 これは何か、事情があるのだろうか。しかし追及すると今後の協力が頼みにくくなるので、今日は聞かない。

「後から自殺した生徒については何かありますか」

「恋愛がらみがあって、少女に強く当たっていたようです。その後ろめたさから連鎖的になってしまったと、そう考えています」

 いじめられていた生徒が自殺に走った動揺から、いじめていた生徒の方も亡くなるというのはあまり聞いたことがない。ただ「いじめ」報道については大きく扱われるので、自分がいじめたという認識があれば恐怖は大きいのだろう。もしバレたら、という恐怖が。

「今のところ自身が把握している情報はこれくらいですが、追加の情報があれば連絡しましょうか?」

 これは幸い。向こうからそういう提案があるとは思っていなかったが、遠慮なく好意に乗る。

「ええ、お願いします。また取材させていただければ」

「あまり癒着してしまうと公安に目をつけられてしまうので、出来れば非公式の取材にしてもらった方が」

「なるほど、道理ですね」

 警察の中から事件の真相を探るための相棒。一般的に言えば失格かもしれないが、私にとっては頼りになる警察官だった。

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