Courage 〜願いの境界線〜
カガリ ナガマサ
序章
新しい一日が始まるときの合図は鳥の挨拶、すなわちさえずりだと言われている。それが後に印象深いニワトリの鳴き声がいつの間にか目覚まし鳥の代表になってしまったのだろうか。
さて、この街にも小鳥のさえずりが聞こえる。あたりの空がいぶし銀のようにぼうっと明るくなり街を襲った闇をだんだんと消し去っていくこの時、
祐樹は学校への道を気怠そうに歩く。いろんな人が彼に挨拶をしているが、祐樹は一言も喋らない。なぜならば、彼は無口だからだ。別に喋りたくないわけではない。もともと口数の少ない人だったのだ。彼と話せる者はおよそ二名。親しい友人とでないと彼は何も喋ることもないし、その人の話を聞くこともない。
——あと数ヶ月で受験か……
現在、中学校三年生の祐樹は受験勉強に追われていた。とはいえ今は五月である。試験はまだ先である。彼は成績を上げるために一生懸命勉学に勤しんでいるのだ。
「……おはよう」
友人の一人、
無造作に長い髪の毛、まるで少女のように高い声、そしてクリッとした大きい目とメガネ。少女を思わせる風貌をしており、名前とのギャップが激しい。
「おはよう、平次。調子はどう?」
「うーん……」
この様子だとどうやら元気はないらしい。平次は少し下を俯いて、女々しくモジモジとしている。どこか恋心を覚えた少女にも見える。
「平次、男だろう?モジモジするなよ」
「だって……」
平次は昔からそうだ。小学校の時からいつも誰かの後ろにいて目立たない立ち位置にいる。結局いつも何も活躍できずに終わってしまうのが彼のいつもの展開。
そして小学校一年の頃から九年間、一日も欠かさずに一緒に学校に登校している。どちらかが休んだらその都度お見舞いにいっては遅刻をする。それが彼らの友情というものだった。とはいえ、もう子供ではないのだ。中学生になれば恋も実る時期。平次はおそらく誰かに恋心を抱いているのだ。そう祐樹は思った。だが、いったい誰に恋心を抱いているのかは全く見当がつかない。彼は勇気を出せず誰にもこの恋心を打ち明けることができないのだろうか。
「……どうした?」祐樹はその様子をまるで察したかのように聞く。
「ううん。なんでもない」
決して恋であるということは断言できない。だが、長年の勘なのか直感でそう思うのだ。仲がいいほどその人の本心はわかるようになるというのは本当だったのか。と祐樹は思う。
「今日はいつもより晴れてるような気がするよ。祐樹くん。僕は今、悲しみと喜びの中間の地点にいる」
「何言ってんだ?」
平次は目尻を上げて引き締まった顔になって、
「ねぇ、祐樹くん。考えてみて欲しいことがあるんだ」
「……なんだよ」
「僕たちはそれぞれ木を持っているとする。でも、冬になるといつかは枯れてしまう。もう二度と葉をつけることはない。それは運命。だけどもしも再び葉をつけることができたなら……。それを使うのは一回こっきりだとしたら……。祐樹くんは僕の木と自分の木、どちらを優先する?」
「な、何言ってんだよ……平次」
「僕と自分、どちらを優先する?」
ピシリと叩いたかのように平次は言葉を遮る。何か意味深な質問だなと、祐樹は立ち止まって考える。
「それは、もちろん自分に決まってるだろ。自分の木は自分で育ててそこに愛着が湧くのは当たり前じゃないか?でも、どうしてそれを?」
「ちょっとした倫理テストだよ。それで祐樹くんの性格がよくわかる。君は変わらないね。僕は安心したよ」
この言葉を話したときの平次の顔はどこか不安そうな顔をしていた。
「ど、どうした? 顔、青いぞ?五月病か?熱でもあるんじゃないのか?」
「いや、大丈夫。僕は隠し事なんてしてないから……」
——そう言ったら隠し事してることバレバレじゃないか。
「ごめん、心配させて」
「あぁ……うん」
少し自分を思いつめているような表情をする平次に祐樹は心配を募らせていく。だが、一つ祐樹には確信できるものがあった。
——いつもの平次と……違う。
本来ならば空を舞うくらいの元気で挨拶してくるのだ。だが今日は違う。まるで誰かが死んだような……そういう雰囲気を出している。お葬式に行き、そして帰ってきた後の鬱状態といったほうが妥当だろうか。
「あぁ……平次、今日もスカッとした朝だなぁ!」
「う、うん……」
今日も一日が始まる。彼らのまた新しい奇妙な一日がまた始まる。
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