おとなランチ
橘花あざみ
1
昼休みの時間になると、オフィス周辺にある飲食店は至る所ですぐ行列が出来る。
コンビニ弁当も飽きてきた今日この頃、社運をかけたプロジェクトがようやくひと段落した事もあって先輩で上司の新名目 早苗さんからランチのお誘いを受けた。
新名目さんはグルメに関しては情報収集が早く、僕が知らないこの近辺の穴場を熟知していて、よく後輩の女子社員達と知る人ぞ知る所へランチや仕事終わりに出かけている。
「この前の打ち合わせに行く途中で偶然見つけたのよ。路地裏にあるから行列も無いし、店内も落ち着くからオススメよ」
新名目さんがオススメだと言った場所は、行列を作る大通りの飲食店が別世界に思えてしまうくらい、人通りが少ない路地裏にある喫茶店…巷では純喫茶と呼ばれている類の店で看板には『喫茶 モダンタイムズ』と書かれていた。
大通りから外れているせいか、店内は迎えてくれた従業員の中年女性と、彼女と同年代か少し上だろうか、厨房で黙々と洗い物をしているコック姿の男性が1人。
席には奥まった席に常連らしき初老の男性が1人、読書を楽しみながらコーヒーを飲んでいるOLが1人、そしてボックス席には3歳くらいで幼稚園の制服を着た女の子とその母親が座っているくらいだ。
テーブルには『ランチセット』と手書きされたA4のメニューが一枚だけ。
『ランチセット
エビピラフ
オムライス
ハンバーグプレート
ナポリタン
カレーライス
シーフードグラタン
ハヤシライス
全てのメニューにはミニサラダ、コーヒー、紅茶が付きます』
と書いてある。空腹という事も手伝ってどれも文字だけで美味しそうに思える。新名目先輩もどれにしようかと真剣に悩んでいるようだ。
ふと斜め横のボックス席を見ると、幼稚園の女の子とその母親が注文した料理を今か今かと待ち侘びている様子で、女の子はスケッチブックにクレヨンで熱心に絵を描いていた。
「ご注文はお決まりですか?」
従業員の女性が僕たちの席にやって来て、注文を聞きにきた。
「川崎君、決まった? 私はオムライスで。食後にはコーヒーをお願いします」
僕がボックス席の母娘に和んでいる間、新名目さんは自分が注文する分をちゃんと決めていたのに、何も決めていない僕は慌てて今一度メニューを見直し、咄嗟に目についたハンバーグプレートと食後にはコーヒーを注文した。
「もしかしてまだ決めていなかったの?」
どうやら新名目さんは僕の誤魔化しを見逃さなかったらしい。
「あ、はい。色々迷っちゃって」
僕が言い訳をしている時、ボックス席の母娘にエビピラフとお子様ランチの盛り付けがされた動物が描かれた可愛らしいプレートが運ばれてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます